第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その八百六十九
―――詐欺師らしく、言葉巧みに誘惑していたよ。
『彼』はなかなかの才能がある詐欺師なのか、あるいは経験値があるのか。
どちらも兼ねそろえているのかもしれないが、とにかく説得力がある。
酔っぱらった学のない兵士を洗脳するには、十分な腕があった……。
「ほ、本当に……皇太子殿下が、我々を統率してくれるのだろうか?」
「当然だ。メイウェイさえも、レヴェータ殿下に従うかもしれない」
「まさか。メイウェイは、裏切り者だが……」
「いいかい?交渉次第で、ヒトは裏切ったり、また裏切り返したりもするものだ」
「それは、そうかもしれないが」
「メイウェイが欲しがっているものは、何だと思う?」
「……知らん。天才軍人の気持ちなんて、オレみたいな一般兵には分からない」
「想像力を働かせてみてくれよ。メイウェイは『何』を失ったんだ?『何』を、求めているんだ?」
「面白い話題が出ているぞ。メイウェイ、お前が『何』を失って、『何』を求めているか」
「単純にして明解だね。とくに、他人が私を評価するときは、とても雑な判断をしてくれることだろう」
「それだけの権利がある。有名な天才将軍は、乱世で野心を夢見ていいものさ」
「……他人に評価されるのは、それほど好きじゃない。だが、まあ、慣れてはいるよ」
「メイウェイはイルカルラの太守の座を、『奪われた』と考えている。自分は正当な王さまもどきだったはずなのに、その座から引きずり降ろされてしまったと。権力や財産を持った男というのが恐れるのは、『奪われること』だけだ。メイウェイは太守という立場と、それらが持つ多くの価値を『奪われた』という被害妄想に生きているんだ」
「そこまで露骨なものじゃない。反論はしておきたいね。私は、もう少しだけ、複雑さを持っている」
「軍人として正しい欲求だ。お前なら、王になってもおかしくはない。歴史上最大の侵攻速度を出したんだぞ」
「評価してもらえるのは嬉しいし、野心のすべてを否定するほどには、私も怠惰ではない。太守の座に……戻れるのであれば、戻りたいとも思うだろう。統治のために努力した自分、そのためにどれだけの勉強と成長を、勝ち得たのか……それらを、ムダにしたくはないと思う。そもそも……私は、悪い統治者ではなかったと思っているのだ」
「メイウェイ殿には、十分、乱世の王となってもいい権利はございますとも。貴方は、民衆を不幸にするタイプの人物ではないでしょうから」
「メイウェイは、渇望しているんだ。『太守に戻る』という感情をね。『蛮族連合』は、きっと彼に約束している。どこかの土地を、彼に差し出すと」
「メイウェイを、王にすると……その条件ならば」
「ああ。もちろん。それだけの条件を与えれば、メイウェイ将軍だって、買収できるだろう。だが、皇太子殿下ならば、『蛮族連合』が用意するよりも、大きくな土地を与えられるかもしれない。いや、与えられるさ。レヴェータ殿下は、次の皇帝になられるお方だ。大陸のすべてが、殿下の所有物と言える」
「メイウェイを、買収し直すっていうのか?」
「可能だろう。裏切ったような男は、買収に弱い」
「メイウェイ将軍は、信頼していい軍人だとは言われていた。裏切ったのも、かつての上官である、アインウルフ将軍が帝国から離反したからでは?」
「メイウェイは貴族じゃない。アインウルフ将軍とは、出自が異なる。アインウルフ将軍には故郷に領地があるが、メイウェイにはない。メイウェイが領地を得るためには、戦争で名を上げるしかないんだ。メイウェイの帝国からの離反が、忠義だと思ってはいけない」
「そう、だろうか」
「忠誠心だけではない。戦争の結果だ。私が居場所を失い、太守の座を奪われ。ただの傭兵になるしかなかったのは、戦争の産物でしかない。しかし、政治的な信条は、基本的に『自由同盟』と一致している。していなければ、合流まではしなかった」
「帝国に戻る道も、お前ならば選べただろうからな」
「ああ。選んだ。選んだのは、『自由同盟』の傭兵としての生き方だ。私は、アインウルフ将軍に従っているわけじゃない。私が選んだのは、亜人種迫害の道ではないんだ」
「それを聞くと、心の底から安心いたします。メイウェイ殿、ありがとう。私の殺された妻子は、きっと貴方に希望を抱くでしょう」
「誰だって、乱世の獣だ。罪深くて、欲望に満ちている。きれいごとでは、世の中もヒトも動きはしないんだ。動くのは……金。メイウェイは金額次第で、いくらでも主を変える。ユアンダート陛下に仕えたように、レヴェータ殿下にも仕えるんだ。それを、シドニア・ジャンパー少尉ならばやり遂げられる。交渉と、おぜん立て……少尉ならば、絶対にやり遂げてくださる。この危機的な状況は、その瞬間から、むしろ大きなチャンスに変わるんだ」
「私はそんなに金で買われたりはしない。だが、そう思われても仕方がないだろう。仕えた国から離反した、裏切り者だ。それは間違いない」
「裏切るということは、正直になることだ。正直になったとき、オレたちは同じ側に立っていたのさ。オレは信じるぞ、戦士と軍人にとって、裏切るとは、命懸け以上の決断のことだ」
「……ありがとう。ストラウス卿の、まっすぐな目は、居心地がいい。戦士には、ストラウス卿の側は、あまりにも……居心地がいい。アインウルフ将軍にも、似ているよ」
「いい誉め言葉だ。尊敬できる戦士に例えられるのならば、喜ばしい限りだ」
「メイウェイを買収して、味方に戻せれば。そして、『西』にいる帝国軍が手を取り合えれば、どれだけの強さを得られると思う?プレイレスを、再侵略して奪い返すための軍事力だって、創り上げられるかもしれない。そのために、最も優秀な会計将校であるシドニア・ジャンパー少尉が、殿下の手足となって働いているんだよ。信じろ。嘘で、こんな言葉を吐けると思うか?」
「わ、分からねえ。酔っぱらっているし、シドニア・ジャンパー少尉の悪い噂を……敵からとは言え、聞いてしまったんだ」
「それが情報戦に負けているということだ。自軍の会計将校の悪癖を流す敵。そんな敵の言葉を鵜呑みにしちゃいけないよ。敵は、いつだって、オレたちの結束を壊そうと、嘘偽りをまき散らしているんだから。それは、分かるだろ?」
「それは、分かるつもりだ……」
「口が回る男だ。そういう男は注意すべきと、ドワーフのばあさんあたりは必ず指摘するだろう。その経験に対して、素直になるべきだぜ。『あまり嘘ばかりついてると、地獄に落ちちまうぞ』」
「『彼』のような卑劣な男は気にしないだろう。詐欺師だ。自軍の……戦友たちさえも、『彼』にとっては、利用すべき相手に過ぎないんだ」
「詐欺師にとっては、それだけ利用しやすい立場なのでしょう。メイウェイ殿は、かつては帝国軍の軍人だったのだから」
「『ヒトは誰しも変わるのだ。成長だってする。お前だって、変わったはずだ。どうして、いつから。そんな詐欺師になったのかね』」
「信じろ、オレは、生まれもっての正直者なんだよ」




