第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その八百五十四
―――役割分担があってね、それはキュレネイ自身が求めてもいることだ。
ソルジェのための『番犬』、彼女いわく。
「貴方のための、残酷であります」。
忠誠心のようでもあり、たぶん愛情でもあるものだった……。
―――矢を補充していたからね、キュレネイ・チームは再び敵を攻撃したよ。
くだんの拠点ではなく、その周辺の街道を進む敵兵どもさ。
上空から迫り、弓兵メインに仕留めていく。
深追いはしないよ、少数の敵を撃破すればいい……。
―――とくに弓兵、弓を巧みに操れる兵士というものはそこそこ貴重だからね。
誰しもがそれなりの射手にはなれるけれど、強い弓や巨大弓を扱うのにはコツがいる。
弓兵を仕留めれば、それだけこちらの戦闘が楽になった。
学生兵たちは体力があるし、筋力もそれなりに評価できるのだから……。
―――敵に対して執拗に、弓兵狩りは行われている。
もちろん、ジャンも動いていたよ。
ゼファーの動きに合わせるように、地上を駆け抜けて敵兵を屠っていく。
こちらは弓兵狙いではなくて、偵察兵狙いだった……。
―――情報戦の一翼を担ってもいるのさ、偵察情報を奪うことでね。
戦場は混沌に隠されてしまい、何が正しいのかが不明になる。
ヒトという生き物はね、五里霧中の状況に陥るほどに。
何でもいいから確かで、なおかつシンプルな真実に頼りたがる……。
「つまり、得意な戦術に頼りがちになっちゃうんだよね」
「それに頼ることで、安心感が得られるんだね」
「『外』らしい、ですね」
「イエス。合理的な戦術よりも、主観に頼るのがヒトというものであります」
―――深追いし過ぎているという自覚が、キュレネイに出始めた頃。
矢も尽きていたし、くだんの拠点から帝国軍が動き始めていた。
連中は襲撃をあきらめていた、こちらを叩くべきなのは理解しているものの。
『いつもの帝国軍的戦術』に、依存することを決めていたのさ……。
「帝国軍には、おごりがあるんだよ。あいつらは自分たちの数が圧倒的に多いって、信じたがっているの」
「つまり、守ればいいってわけだね」
「攻め込むリスクを取らず、敵に休息を与えてもいいなんて……」
「我々が選ぶべき戦術ではないでありますが、敵に『選ばせた』のならば大勝利であります」
―――帝国軍のなかには、疲労と不信感と敗北感がまん延していた。
メイウェイ軍との戦闘での消耗に、攻撃のために集結したはずなのに下がるなんて。
戦争では士気というものが、戦力よりも重要になる展開も多くある。
指揮官やシドニア・ジャンパーへの不信、戦場での疲労も重なっていく……。
「……確かめる、べきだろ。敵よりもまずは、オレたちの報酬だ。オレたちの財産」
「奪われているかもしれない。もともと、ジャンパー少尉や、その手下の傭兵たちは、どこか怪しい連中なんだから」
「レビンとかいう、裏切り者も……許しがたい」
「そいつも、けっきょく、女狐ジャンパーの仲間かもしれないぞ」
―――戦場ではデマと真実と、新興宗教が広まりやすいものだった。
大所帯になればなるほど、必ず精神的な指導者や信じ込みたい虚構が生まれる。
およそ胡散臭いものだったが、誰もが頼りがいのある何かを求めた結果か。
何かである、何だっていいというのが困ったところかもしれない……。
―――キュレネイは戦場をゆっくりと観察しながら、ゼファーを着地させる。
ジャンを回収するためだよ、ジャンもその動きに気づいて合流してくれた。
ぽひょんといういつもの音を立てて、ジャンはヒトの姿に戻る。
かなり汗まみれだったから、どこか恥ずかしそうにゼファーの背に乗った……。
「恥ずかしがらなくても、いいと思うよ」
「そうですよ。ジャンさん、私たちはそういう汗には否定的な意見を持ちません」
「う、うん。そう、かもしれないけれど。ぼ、ボクなりの羞恥心というか……」
「ジャンは、お年頃なんだよね!」
「み、ミアこそ、お年頃だろう。ぼ、ボクは……その、あ、アルトーという先輩というか、もしかしたら、せ、先祖みたいな人を真似たいんだ。せ、戦士だし、盗賊だけど。し、紳士で、役者でもあって……」
「複雑な人物像であります。ジャンとは、あまり似ていないかもしれない」
「そ、そうだけど。でも、そ、その」
「イエス。参考にするがいい。『狼男』を教育する方法を、我々は知らないであります。団長でさえも、ジャンの育成には苦労しがち。参考になる先人がいるのなら、何だって研究するであります」
「う、うん。そ、そうだよね。アルトーも、それを望んでいると思う。きゅ、嗅覚呪術についても、学べたしね」
「『狼男』の理不尽なまでの嗅覚、でありますか」
「あれが強化されたの?すごいね、ジャンさん」
「何か現状で、変化を感じるんですか?」
「い、今までよりも、敵の、か、考えとか、ちょっと読み解きやすいかもですっ」
『それは、どんなかんかくなの?』
「う、うん。言葉に、し、しにくいんだけれど。き、筋肉が……出す、ニオイって、あ、あるんだ。構えとか、こ、攻撃したいときとか、に、逃げるときとか」
「予備動作を、ニオイで悟れるでありますか?」
「そ、そう。そうかも。そ、それが、ちょっと……前より、分かるカンジ。こ、これを、上手く使えば……だ、団長みたいに……『見える』、かもとか」
『『まがん』を、さいげんするの?においで?』
「う、うん。ち、違うかも、しれないけれど。あ、アルトーの記憶は、読み解けた。み、見えたような気がするんだ。そ、そういう感覚を、強められそう……ニオイで、敵の、動きや、こ、心も、読めるかも……」
「すごいね。ジャン、それはもっと鍛えてみるべきだよ!」
「う、うん。鍛え方も、ちょっと、分かってるんだ。え、演技。ひ、ヒトが、どういう動きで、ど、どんな感情を表現しているかとか、わ、分かったら……きっと、強い」
「ふーん。それだど、キュレネイがいいアイデアをくれそうだね。『真似る』力に関しては、猟兵のなかでもいちばんだもん」
「なるほど。確かに、私ならば演技に対して何か助言を与えてやれそうであります。ジャン、何か、聞きたいことはないでありますか?」
「そ、そうだね。そ、その。よ、予備動作を……読むときって、ど、どうしているの?」
「『真似したくなる動き』を、探っているであります」
「うーん。なんだか想像がつかないや」
「真似したくなる、動き。そういうのが、あるんですね」
「私には、ちょっと分かるかも。戦技の予備動作の前に、敵って、こっちに伝えようとする何かがある……あれ、だよね?」
「イエス。さすがは、ミア」
「えへへ。当たったみたいだ。ジャン、ジャン。あれね、表情も動くんだよ。眉毛とか目の動き。伝えようとしちゃうんだ。キュレネイは、それをしないから、すごく読みにくい」
「イエス。『無拍子』は、相手との交流の断絶であります」
「な、なるほど。ちょ、ちょっと、整理できそうかもしれない。あ、ありがとうね。ふたりとも。か、必ず、強くなるから」




