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5月2日書籍版発売!!元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。(最後の竜騎士の英雄譚~パンジャール猟兵団戦記~)  作者: よしふみ
『ストラウスの歌』

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第七話    『戦場の焔演』    その四


「―――敵が一人というのであれば、私は、卑怯な手は使わないッ!!皆の者、手出しは無用であるぞッ!!」


 オレのことを『卑怯者』みたいに言われているようで、ちょっと傷つくが……その心意気や良し。いいぜ。騎士同士、戦場で一対一とか、痺れるよね!!


 すっかりとオレに萎縮している兵士たちも、グレイの選択を支持しているようだ。


 グレイのヤツは、マジでこのオレさまの目の前にやって来る。ただ一人でな。


「……気に入ったぞ、グレイ・ヴァンガルズ。お前のことは、覚えておいてやるよ」


「私は、貴様のことなど、覚えてはおかん!!」


 グレイが騎士剣を抜く。なかなかの業物だ。その剣も、そして、それを振るう技術にも光るモノを感じる。


「……年齢は?」


「23だ」


「そうか。オレより3つも下か。まだ、伸びるな……」


「うるさい!私を、その邪悪な眼で見るな!!」


「目にかけてやろうってんだがな?」


「いらん!!帝国の敵は、私が倒す!!」


 グレイ・ヴァンガルズが気合いと共に戦場を駆ける。いい動きだ。天賦の才を感じさせるし、それだけではない。鍛錬を怠ることなく、日夜、剣と共にあったのだろう。


 まっすぐな剣だ。


 シンプルであり、雑念がない。騎士らしいとは、こういうことかもしれんな。


 振り落とされた剣を受ける。うむ、重さも十分だ。剣のあいだに火花を散らせながら、騎士グレイはオレのことを全力で押してくる。


「か、片腕だとッ!?舐めているのかッ!?」


「舐めちゃいない。この軽薄な構えだからこその、柔らかさもある」


「なッ!?」


 オレは不意に力を抜いて、ヤツの突撃をいなしてしまう。バランスを崩されたヤツは、大きく前に傾き、オレの左の拳は、ヤツの顔面をブン殴っていた。


 グレイが吹っ飛ばされて大地に転がる。かぶっていた兜も抜けちまったな。


 灰色の髪に、翡翠色の瞳……ふむ。やはり、そうか。オレの眼は誤魔化せん。お前は、それなりの運命を背負っている男のようだな。


「ま、まだまだああッ!!」


 立ち上がり、グレイは再びオレへと打ち込んでくる。右、右、左、右、左、突き。なかなかのモンだ。


だが、それらの全てが竜太刀に捌かれる。その事実を、君は気に入らないらしいな。ますます激しく打ってくる。


「いい気合いだぞ。練度も十分。鋭さもあり、手数は達人並み……才能を感じさせる」


「な、なにをッ!!」


 オレの余裕が気に入らないのか?


 なるほどな。そう、まっすぐな騎士道を見せつけてくれるなよ?……気恥ずかしくなるぜ!!


「あぐっ!?」


 踏み込んでいた前足を、オレの足払いが刈り取っていた。


 グレイはまた地面へと倒れる。アゴ先を強打するが、すぐに立ち上がろうとしている。


「……グレイよ。君の視野は狭すぎる。重心を固定させすぎるな。道場剣術ではないんだぞ?戦場は整地などされていない。そんな重心移動では、たやすく転ばされる」


「う、うるさい!!」


 若き騎士は躍起になる。オレを殺そうと必死だ。


 いや、今日、殺した連中と比べても、なかなかの上位。


 一番ではないが。まあ、一番手応えがあった男は三十路の大男さ。


 グレイはまだまだ若手なんだよ。将来性を見込めば、楽しみでたまらないね。


 剣戟を響かせながら、オレはグレイ・ヴァンガルズを観察する。迷いのない殺意か。それもまた騎士として正しい。だが、君は……理解しているのか?


 自分の運命が背負っている、一種の『哀れさ』を?


「ソルジェ・ストラウスッッ!!」


 剣の鋼をぶつけ合わせながら、グレイはオレの名を叫んだ。


「どうした。オレの名前など、覚える気は無かったんじゃないのか?」


「うるさい!!揚げ足を取るな!!」


「そりゃ、すまない」


「貴様……ッ。なぜ、手加減をしている!?」


「そうすることが楽しいからだろう」


「わ、私を愚弄しているのかッ!?」


「いいや。感心しているんだ。その若さで、そこまでの腕に達する男は少ない」


「私よりも、はるかに強い貴様に、そんなことを言われても、ただただ、バカにされている気持ちだッ!!」


 グレイが一瞬だけオレの想像を超える。


 ヤツの体が、風のような軽やかさになり、バックステップを踊る。さんざんダメ出ししていた重心だが、オレの方が崩されかけたぜ。


 そして、グレイ・ヴァンガルズの肉体が、素晴らしい運動性を発揮してくる。弓から放たれた矢のように爆発的な加速を帯びた、素晴らしい突き技だ。


 うむ。どこまでも、まっすぐか。いかにも、君らしい技だな、騎士よ。


 だが。それはマズい。


 バキイイイイイイイインンンッッ!!


 オレは竜太刀を振り落とし、突き出されたヤツの剣をへし折っていた。


「なッ!?」


「―――いい突きだが、君のための技じゃないな」


「く、くそッ!?ま、まさか、あの突きが、見切られるなんて!?」


 グレイが後ずさりしながら、腰裏に下げていた予備の剣を抜いた。オレは追い打ちをかけない。


 彼には、教育しておくべきことがある。


「……『それ』は、おそらく、君の師匠の技だろう?」


「……ど、どうして、分かる!?」


「なかなかの技だが、君が使うには、やや腕が長すぎるし、重心も高すぎる。そして、力は足りていない。剣の重さと技の威力に、君は制御を奪われていたぞ?だから、反応しただけのオレの剣に、たやすく折られる」


「……う、うるさい、余計なお世話だ!?」


「君の師匠は、すばらしい人物のようだが……もう何年も会っていないな?」


「……っ」


 無言か。それが語る真実もある。


 とくに、お前のようなまっすぐな心の持ち主は、嘘が本当に下手だな。


 何も隠せない。魔眼の力さえいらないよ。


「君の師匠ならば、その技は君に合っていないと叱るだろう。君の突きは、もっと脚を開いて、沈んでから撃つべきだな。それならば、師の技にも近づける」


「……勝手なコトを言いやがって」


「模倣は止めろ。師の影を追うことから、卒業する時が来ているのさ、若鳥よ」


「私は、セイレンさまの弟子だ!!貴様の弟子などではないッ!!」


 グレイが怒り、オレに襲いかかってくる。獣のような俊敏さだ。


 悲しいことに、今の方がさっきよりも少しだけマシだ。


 師に憧れるのは勝手だが、『それ/師の真似事』に囚われて弱くなってしまうのであれば、セイレンとやらも喜ぶまい。


 怒りに満ちた、野生的なこの動きの方が、さっきまでの道場剣術より、戦場の大地をしっかりと踏んでやがるぞ?


 スピードも、パワーも、今の方が強いぜ、未熟者め。


「うおおおおおおおおおッ!!」


 グレイの怒りと斬撃を十数手ほど楽しませてもらったが、もう十分だ。


「……さて。遊びは終わりだ」


「そうだあ、ソルジェ・ストラウスううううッ!!お前が、死ねえええッ!!」


「―――それはないな」


 ガキイイイイイイイインンンッ!!


「なッ!?ま、また!?」


 振り落とされてくるグレイの剣を、横になぎ払われた竜太刀がへし折っていた。そして、そのまま剣舞はつづき―――ヤツの鎧にオレの一撃は叩き込まれていた。


 そうさ、『太刀風』……『オレの技』だ。


「が、はッ!?……あ、赤い……疾風ェ……ッ!?」


「……『太刀風』。いい技だろ?」


 でも、刃は使っていない。刀身をぶつけただけさ。


 だが、十分な破壊力だ。


 ヤツの体は大きく『く』の字に曲がって、鎧はへこみ、ヤツの腹を深く打撃している……。


「ぐ、グレイ殿おおおおおおおおおおおおッ!!」


 兵士どもが悲鳴をあげる。


「……ッ!!」


 グレイは意識を失いそうだ。オレは、ほぼ無抵抗となった彼を、そのまま剣に乗せるようにして投げ飛ばしていた。


 大地に衝突した彼は、受け身を取っていたな。


 なかなかやるね。首でも折って死ねば、それまでの男だと思って、あまり手加減はしなかったんだが。合格だぞ、グレイ。


「……ッ……ぁ……ッ」


 ヤツは呻きながらオレを見上げてる。


 なんとも、恨めしそうな目をしてやがるぜ?


 プライドが傷ついたのか。


 でも、痙攣する横隔膜があまりに痛いのだろう、呼吸もままならないはず。


 それに激しい衝撃のせいで、体のあちこちが、とっくに壊れちまっている。


 もう腕ひとつ、上げられないさ。


 そこまで壊されてしまえば、気絶していた方が幸せだったんだが。お前の才能と師の与えてくれた技巧が、それを防いでしまった。


 感心すべき能力であるが、皮肉にも、お前を苦しめてしまうな―――。


 この圧倒的なまでの実力差を見せつけられてしまい……あまりにも口惜しいのだろう。グレイの翡翠色の瞳の端に涙が浮かんで、頬を伝って流れちまう。


 分かるよ、アーレスにぶちのめされたガキの頃のオレも、そんな目をしていたんだろうな。


「……ゆ……ゆるさ、ん……ッ」


「ん。もう、しゃべれるのか?驚きだぞ」


 ほんと、驚いた。回復が早い。『血筋』ゆえの特性か?それとも、コイツの強い自意識が成せた奇跡か?……だが、もう今のヤツは冷静さを失っていた。


 怒りと屈辱に耐えかねて、グレイ・ヴァンガルズは叫んだ。


 引きつり痛む横隔膜にムチャをさせながらも、その命令を放っていたのさ。


「こ、殺せえええ!!……そ、そいつを、殺せええッ!!」



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