第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その八百五十五
―――若手たちが成長意欲豊富で、とてもありがたい。
ジャンも『大魔王の騎士』として成長するために、ちょうどいい環境だ。
キュレネイ・チームは、やたらと賢いからね。
ジャンが感覚的に掴みかけているような要素を、言語化する程度のことはやる……。
―――『真似したくなる動作』は、キュレネイの専門家だった。
我らが『鏡の乙女』の模倣の技巧の原点にして、奥義が宿る場所だからね。
キュレネイは誰かの武術を、見た通りに真似られるんだけれど。
それは『真似したくなる動作』を、確実に探れるからでもある……。
「具体的に言えば、表情や構え。呼吸、戦力の差。それらを認識したうえでの、相手の戦闘意欲などなどであります」
「む、難しそうだ」
「そうかな?けっこう、肌で分かるような気がするけれど」
「み、ミアは、て、天才だし。猟兵として、ぎ、技巧も知識もすごいから……っ」
―――空の安全圏のなか、ジャンはいつものように悩みの深い顔をした。
コンプレックスの多い青年だからね、まあ青年というのはだいたいそうだけれど。
ジャンの知識コンプレックスは、なかなかに深刻かもしれない。
知性なんて誰かと比べても、しょうがないものなんだけれどね……。
―――ジャンは悩んでもいい学生とは違い、プロフェッショナルだ。
手元にない力を使いこなそうとするのは、大きな間違いでもある。
ジャンに適した教育方法が必要なんだけど、ボクらもそこは弱さがあった。
ジャンのための育成を、完璧には見つけられちゃいない……。
―――『狼男』に詳しくないからだし、武術は『ヒトのかたち』でやるからね。
『狼』のすがたになったジャンに、我々が伝えられる武術的要素が見えない。
だが、ひとつ掴みかけている点もあった。
ジャンは感覚的な戦術が、おそらく向いている……。
―――魔眼を通じて、ジャンの言葉を聞いていたソルジェは。
ゼファー越しに、言葉を伝えてあげるのさ。
キュレネイもいいコーチになるだろうけれど、ソルジェだって負けちゃいない。
ジャンについて誰よりも考えている男は、団長であるソルジェだからね……。
『『どーじぇ』が、いってるよ』
「『目についた動き』に、獣のような速度で圧倒すればいい。それが『真似したくなる動作』だ。ヒトの感覚は、その種のものに反応するよう出来ている。ジャン、お前は自分の感覚を信じて、『最強の身体能力/狼男の力』で、ぶちかませばいい」
―――ソルジェは実際のところ、もっと長く詳細に伝えたかったらしいけれど。
ジャンの理解力には、そのあたりがちょうどいいかもしれない。
あまり多くの情報を与えても、呑み込めるとは限らないからね。
呪術的な感覚についての反射について、ソルジェは専門家でもある……。
「『魔眼』があるからな。オレも、これを使いこなすための修行の最中ではある。お前の嗅覚呪術と、似ている部分もあるだろう。『目についた動き』を察するために必要なのは、単純な感覚と、それ以外に……そうだな、三つぐらいに系統分けすることだ」
「み、三つに、系統分けする……ですか」
「違和感を覚えた部分を、早めに理解するためのカテゴリー分けだよ。『動きのかたちそのもの』……こいつで、敵が『攻撃』したがっているか『防御』したがっているか、まあ、読める。端的に言えば、重心だ」
「ま、前のめりのヤツが、攻撃したがっていますよね。ぼ、防御したがっているヤツは、そ、そうだ。じゅ、重心が後ろになりがちです」
「そうだ。武術の所作を理解するよりも先に、そっちを判断して、決めつければいい。十中八九で正解する。敵も、『狼男』との戦い方を知らん。『巨狼』のすがたを見たときは、武術の所作よりも、はるかに原始的な構えをするだろうからな。戸惑うと、そうなる」
「わ、分かりました。う、『動きのかたちそのもの』に、反応するようにしますっ」
「二つ目は、『命令しているヤツの腕の動き』だ。戦場で、とくに『巨狼』を前にしたとき。帝国軍の指揮官は、およそ大げさな腕の振り方で命じていやがる。我々に向けて振るか、敵軍自身に向けて振っているか。まあ、それで敵の戦術的動向というものが読める」
「な、なるほど。ぼ、ボクたちに向けて、振っているときは。こ、『攻撃』……自分たちに対してなら、『防御』」
「敵が『防御』するのなら、ジャン。お前の役目はひとつだろ?圧倒的な破壊力で、中央突破と敵指揮官の殺害を仕掛けるんだ。その逆に、『攻撃』をしようというのなら、突撃してくる相手を、せき止めるように動く。壁になるんだ」
「は、はい。い、いつも、そうやっていますね」
「三つ目は、オレの魔眼ならば……魔力を見て判断をするんだが。お前の場合なら、嗅覚呪術で探れるだろう。戦場で魔術を使うほど、魔力を顕在化しているヤツは極めて珍しいものだ。魔術なんて疲れるものを、戦場ではおいそれと使えんからな。しかし、呪術というレベルならハナシは違うんだ」
「ま、魔術よりも、ちいさな魔力で、呪術は動いているみたいですからねっ」
「魔眼のように視覚で見るのと、おそらく似た感覚でやれるだろう。オレの見るに対して、ジャンならば嗅ぐ、ということだな。呪術のレベルの魔力は、小さいものの。一応は見えるんだ。戦場みたいな場所でもな。『炎』ならば、戦士は結束しようとしている。『風』ならば、守ろうとする動きが多い。『雷』ならば、攻めようとしている。だいたいだが、戦士は戦闘中、その種の……『通常では感じられにくい小規模の魔力を動かしている』。呪術に、近い。肉体に魔力を通じさせる方法というわけだ」
―――感覚的な呪術の使い手たちには、それを把握可能だった。
一般的な達人たちが、呼吸や技巧や表情の読み取りに頼るしかないところを。
ソルジェやジャンならば、呪術師としての知覚を用いて敵を探れるらしい。
うらやましいような、使いこなすのが難しくて困惑するような……。
―――だけどね、常に呪術師としても結果的に鍛錬され続けているふたりには。
むしろ、ピンと来やすい言語的な説明だったらしいよ。
ジャンは大いに、ソルジェからの『教え』を気に入っている。
気に入っている以上に、とてつもなくしっくり来ていたのさ……。
「そ、それなら、やれそうです。さ、さすがは、団長ですっ!!」
「呪術師としての力も、ちゃんと使いこなしていこうぜ。せっかくの、オレたちの強さだからな。これを鍛えるだけで、また新しい戦い方もやれる。強くなれるんだ」
「は、はい。帝国軍を倒すためにも、つ、強くならないといけませんからね」
「とりあえず、『炎』という集結の動き、『風』という守りの動き、『雷』という攻撃の動き。それら三大属性の動きを、探るようにしてみろ。重心の動作、指揮官の意図も組み合わせれば、戦場を読み解くための情報を、これまで以上にお前は察知しやすくなる」
「わ、分かりました!!」
「ククク!それでいい。もちろんだが、キュレネイたちからのアドバイスも聞け。オレよりもはるかに賢い。動きの模倣の達人。探るための情報を、より多く聞いておけ。すべてを今日、いきなり、使いこなせなくてもいい。聞くだけでいいんだ。それでも、少しだけ、強くなれるから安心しろ」




