第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その八百六十
―――ソルジェは詐欺師には詳しくないが、戦闘には詳しいんだよね。
敵軍の行動方針が変わるとき、それには何かしらの理由がある。
戦術が合理的な発想でガチガチに固められて動くように、おそらく犯罪もそうだ。
悪意や攻撃というものは、いつだって合理的なものだよ……。
―――それを読み解こうとすれば、おそらく読めるかもしれない。
ソルジェは自分の経験値の使い方を、よく知っているのさ。
敵の行動方針に、集中力と推理力を使い始めている。
敵は大胆に、あるいは愚かになったのだ……。
「シドニア・ジャンパーは『プレイレス』で、やらかしている。手痛い失敗をしたばかりだ。反省しない悪人もいるが、雑な仕事をするのはプロフェッショナルらしくない。急ぐ理由があっただろうか?」
「『7』が好きなのは、相変わらずだ。初期から、中期、後期にかけても」
「ラッキー7は好まれやすいものだ。私も、何の気なしに賭けたことがあるが……」
「メイウェイが賭けそうな数字は分かりやすいぜ。おそらく、『6』だ」
「ストラウス卿とカードゲームをやるときは、気をつけるとしよう」
「魔眼は使わんぞ。遊びと戦争で、ズルは嫌いだからな」
「『6』、そうだ。第六師団に人生を変えてもらった。単純かもしれいないが、そんなものさ」
「『7』を好む傾向が、ずっとだとしても、戦術のコンセプトが歪んでいるのなら。二番手か、三番手あたりがしゃしゃり出てくる」
「同意だね。戦場で組織の動きが乱れてしまうのは、リーダーシップが分散したときだ。手痛い記憶がある。政治的侵犯行為に、軍事組織も含め、あらゆる集団は弱さがあるらしい」
「なるほど。戦争の達人、名将軍のおふたりがそう考えるのなら、正しい予測の気もいたします。その線で追及するというのが、良いかもしれません」
「シドニア・ジャンパーの腹心がいる。そして、そいつは……彼女に比べて、雑だ。この『雑さ』の傾向ってのは、あるのか?」
「数学的リスクを無視する。そして、おそらく……閾値密度の理論も分かっていませんな」
「ハハハ!人生で初めて聞いた気がするな。閾値密度。まあ、想像はつく。『限度近くいっぱいに金稼ぎ』するってわけだろ。帝国軍は金の動きに、かなり神経質だ」
「その通り。帝国軍内の資金のやり取りについて、多くの場合は一定の金額以上を超えると手数料、あるいは税金が課されるようになっている」
「……税制だけ見れば、まことに優れた組織。ユアンダートめ」
「プレイガスト殿。憎しみよりも、今は」
「ですな。閾値密度。これは公共調達、会計、汚職行為に対しての典型的……いいや、古典的な詐欺検出の指標のひとつです。ギャンブルなど、給与以外で得た金を帝国軍の金融システムに乗せて、故郷への仕送りなどとして送金する場合。あるいは、現地で何かしらの不動産を買うときには、『税金がギリギリでかからない金額』が設定されています」
「そいつが、閾値。閾値密度ってのは、そのあたりにむやみやたらと配当金が集中しているってことか。つまり、税金がかからないギリギリの配当になりやすい、と」
「そうです。兵士に対しての三日分の給料、それで四日置きに開催される競馬の最も勝率が良さそうで、しかも配当がそれなりにいい結果……まあ、架空の競馬なのでいくらでも順位は調整できるわけで……とにかく、そこに資金が集中しやすくデザインされています」
「競馬で勝った金額そのものを、故郷に送金しやすいってわけだ。その送金ルートも、シドニア・ジャンパーの『胃袋』に直行か」
「すべてではないでしょうか、会計将校が関わる軍郵便あたりでしょう。税金や手数料がかからない……故郷にいる家族に送りやすい、そこそこまとまった金。それを届けようとシドニア・ジャンパーの息がかかった送金システムに触れれば、丸呑み。あるいは一部を着服されるかもしれない」
「正直、腹立たしいね。遠方に残した、家族のために、兵士が送り届けようとした金だ。命懸けの任務で得た金。それを盗むだって?」
「帝国軍も帝国も嫌いではあるが、彼らにも家族を養いたい気持ちがあるのは当然、理解できるぜ。プレイガストもな」
「はい。私も理解できますとも。彼らは犠牲者だった。哀れな行為です」
「……監視されやすい数字だった。そこに、次第に注意を払わなくなった。『雑』だね。誰が、やったんだい?」
「本人ではない。しかし、本人には忠実です。『7』を愛するシドニア・ジャンパーに、信頼を置いている……会計の技術を学んだ兵士ではありません。彼らならば、最も嫌う手法」
「では、傭兵か?それとも……会計技術を、正式に学んでいない若い兵士。美貌の女がたらし込むとすれば、良さそうな相手だ」
「ありえますな。若者は背伸びしたがるものだ。愛しい女相手に、高いものを貢ぎたくなる。自分を甲斐性なしだと思われたくなくて」
「だが、若いヤツは根性がない。思い切りはいいが、しばらくすると後悔しちまうのがお決まりだよな。こいつは、とんでもなく後悔したくなる行為だ。オレやプレイガストにさえ、怒りをもたらす行為」
「一理ある。同じ戦場を過ごした兵士ならば、夜ごとに故郷や家族のハナシを聞いたはずだ。そんな戦友の家族に対して送る金に手をかけるのは、後悔しても、し足りない」
「ならば、戦争に参加していないというのはどうだ?」
「戦争に、参加していない……軍に帯同している商人や……」
「入植者。故郷を捨てて、新たな土地を求めた若者。故郷に対して金を送るような真似をする連中を、鼻で笑えるかもしれんな。故郷で酷い目に遭った。あるいは、そもそも……ああ、もしかすると。シドニア・ジャンパーが、ライザ・ソナーズに重用されていたとすれば。亜人種に対しても、偏見がないのかもしれん」
「……まさか、ストラウス卿」
「可能性だ。だが、ないとは限らんだろう。『そのパターン』なら、帝国軍に対しての憎しみさえもある。入植者ではなくて、つまり」
「『トゥ・リオーネ』の土地の者。帝国軍の勢力下に、編入させられ、それを受け入れた若者。もしかすると、亜人種で……帝国兵に対して憎悪に満ち溢れた感情もあれば。いくらでも詐欺に加担できるね。『その人物』にとっては、復讐にさえなるんだから」




