第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その八百六十五
―――呪術の世界は、奥深いというよりも混沌としているのだと感じる。
あくまでも呪術師ではないボクからすれば、そう考えてしまっていた。
呪術師たちのスキルツリー/成長の文脈は、想像しがたい。
とくに、竜が混じるととんでもなく難解になるようだ……。
「新種の呪術を、ストラウス卿は作っていると?この瞬間で?」
「そうかもな。というか、そもそも使えたのに、使えなかっただけかも。成長だったら、嬉しいな。面白そうな力を、これまで使えなかったと自分に失望して落ち込むよりは」
「いずれにしても。驚異的な力だ。『面白そう』と、表現するには……」
「ああ。分かっている。他者を意のままに操れるとすれば、なかなかに悪趣味な力であることは認めるよ」
「倫理的な懸念はあるでしょう。しかし、有効だ。呪術としては、実に王道とも言える。メイウェイ殿のような軍人の王道からすれば、かなり逸脱しているかもしれないが」
「……使える力だ。それならば、使うべきだ。それは、分かっている。敵に対して、どんな真似をしたとしても……勝利には、価値があると」
「悪用はしない。それに、大して使えるものでもない。『アドバイス』程度だな。オレが本気で操れるのなら、こんな雑魚ども、すでに殺してしまっている」
「制限は、あるのか。呪術にも……」
「限界のない力など、ありはしません。しかし、他者の意識や行動に介入できるという側面はあります。しかも、強力に。通常ではありえません。呪術は、有効な力であるがゆえに、ユアンダートからも畏れられる。ヤツが呪術に対して無防備でいてくれたなら、とっくの昔に、呪い殺しているのに」
―――軍人としての価値観は、どんなときでも保守的な要素が多い。
呪術という得体の知れない力、さらには今まさに生み出されたような力。
そんなものを『気軽に使いこなしにかかるソルジェ』に、メイウェイは驚いた。
試行錯誤しながら、『アドバイス』を磨き上げようとしているすがたに……。
―――軍人らしく、不安定そうに見える策には警戒心がくすぐられるんだよ。
何度も試されて、証明された戦術をメイウェイは好みがちだからね。
大胆さも勇気もあるけれど、新しい戦術への欲求はそれほど高くはない。
そんな自己分析も同時にしてしまえるほど、ソルジェよりずっと複雑な男だ……。
「猟兵らしいと、言うべきか。それとも、竜騎士らしいのかな。未知の術に対しての好奇心の強さは」
「猟兵らしさだな。竜騎士というのは、ガルーナ貴族というのは……本来は、うちの姉貴のように伝統を最重要と位置づけるんだ。ストラウス家が受け継いだ刀術も、ガルーナ式の剣術も、姉貴からすれば混ぜ合わせて使ってしまうオレなど、邪道と断じるだろう」
「たしかに。君からは、北方式の武術以外のにおいを、多く感じ取れるね」
「大陸を旅しながら、混ぜていった。少なくとも、伝統的なガルーナやストラウスの武術よりも、今のオレのほうが実戦面では強い。哲学や生き方としては、邪道かもしれないが」
「ストラウス卿も姉君に対しては、独特の敬意を持つらしい」
「女にはアタマが上がらん。年上の女にはとくに。まして、姉ならば。帝国に嫁いだような形となっているし、こないだ殺し合いもしたが……仕留め損ねちまった」
「ご家族を殺める運命とならなかったことを、めでたいと考えよう」
「めでたいか。姉貴は、何だってするぞ。竜騎士としての知識も、どうやらオレよりも上だ。正当な方法を、四男坊のオレは学べなかったようだな」
―――それを断じるソルジェは、少しだけさみしそうに見えたらしい。
伝統的なストラウス家も、長子の彼女には甘かったようだが。
四男であるソルジェには、それなりの知識と教育を与えていた。
『家族』が多いとね、親はすべてを与えるべき対象を選びがちだよ……。
―――全員にすべてを注げるほどには、親だって完璧なはずもないから。
だが、ソルジェが受けた『しょせん四男坊』的な教育はありがたい。
少なくとも、ボクたちからすればね。
ガチガチのガルーナ武術の使い手だとすれば、限界も近かっただろう……。
―――帝国はかつてガルーナと同盟を組んでいた国、ガルーナ武術対策も持っているよ。
近しい国同士では、武術の交流も文化の交流もあるものだから。
ソルジェは『不完全なガルーナ剣士』だからこそ、より多くを身につけられた。
左眼となったアーレスからも、ガルフ・コルテスからも学べている……。
―――猟兵らしく、無数の技巧を融け合わせながら戦い抜いてきた。
その種の経験は、とてつもなく得難いものだ。
一見、雑に見えるが偉大なメンター/師匠と巡り合えたのもありがたいよ。
ガルフはおそらく、ソルジェの不完全さを愛していたのさ……。
「新たな力を、得られた。それは素晴らしいものです。実験してみましょう」
「『逆流』からの、『アドバイス』だな」
「気づかせる力として、使うといいはず。妖精の小言のように、囁くのです」
「竜に注文をつけられることはあったから、それは得意かもしれん」
―――メンターと巡り合える幸運を、ソルジェは今日も発揮しているらしい。
古竜に学び、白獅子に学び。
今日は呪術師であり数学者であった復讐者から、呪術のコーチングを受けている。
教わるだけじゃない、気づかせる類の学習はアホなソルジェに向いていた……。
「『力を拳に込めろ。戦い方は、雑でもいい。酒場でのケンカってのは、根性と度胸とハッタリが有効になる。相手もどうせ、呑んでいるんだ。考えろ。立ち回れ。お前は、そいつと違って、酔っちゃいない。ステップワークを試してみろ。得意じゃなさそうだが、習わされているだろう。オレには、お見通しだぞ』」




