第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その八百六十八
―――プレイガストは魔眼の能力を評価しつつも、懸念を抱いている。
あまりにも『踏み込める』呪術は、ヒトが扱い切れないのではないだろうか。
そして、ソルジェがまだ若すぎる点も気にしている。
26才の戦士は、賢者からすれば精神的に未熟に見えてもしょうがない……。
―――助言すべきかもしれない、と考えながらも。
教育者らしく、可能性を信じるべきだと思い直してくれたのはありがたい。
猟兵に必要なのは、ティーチングではないんだよ。
才能を研ぎ澄まして強化してくれるための、コーチングなんだから……。
―――強力で扱い切れないリスクさえある呪術だって、成長すれば問題ない。
ソルジェが呪術師として成長すれば、より強力な強さを得られる。
そして、それはプレイガストの野心を達成することにもつながるのだから。
自分の関わる形で、皇帝ユアンダートを殺せれば彼は満足する……。
―――プレイガストは『アドバイス』の術を、さらに強化するための方法を考えた。
ソルジェの呪術的な感受性の高さに、何かしら制御装置をつけるべきだから。
弱めるための制御ではなく、より強烈に使うための制御をね。
数学者の良いところは、合理的に攻撃を組む才能に富むところさ……。
「尋問術を応用しましょう。個々の情報の評価をするのではなく、より泳がせて情報を吐かせるのです。ヒトは叙述を好むものですから。とくに、『彼』はそれなりの教養がある少年のようだ。乗せるのです。何なら、恋愛感情だって利用して」
「……おう。そいつは、いい案だ」
「恋愛感情につけ込むなんて、少しばかり……いや」
「性格はいいものじゃない。しかし、有効なのは確かだ。『その調子だ。シドニア・ジャンパー少尉を守るために、努力しろ。彼女に褒められたいだろ?』」
「こ、皇太子殿下も、戦死したというじゃないか!?」
「違う。生きておられるんだ。戦死されたのは、影武者だよ」
「まさか。そんな……皇帝陛下は、ひどく嘆かれていると聞いた……」
「殿下は暗殺されたように触れ回れている点を、逆に利用している。皇太子殿下は、強大な呪術師だったのだから」
「『ほう。よく知っているな。レヴェータが呪術の使い手であるなど、知っている者は少ないだろうに。そもそも、帝国において、呪術は禁じられている』」
「じゅ、呪術を皇帝陛下は違法だとしておられるだろ!?」
「父親がそう決めたとして、息子が完全に従うとは限らないだろう。そもそも、貴族社会では呪術の使用は、古くから行われている。怪しげな降霊の儀式や、政敵の呪殺。富を得るためのまじない……呪術を禁じるのは、それらがかなり有効だったからだ。『西』の土地にも、呪術の伝統は残る。『トゥ・リオーネの神々』にかかわる、祭祀呪術は……大陸の北西部から山脈や海を越えて、数多く伝わっているんだ」
「祭祀呪術……プレイレスでの戦闘で、『蛮族連合』が使ったと……」
「そうだ。帝国軍の十大師団を崩壊させたのは、『蛮族連合』の祭祀呪術なんだ。それぐらい、強力な武器ってことさ」
「『お前は、やけに詳しいな。今まさに語っている言葉については、大嘘だが。こっちが使ったのは、アンチ祭祀呪術みたいなものだ。祭祀呪術の使い手は、レヴェータだ。お前は、それについて、やけに詳しい。ああ、そうか……数学に長けた者は、呪術師の才能もある。プレイガストよ、分かったぞ。シドニア・ジャンパーは、呪術師だ』」
「ありえますな。私自身が、数学者にして、呪術師なので」
「……呪術は、詐欺にも使えるのかな。気を悪くしてくれるなよ。呪術師たち」
「使えます。もちろん、とても相性がいい。呪術は、欲望に対して仕掛けるものです」
「皇太子殿下は、生きておられる。『蛮族連合』からの追跡をかわすために、死んだフリをしたのさ」
「まさか、そんなことが……」
「殿下は落ち延びるだけじゃなく、反撃と復讐をしたがっている。『西』に拠点を作ろうとしておられるんだ。『プレイレス』が敵の手に落ちたのなら、『西』は帝国主力と分断されて弱まると考えておられる。だからこそ、『西』の戦力を束ね、立ち上がらなければならない。混沌とした状況なんだ。分かっているだろ?『西』の帝国軍は、結束せねばならない」
「……バラバラに動いているのは、分かってはいる」
「分かっているだけじゃ、ダメだ。『蛮族連合』は、けっして弱い連中じゃない。十大師団をいくつも沈めている」
「敵を、褒めるなよ。オレの親戚だって、十大師団にはいるんだ」
「事実を認識すべき危機なんだよ。敵の言葉に、踊らされるべきじゃない。ケンカしちまったことは、謝る。オレも、ガキすぎるんだ。しかし、尊敬する少尉を悪く言われれば、耐えられない。少尉は、オレを拾ってくれたんだ。仕事を与えてくれた。主君みたいなものだ」
「……敵が、強いのは認めてやる。あのメイウェイ将軍だって、敵に寝返った。信じられるか?た、たった半日で……『ペイルカ』から、すぐそこまで攻め込んでくるなんて……だ、第六師団じゃないはず。寄せ集めの、傭兵を主力で……そこまで、統率できるなんて」
「『ビビっているな。そいつも、お前もだ。お前も戦争については、それほど詳しくはない。ガキだから、戦争の流れまでは理解しちゃいない。しかし、目の前の熟練兵から、感じ取れはする。そうだ。怯えるべきだぞ。お前らが相手している『自由同盟』の力は、日々、強烈に育っているのだ』」
「だからこそ。やるべきだろ。みんなで、一致団結すべきだ。もうしばらくすれば、殿下と。殿下が信頼しておられる『西』での一番の部下、シドニア・ジャンパー少尉が号を出すだろう。不正蔓延る将校たちを律せられる、この『西』の帝国軍のすべてを真に理解しておられるのは、会計将校の中心である彼女だけだ。階級が足りなくても、問題はない。皇太子殿下が、すぐに上げてくださる。そもそも、総大将は……レヴェータ殿下だ。彼は復活し、我々をまとめ上げ、『プレイレス』を再び、その手のなかに収める。我々は、殿下の軍勢になるんだ。こんなところで、揉めている場合じゃない」
「『嘘つきめ。まあ、戦場では嘘が多くを支配する。死人だって、容易く蘇る。詐欺師の口は、実に大胆だ。お前自身も、信じたいらしい。心のなかでは、疑っているくせに。シドニア・ジャンパーの作戦を、頼りたいのか。困った詐欺師だ』」
「そうだ。信じろ。手を取り合うべき時間が、やって来ている。それぞれの上司がいるだろうが、それでも……すぐに分かり合える。我々は、皇太子殿下の軍になるんだよ」




