第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その八百六十一
―――呪術は、呪術師以外からは理不尽な点も多い。
『逆流』の術のコツは『正しい事実』を、積み重ねていくことらしいけれど。
誰にとって正しいのか、それは果たして客観的な真実なのかは分からないね。
だとしても、戦場で運用可能なレベルには実用的ではあるらしい……。
「術が、組めそうだ」
「シドニア・ジャンパーの、部下を追跡出来るのかな」
「おそらく、そうだと思うぜ。そいつが、シドニア・ジャンパーのために、詐欺を拡大しちまったんだ。現地採用の……亜人種の、若者。おそらくは、男だ」
「彼女は非正規の兵力を運用したがっていたようだからね。傭兵を使う。その傭兵のなかに、亜人種も……しかし、差別を受けるぞ?第六師団でさえ、亜人種の傭兵たちを解雇しなくちゃならいほどの政治的圧力だった」
「じゃあ、おそらく。『狭間』だな」
―――プレイガストが反応するのを、ソルジェは見逃さなかった。
もちろん、メイウェイもね。
呪術師の感性がなくても、人間関係は推理できる。
プレイガストの子供たちは、ハーフ・エルフだったから……。
「……なるほど。たしかに、『亜人種』の特徴を、隠す手段はいくつか開発されている。とくに、ハーフ・エルフの耳の長さを変えるのは、比較的……難しくはない。各地にあるのです。もちろん、この土地にも……そもそも」
「呪術師だ。高名な。お前が伝授した呪術もある」
「……はい。そうです。私が、若いころに……作っていました」
―――メイウェイは、プレイガストが落ち込むすがたに記憶を揺さぶられる。
世界は差別に満ちているからね、『狭間』についてメイウェイも知っているよ。
戦友たちのなかにいるし、レイ・ロッドマン大尉の子供だってそうだ。
『狭間』は、今も昔も世界中から嫌われてきた存在だった……。
―――口にすべき疑問かどうか、メイウェイは迷いながらも。
軍人として戦略を練るために、質問しようと考えに至った。
彼は目の前にいる復讐者の呪術師を、ソルジェほどには信じちゃいないから。
呪いと怒りに憑りつかれた男は、『戦争を起こした』のだからね……。
―――『自由同盟』を利用し、地位と境遇に不満を持っている将軍を使ったんだ。
メイウェイは理解している、自分と自分の軍隊に敵を殺させたのは。
プレイガストが抱き、解放されていない復讐心からだと。
世界だって売り払うかもしれない、この男の復讐心は……。
「ぶしつけな質問となる。その呪術を知っていたのに、あなたは……自分の子供に」
「使わなかった。自分を偽らせる行為など、すべきではないと。おかしなハナシだろう?何に、期待していたのか。妻に信じろとでも言いたかったのだろうか。世界は、我々をいつか受け入れるだとか。『狭間』の子らが、迫害されぬ未来があるのだと。そんなものは、全部……」
「もちろん、オレたちで勝ち取るぞ」
「……ええ。そうですね、ストラウス卿。貴方なら、きっと成し遂げてくださる」
「……使わなかったのは、政治的な信条からだろうか。あるいは、術に不備が?」
「不備はない。なかった。成長期が終わるまでは投薬と、呪術の定期的な更新がいるが。私なら、どちらもやれた。だが。それでも……この閉鎖的な森から出て、私と共にいてくれる妻に……嘘をつくべきだった。自分の信念など、捨てるべきだった」
「すまない。プレイガスト殿を、知っておきたくてね。その呪術についても。私は、呪術のシロウトだ」
「構いませんとも。過去の傷など、痛みの大半は怒りに代わってくれている」
「……偉大な方だよ、あなたは」
「いえいえ。ただの、呪術師であり、数学者。ろくなものではない。妻子を守れなかった男など、その時点でね」
「プレイガストよ、術が組めるぞ」
「……『彼』は、私の呪術を使われたハーフ・エルフということでしょうか」
「多分な。耳が人間族と変わらん形のまま、生きてきた。帝国軍にも入り込める。『血狩り』でバレたなら、傭兵としてでもいい。魔力の高いハーフ・エルフは、訓練次第で最高の戦士になる。使いやすい戦力だと、シドニア・ジャンパーは考えれた。プレイガスト、競馬新聞を」
「ええ、ここに。捕虜から巻き上げたもののなかでは、最新のもの。『彼』が、シドニア・ジャンパーの仕事を加速させてしまう傾向に入って、最新にして、最大のものだ」
「やはり、『7』が勝っているな」
―――ソルジェの指が、競馬新聞の伝えるメインレースの勝ち馬をなぞった。
名前ではなく、『7』をね。
シドニア・ジャンパーが好む数字であり、彼女の部下である『彼』もそう。
忠誠心という絆を、ソルジェは追いかけるべきだと心に刻んだ……。
―――我らが呪術師でもある大魔王は、眼帯を外す。
メイウェイとプレイガストは、魔眼が竜の金色のかがやきを深めるのを見た。
眼帯越しにも見えていた光は、さらに強まり。
ヒトの目とは構造自体が異なるそれに、畏怖と期待を与えられる……。
―――呪術は組み上がっていき、ソルジェに文脈を読み解かせた。
『彼』とシドニア・ジャンパー、そして『7』と人種。
関係性を探るように組み合わせ、推理のように決めつける。
突き立てるナイフのようなものを、ソルジェはイメージして……。
―――指先を『7』に、えぐるように押した。
その瞬間、金色のかがやきが『7』に移る。
あるいは、感染したかのようにも見えた。
ソルジェにだけではなく、ふたりの目撃者たちにもだ……。
―――呪術の基礎にして奥義のひとつ、『逆流』が発生していく。
レビン大尉を覗いたときと同じように、呪術の気配を追いかけた。
魔力の強い『彼』は、秘密の詐欺に没頭していることで。
やはり呪術めいた痕跡を、『彼』の行為全体に与えていた……。
―――ソルジェは、ひとみを閉じて。
『彼』を想像していく、ヒトは誰しもがまばたきをするものだ。
だとすれば、自分と同じように『彼』が閉眼する瞬間がある。
『逆流』して入るならその瞬間だとイメージし、ソルジェは達成した……。
「ああ。見えるぜ。どうやら、『彼』の視線を盗めたぞ」




