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5月2日書籍版発売!!元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。(最後の竜騎士の英雄譚~パンジャール猟兵団戦記~)  作者: よしふみ
『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』

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第四話    『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』    その八百六十六


―――武術の癖は、どうしたって抜けないものさ。

その種の技巧を教え込む師匠を相手にすれば、千の苦痛で万の教訓を与えてくる。

武術家の思想というものは、どうにも軍国的でね。

他者と分かり合うための交渉術は痛みにこそ依存すると、教え込むものだ……。




―――歴史上、ヒトとして生まれてしまった我々には特徴があるのだよ。

利害関係が対立している相手と分かり合う方法に、倫理観や共感はない。

ボクたちが敵との和睦に至る、およそ唯一方法は痛みによる教訓なのさ。

痛みがあるから、敵は我々とだって無理やりな共存を得るだけのこと……。




―――冷たい歴史の法則性を、武術家はさほど良くないアタマで端的に表現する。

暴力と破壊が与えてくれる、武術という洗練された痛み。

それがもたらす最もまともな産物は、どう転んだところで教訓たっぷりの痛みさ。

戦の痛み、悲しみの痛み……。




―――それだけが、本当に利害関係さえも越えられるものさ。

ヒトの歴史は戦争と、その痛みが生み出した教訓という力でまとまっている。

武術家は教えて説いた、さほど賢くはない偏った哲学を使いながら。

「戦いには、暴力には何か価値があるのかもしれない」と願いつつ……。




―――鍛え上げられていた、大した成果ではないけれど。

『彼』はソルジェの『アドバイス』に、ちゃんと反応する。

酔っぱらっている相手から、逃れるのは難しくはない。

上下に体を揺さぶりながら、左右にフラフラ逃げて回れば追い切れないさ……。




「『ガードだけは、上げておけ。死んでもらっては困るんだ。お前には、オレの尋問を受けてもらいたい。悪いようには、しないさ』」




「こ、こいつ。拳闘をやるのか……ッ」

「……そんな、野蛮なことは、知らないが……っ。武術は、ちょっと、かじっている」




「『いいぞ。そうだ。ハッタリも言え。ああ、悪かった。本当のコトではあるな。商人が息子に教えさせる、生き残るための防御的な武術だ。父親に感謝しろ。いい師匠をお前にあてがっている』」




「やかましい。父さんなんて、嫌いだ」




「『生きてる親父がいるのは、ほんとうらやましいぜ。酒を酌み交わす年になるよりも先に、死んじまったのが悲しいところだ』」




「オレは、オレは……どいつもこいつも、嫌いなんだ―――」




「『ハハハハ。良くないぞ。お前は、大して強くないんだ。集中しろ。集中し過ぎても、強さには限度があるが、お前程度には、『それからさらに上の世界』は、夢のまた夢といったところさ。とにかく、防御を固めろ。腕を上げてるだけでいい。あっちもナイフも使ってこない。生き残れる。何なら、勝てるぞ』」




―――『彼』はよくがんばっている、ソルジェの『アドバイス』の通りに。

ソルジェを自分の心のなかにいる父親とか、師匠の記憶と思っているのかも。

嫌悪感たっぷりなしかめ面で、殴られた顔に力を込めている。

悪くないよ、戦いに似合うのは笑顔が憎悪か怒りだからね……。




「『奥歯だ。力を込めておけ。折られては、つまらん。メシを食いにくくなるし、全身を制御しにくくなる。いい戦士とは、骨のひとつひとつ、すべてを完璧にコントロールする。まるで、アーティストだ。本能と、計算。それらが境目のないほど融け合う。ああ、お前は、十五点ぐらいの戦士をやれている。酔っ払いの兵士の拳を、ほら。腹で受けろ』」




「が、はあ……ッ」

「倒れろ、よ。ガキ―――」




「『いい気合いだ。ガキあつかいされて怒らないガキは、オレは好まん。合格だな。いいカウンター……ってほどではないが、素晴らしい意地だった。そういうのでいい。ガキらしく戦え、ガキごときは』」




―――ソルジェはいい教師になれるほど、まだオトナじゃなかったかもね。

いい経営者にはなれる、有能な部下を使ったりコーチングしたりするのは。

さほどの実力のない生徒をティーチングするより、ずっと容易いことだから。

猟兵を覚醒させるのは、武術的才能に欠く少年に拳闘を教えるより楽な仕事だよ……。




―――ああ、言い過ぎているね。

猟兵に比べたら、ないも同然の武術的な才能だけれど。

それでも、そこらの若者より劣っているほどでもない。

『彼』は固めた防御で、兵士の拳を受け止めていく……。




「『それでいい。慣れてくるだろ。拳の痛みなんてものは、大したもんじゃない。鋼で打たれれば、砕け散るんだ。お前の細腕なんぞはな。そうだ。痛くても、怯むな。逆に、教えてやれ。痛みというものがあるから、ヒトは酒場でさえケンカしない夜がある』」




「あ、当たった……」




「『当然だ。相手は酔っ払いだ。それに、疲れている。過度に感情的になっているんだ。シドニア・ジャンパーの詐欺にハマって、自分や戦友らの金を奪われたんだ。お前には、よく分からん痛みだろう。お前には、友人ってものがいない。孤独だな。仲間であるはずの同軍のなかにいても、詐欺師であるお前に、戦友はいない。いるのは、シドニア・ジャンパーだけ』」




「愛しい、方がいれば……十分だろ。生きてることも、罪深いことも。差し引き、ゼロだ」




「『実に、正しい。私的な響きを持つ美学は、甘っちょろくて好きだ。かわせ。かせるだろ。そんなパンチは、パンチと呼ぶに値しない。かわして、打ち込めれば終わりなんだが。まあ、いい。間合いを取って、大振りの拳……外れてもいい。当てられるとか思うな。体当たりで、押しつぶすようにすればいい。酒場のケンカなんだぞ。そうだ、それでいい。馬乗りになって、決めろ。殴るか、罵るか。お前のような詐欺師にも、勝者の権利ぐらいはある』」





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