第七話 『戦場の焔演』 その三
「―――ガレオン・デール!!ガレオン・デール!!ガレオン・デール!!」
遠くから、彼の名を称える歌が響いていた。
耳をすませてその名を聞き取った騎士は、すぐにそれが誰の名だったのかを思い出す。なかなか、嫌いになれない騎士だ。オレも、ガレオンくんのこと気に入っていました。
「……ガレオン、だと?……そうか、昨日の勇敢な志願兵?」
「そう。あのガレオンくんと6000の仲間たちが、『あの世』から戻って来た」
「あの世?」
好奇心旺盛でオレの説明欲を満たしてくれる男だな。いいねえ、グレイくん。
君みたいな部下とか募集したい。若くして騎士になれただけはある、年上の男の心を掴むよ、君の未熟さと素直さはね。
「ああ。あの世から来たのさ。と言っても、もちろんニセモノだけどな?……本物は、とっくに死んでる。昨日の夜に、他の連中と一緒に焼き殺されてるよ」
「貴様らがやったのか?」
「そうだよ。でも、ガレオンくんは戻って来た。今ごろ、我が名はガレオン!!って、叫びまくりながら戦場を走っているよ」
「ニセモノが、だろう?」
「そうさ。で、『どこ』にいると思う?ガレオンくんのニセモノが?」
クイズの時間だ。グレイ・ヴァンガルズ。君の知能はどれぐらいだ?
オレはヒントを出しまくっている。さすがにイージーなクイズだったらしい、グレイくんの顔が曇った。
「……まさか。ルード王国の軍勢に!?」
「正解。数百人だけど、『コスプレ』してる兵士がいる」
「……コスプレ?……そうか、『ヴァイレイト』の兵装を!?」
「もちろん。そいつらがルード王国軍の左翼にいて……ああ、つまり君らの右翼側に配置している『ヴァイレイト』に見えるように、彼らはいるんだ」
「……『ヴァイレイト』の兵士たちに、同胞の英雄が……ガレオン・デールが、敵に裏切ったと思わせるためか!?」
「そうだ。でも、それだけじゃない。右翼にいる第七師団の兵士たちにも見せるためだ。彼らも騙されて、『過剰な反応』に出ている。だって、彼らの任務は―――」
「―――『ヴァイレイト』に、反乱の兆しがあれば、殲滅すること……ッ」
言いたいところを言われちまったな。説明って、クライマックスを言うのが楽しいのに?
先読みして言われるのって、何か、損した気持ちになるね……。
「……ああ。ここに右翼の軍勢が救援に来ないのは、それどころじゃないからさ」
「仲間同士で、殺し合わされているのか!?」
「見せてやりたいところだ」
「なんだと?」
「オレの左目は、特注品でね?遠く離れたところまで見える」
「……何が見える?」
「さっき、あっちに飛んで行ったゼファー……つまり、オレの竜が、火球をぶっ放したのはさ、第七師団の軍勢にだけ。これが決定的だな、右翼にいる『ヴァイレイト』の兵士六千は、第七師団からは『敵』に見える。もう、彼らはオレたちの『仲間』だ」
「くそ!!」
「おい、待てよ?……今から行っても遅い。君ら第七師団と『ヴァイレイト』のあいだには、大きな『憎しみ』がある。戦いになってしまえば、止まらない。分かるだろ?」
元々が不仲な上に、オレたちの破壊工作も結構効いていたし、『ルノー将軍/オレ』にさんざんな目に遭わされ、名誉も奪われちまった。お互いに対する憎悪と不信は根強い。
「仲間割れ……もしや、補給隊を襲っていたのは、貴様なのか!?」
「ああ。ゴメンね」
「ゴメン、だと!?ふざけるな!!」
「ふざけちゃいない。これも戦略だ。でも。ずいぶん、戦力差が縮まっただろ?君たちは出発したとき五万を超えていた。こっちは一万三千。でも、クラウリーの反乱で、数千人が死に、怒ったルノー将軍の命令で、6000の『ヴァイレイト』が消え、2400の巨人の弓隊と、6000の『ヴァイレイト』は、今やオレらの友達」
「……帝国軍の結束は、そう容易くは―――」
「―――『ヴァイレイト』の兵士たちには、『指導者』がいない。上層部は『ルノー将軍』に首を刎ねられたし、士官学校に通っていたはずの貴族や豪商の息子たちは、『帰還させられている』だろ?戦略を理解できる者も、指揮能力のある兵士もいないってことさ」
「……ッ!?」
「知っているか?『ヴァイレイト』の下級兵士らは、自分たちが戦場の最前線で消費される立場だって知っている。だから、彼らの多くは家を継ぐ長男じゃなく、婚約者の世話もしてもらえない四男坊とかさ」
オレ、四男坊だから分かるよ?なんか扱い悪かった。
「彼らには、故郷へ帰らなくてはならない理由ってものが希薄なんだよ。ビミョーに捨てられている気持ちにでもなっているんだよね?……だから、兵役を果たしても、地元に帰らず、傭兵や山賊になる連中も多い。彼らは『自暴自棄』になっている。でも、死にたくはないから、襲いかかってくる『敵/第七師団』に噛みつき、『味方/ルード王国』を頼る」
そういうヒトたちをスカウトしてたのが、オレの師匠、ガルフ・コルテス。ガルフも多分、四男坊か五男坊とかじゃね?四男坊心理に詳しすぎたもん。
「……『ヴァイレイト』の統率は、もう取れないとでも!?」
「ああ。恐怖と怒りに駆られて、右翼の軍勢は大乱戦に入っちまった。少なくとも、他の部隊へ救援を回せるほどの余力は無いな。共倒れだね」
「なんということを……ッ!……いや、待て!!左翼側はどうした!?異変があれば、ここに来てもいいはずだぞ!?」
「ムチャを言うな。左翼の軍勢はケガ人だらけだろ?」
「なぜ、それを知っている!?」
そうだ。負傷者だらけなんだよね。『ガーゼット・クラウリーの反乱』で、『ヴァイレイト』と第七師団の兵士らは殺し合いをしたからさ。
そのときに、大量の負傷者が出ている。その負傷者には、ムリをさせないために……って温かい気持ちからか、彼らは左翼にまとめられていた。
コイツらの左翼を構築する兵士たちは、元々、『弱い』のさ。
「それに、『ルノー将軍』からの『命令』もあってね」
「……え?」
「君も貰っただろう?あの『密書』だ。君のは、『親衛騎士団』に留まり、本陣を死守するべし」
「なぜ!!なぜ、私への命令を知っているのだ!!」
彼は動揺しているな、密書の中身をオレが知っていることを。でも、オレはこの問いをムシして話をつづける。全ての問いに答えが与えられると、甘えるな。オレは敵だぞ?
「左翼にいる、アイザックくんとジャンくんには、それぞれこんな命令が与えられている。アイザックくんは緊急時には、直ちに前進し、ルード王国軍の背後に回り込むべし―――そしてジャンくんには、負傷者を後退させるべし」
「左翼の軍勢を、分断したのか!?」
「そうだ。そして、アイザックくんは機動力が自慢である、『軽装騎馬隊』を引き連れて、戦場を流れる浅い川を渡ろうとするだろうね?」
「……そこにも、罠があるのか……っ」
「当然だろ。ここはルード王国のホームだぞ。色々と策がある……まあ、これはオレたちの策じゃなくて、女王陛下立案のだがな」
女王陛下もなかなかの策士だ。彼女は賢いし、勇敢だ。そして、とても寛大で優しい心を持った女性でもある。
けれど、戦になると容赦はしないんだよ。マジ好み。
「アイザックくんは命令通り、『最速』で敵の背後に回り込もうとする。そのためには、川を横切らなくてはならない。深い場所ではなく、当然、『浅瀬』を選ぶだろう?……進軍速度を得たいし、馬の皮膚は水に濡れると、弱くなるからな。でも、その川に入り、彼は気付いていたかな」
「何を仕掛けた!?」
「『油』が流れている。その川、上流と下流をせき止めているせいで、水の流れはほとんどないんだけど、水面には大量の油が漂っていてね?……騎馬隊が渡り終わる直前に、隠れている兵士たちが、火矢でそれに火を点けちまうのさ」
「火攻めかッ!!」
「そう。炎の川の完成だ」
馬たちは脚を焼かれてしまう。すぐに役に立たなくなるね。そして、川の前後に仕掛けてある枯れ草の山にも火は燃え移る。
またたく間に火の海だよ。なにせ枯れ草の下にも大量の油がまかれているからね?逃げ場は無いさ。
平時なら臭いでバレるかもしれないが、馬で勢いよくその場所に雪崩込んじまったら、鼻が嗅ぎ取る前に、手遅れなトコロまで進んじまう。
興奮しているし、命令に対応しようと必要以上に焦っているからな―――『ラミアちゃんの旦那/ルノー将軍の跡取り』になりたいなら、ポイント稼がなくちゃならねえもん。
どの密書にも、『命令に従い、功績をあげた者こそが、ラミアの夫に相応しいだろう』。念を押すように、そう書いてあるもんな。
……つまり、この戦で最大の功績をあげた男に、ラミアは捧げられる。だから、朝になっても将軍は『婿』の発表をしなかったのだと、彼らは解釈していたはずだ。
花婿になるには、この戦で大きな手柄を立てなくてはならない。レースのように、焦っただろうよ。
「しかし……川を焼くほどの油が、一体どこから!?」
「それは君らのおかげさ」
「なに!?」
「不勉強な男だな。ルード王国の『特産品』を知らないのか?」
「何のことだ!?」
「オリーブ・オイルに菜種油にヒマワリ油。ルード王国は食用油の生産と、その取引で経済が成り立つ国なんだが、君らが『経済封鎖』なんてしてくれちまったおかげでね、商売が出来なかったのさ?……その結果?油は、国境近くの町に『捨てるほど余っている』んだよ。そいつに錬金術の薬を混ぜて、燃えやすく加工した」
「き、騎士を!!そ、そんなもので焼いたというのか、貴様らはッ!!」
「ああ。さぞや、美味しく焼けただろう」
「ふざけるな!!」
「ふざけちゃいない。軍用品だけで戦争が成り立つとでも思うのか?手元にあるモノは、何であろうと効率的に使うべきだ。魔術だろうが、油だろうが、炎は呼べる」
まあ、皮肉でもあるんだろうけどね?帝国軍の経済封鎖で飢えまくったことへの意趣返しでもある。商売人の怒りは、すさまじいよ。
復讐だよね、売れ残った油で、敵を焼いちまおうってんだから。
彼らは民兵としても志願している。予想よりも千人多い兵士が集まったのは、彼らが加わったからだ。仕事を邪魔されてきた商人たちの、帝国軍への恨みは、人一倍なのさ。
「その炎に呑まれる場所に、ガンダラ……オレの副官が率いる巨人の弓兵とルード王国軍の一部が合流して、彼らの頭上から、矢を射るのさ。とどめに、竜が行く」
再びオレたちを一瞬の影が覆った。ゼファーは南に向かったんだよ。軽装騎馬隊の馬を炎で仕留め、咆吼を浴びせて恐慌状態にするためにね。
まあ、馬から下りた軽装歩兵の装備じゃ、巨人の戦士には敵わない、もう一方的に殺されるしかない。
「なぜ……そこまで、我々を操れたッ!?」
「オレは昨日の夜も、君に会ってたぞ?」
「なんだと!?」
「将軍に化けてた。知らないのか?ラミアちゃんが叫んでいただろ?」
「た、たしかに、貴様は閣下に化けていたらしいが……昨日の、夜からなのか!?」
「いいや。正確には、もっと前だよ」
「い、いつからだ!?」
「企業秘密。でも、色々とやらせてもらった。名演技だったろ?君らは、ずっとオレの命令のままに踊ってくれていたよ」
「……卑劣な!!」
「……たしかに。その点は謝る。だから、ほら、罪滅ぼしに、だ。オレ、わざわざ君らの陣地のど真ん中に来てやったんだぜ?」
「……なッ!?」
「卑怯なことをした分、誰よりも勇敢なことをしておきたいんだよ。そうでなければ、竜騎士としての『誇り』を回復できないからな」
「……ほ、『誇り』のために、そんなムチャをしているというのかッ!?」
グレイが驚いている。オレの生き様に、引いてんのかよ……?
まあ、憧れてくれとは言わない。世間を知って、オレも学んだ。ストラウスさん家の哲学は、ハード過ぎる。
『死んで歌になりなさい!!』……オレは大好きで愛しているけど、うちのお袋は変わりモンだ。
「今さら正々堂々も無いけれど、まあ、これで許してくれないか?オレの命を奪う機会を、君らにくれてやっているんだから」
オレはグレイ・ヴァンガルズに近づいていく。
「ほら?敵に囲まれちまったぜ、悪党のお兄さんが?」
「フン!……それぐらいで、貴様の卑劣な策が、帳消しになると思うなよ!?」
「ああ。いいぜ。それで、みんなで来るのか?……それとも、騎士らしく、一対一でもやってみるかい?」
どちらでもいいぜ。けっきょく、全員を無事に返すつもりはねえんだしな。
……ほんと、クソ長い話に付き合ってくれてありがとう。おかげで体力は回復したよ。
……その礼だ。君に、死に方を選ばせてやろう。
読んで下さったあなたの評価、感想をお待ちしております。




