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5月2日書籍版発売!!元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。(最後の竜騎士の英雄譚~パンジャール猟兵団戦記~)  作者: よしふみ
『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』

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第四話    『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』    その八百五十六


―――ソルジェの言葉に感心したのは、ジャンだけじゃなかったよ。

ソルジェのとなりにいるプレイガスト、呪術師でもある彼の感動は大きい。

『狼男』という存在と、感覚器官を使った呪術たちの存在。

それらは彼の知的好奇心を、はげしく揺さぶるものだった……。




「そのような呪術を、使いこなしておられるとは……ッ。その、若さで」

「ベテラン戦士の年齢だよ。もう、26年も生きている」

「呪術の熟達は、魔術のそれよりもずっと難しいものです。一生涯をかけて、磨くようなものですから」

「その観点からすれば、たしかにオレやジャンなど、若造だろう」




―――ソルジェは気になっている、呪術師としての先輩の知識がね。

あえて聞かせてもいたのさ、猟兵の戦術についてなど部外者には秘すべきことだが。

プレイガストという呪術師であり、しかも数学者であり教師でもあった男なら。

何か自分たちに適したアドバイスをくれるかもと、期待してもいる……。




「その表情は、実に分かりやすいものだね」

「メイウェイ。そうだ。プレイガストに言ってやれ。オレは、呪術師としてのアドバイスを求めている。オレにとっても、ジャンにとっても、有益そうだからな」

「自分で言っているじゃないか。プレイガスト殿、そのようだよ」

「感覚器を用いる呪術もあれば、私の呪術は『行動』にまつわる呪術。一定の行為をしなければ、何かを損なうように強いる術が多いのです」




「魔眼や、『狼男』の嗅覚呪術について、強化する方法は?」

「呪術を戦闘に使うとなれば、作戦や戦闘の技巧との組み合わせが肝要でしょうな。その点は、すでにストラウス卿が見出しておられる。私にやれそうなアドバイスとしては……呪術の『つながる性質』を、逆流してはどうかと」

「……逆流という言葉に、私はピンと来ないのだが?ストラウス卿ならば、呪術師として何か伝わるものがあるのだろうか?」

「ああ。あるぜ。逆流、そいつには覚えがある」




「ありましたか。呪術師という者は、およそ、その種の経験をしているものですから。そして、その種の経験の少なからずが、悲劇です」

「悲劇……悲劇が、呪術師の動機になるのかい?」

「私の呪術が強くなったきっかけは、妻子を殺された恨みからです。ストラウス卿の場合は……」

「オレは、焼かれて死んでいく妹の叫び声を聞いた。あれが、『逆流』だな」




「……ストラウス卿、悲しい経験をしておられる」

「よくあることだ。気にしなくていい。慰めは、妻たちからもらっている」

「そうか。誰しも、苦しみを背負う時代ではある……若者たちを、多く死なせてしまっているな」

「それで、『逆流』について教えてくれ」




「ストラウス卿、お辛くはありませんかな?」

「死んだ妹に出会える。辛い経験などではない」

「なんとも、心の強いお方だ」

「ストラウスの剣鬼として、竜と共に在る。そんな男が、弱いはずもない。強さをくれ」




「御意に。『逆流』とは、私が知る限り、多くの呪術師が経験するものです。おそらくは、脳内の微小な魔力の動きを把握、連動、共鳴するような行いでしょう」

「心に、『入り込む』という意味かな?」

「同調する、あるいは……『真似る』のかも。殺された愛しき者たちの亡霊や、他者の強い記憶を、呪術師は読み解くこともある。ストラウス卿の場合は、亡くなられた妹様の苦痛を体験された。魂のような……死してなお残る、微小な魔力。それが強い感情で刻み付けられて残る、『自然発生の呪術』を、読み解いているのでしょう」




「……呪術師は、とても辛い経験をしそうだな」

「素晴らしい経験だぞ。死者たちと、語り合えるときがある」

「私には、耐えられないかもしれない」

「まあ、メイウェイ殿ならば、おそらく耐えるでしょう。どれだけ失っても、貴方は戦士でいようとする。軍人でいたいのです」




「それならば、いいのだが……」

「それで、プレイガストよ。『逆流』の『使い方』は?」

「降霊術などの、伝統的な行いもありますな」

「あんな胡散臭い……いや、失礼した」




「いいえ。メイウェイ殿のおっしゃる通り。およその降霊術は、ただの詐欺や手品のたぐいでしょうから」

「そう、なのか。何度か、貴族社会で行われている催しを見聞きしたが……いずれも」

「詐欺でしょう。死者の霊を見るなど、そうそう再現性のある行いではない」

「では、技巧としての再現は難しいのでは?」




「戦場では、事情が異なるものです。残留する思念は多い。およその戦死者が、強い恨みや憎しみを抱きながら死ぬのですから。それらは、土地に遺ってしまう。あるいは、死者が大切していた道具などに……」

「それは、少しだけ想像がつくね。呪術師ではない、私にも」

「『逆流』は情報収集に向く呪術。死者の怨恨や、強い感情や信念の込められた道具に積層された記憶情報を、引き出すか、同調する行い」




「何度か、やったことがある。妹の叫びもそうだが、他人の記憶や、視界を覗くような力。ゼファーに至っては、ゼファーの視覚や聴覚と、同調している……ああ、つまり、これも『逆流』か。逆流し合っているから、ゼファーとオレはつながり合っている?」

「そのように思われます。おそらく、竜の縁が、呪術の基盤となっているのでしょうが。これを、『まったくの他人』に対しても、試みられるといいのでは?」

「そんなものが、やれるのか?」

「おそらく。すでに、部分的にやられている能力の、拡張をしてみるだけ、とも言えますので」




「……ドワーフたちが、鋼と語り合うというのも?」

「メイウェイ殿、まさに、それも『逆流』という呪術の側面です。種族によっては、呪術的な感覚が、特定の分野に発達しているようなのですよ。ドワーフならば、鉱石や鋼の類に積層した情報と、語り合える……人間族でもある我々にも、多少はある力です。呪術で、強化するように磨けば、我々も数十年、修行すればドワーフと同じ行いがやれるかもしれません」

「数十年かかるなら、ドワーフに頼むとしよう。とりあえず、今は」

「ええ。『逆流』のコツ、ですね。ちょうどいい、実験台がいます」




―――メイウェイは、一瞬ぎょっとしていたけれど。

彼にとって幸いなことに、メイウェイが実験台ではなかった。

プレイガストだって、常識人とは言い難いところがあるかもしれないが。

王国貴族や皇帝にまで、教育者として知識を与えるような男だから……。




「エリート階級の方々を、実験台になど。もちろん、そのような無礼はしません」

「なるほど、助かったと言っておこう」

「ちょうどいい実験台とは、ほかならぬ私の『友人』……レビン大尉のことです」

「ああ。彼か。なるほど、心を探ってみたい相手でもある。どこまでも情報を素直に吐いてくれているとは、限らないからね」




「彼も悪気があるわけじゃない。彼は、とても単純な男です。与えられた環境に応じて、努力し、挫折し、野心よりも欲望を満たそうと必死なだけの、等身大の男……さて。このナイフを見てください」

「……帝国軍兵士に支給される、軍用ナイフだね。レビン大尉の、私物?」

「いいや、違うさ。これは、レビン大尉のものじゃない」

「分かるのかい、ストラウス卿?」




「ああ。ちょっとな。魔眼に、映っちまうんだよ。レビン大尉じゃないヤツの顔が。持ち主は、死んでいるような気がする……」

「さすがは、ストラウス卿。正解です。これは、私と契約を交わした、死者の遺物」

「……降霊術でも、始まった気がするね」

「まあ、間違いでもありません。真の『逆流』の呪術には、降霊術もあるので」





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