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5月2日書籍版発売!!元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。(最後の竜騎士の英雄譚~パンジャール猟兵団戦記~)  作者: よしふみ
『ストラウスの歌』

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第七話    『戦場の焔演』    その二



 ―――竜が歌う空を見て、奴隷の巨人は知ったのだ。


 解放される時が来た、我らは、誇りを取り戻す。


 帝国軍が角笛を鳴らす、巨人どもよ弓を引け!


 いいだろう、我らの矢を、とくと味わえ。




 ―――竜の背にいる乙女たちは、矢を射て、スリングショットをぶっ放す。


 炎を生き延びた兵士たちに、乙女らの攻撃が襲いかかっていく。


 どちらがより多く殺せるか?


 勇敢な乙女らは、戦士の貌で嗤うのだ。




 ―――女王陛下は命じるのだ、全軍突撃!!


 弓隊よ、突撃援護のために、矢を射ろ!!


 魔王軍の勇者たちは雄叫びを上げて。


 空で旋回した竜と共に、一万と三千は戦場を走った!!




 ―――巨人の矢は射られた。


 二千と四百の強弓から放たれた矢は、竜を狙わない。


 狙ったのは、帝国軍最前列の騎馬の群れ。


 迫り来るルードの騎馬隊に向け、走り出そうとした直前、矢は、彼らを襲った。




 ―――混沌が産まれる。


 背後からの矢と、ルードの放った矢、それらに挟まれて、騎馬たちが戸惑う。


 戸惑いは、竜の炎によって、さらに深まる。


 竜が放つ炎の歌に大地は焼かれ、馬は暴れて、騎馬兵たちは落馬する。




 ―――『サーペント/竜陣』がその大きな口を開き、本性を露わにする。


 その陣形が秘めていたのは、特攻などではなく、貪欲なる殺戮の牙。


 ドワーフの猛将ギャリガンが『愛牛』ドルーガを駆り、帝国騎馬隊を襲う。


 ギャリガンの戦槌が、猛るドルーガが、混乱した騎馬隊に大穴を開ける。




 ―――そうだ、『サーペント』、これは『喰らうための陣』。


 敵軍をまるごと、呑み込み、皆殺しにするのだ。


 巨人に射られ、竜に焼かれる騎馬隊一万は、またたく間に崩壊する。


 勢いを全くなくした騎馬などに、精鋭揃いの魔王の騎馬は止められない。




「うおおおおおおおおおおおおおッ!!」


「―――甘えよッ!!」


 戦斧で斬りかかってきた兵士の胴を切り払いながら抜ける……直後、隙を突くように射られていた矢をオレは左手の指で『掴まえる』。9年前と違って、両目は健在だ!!


「う、うわあああッ。矢を、と、取ったあああ……ッ?」


「ああ。連邦の首領どもの中にも、これぐらいの芸をやるヤツはいたぞ?」


 オレは弓兵に近づいていく。お仕置きが必要かな。


 だが。失禁し、弓を地面に放るその兵士に、オレは慈悲を与える。


「……このまま後方まで、逃げろ。それなら、殺しはしない」


「は、はいいいいいッ!!」


 兵士が逃走を開始する。それを見て、他の兵士どもは、彼をどこかうらやましそうな目に見ているのが、オレには分かる。


 竜の魔眼だ。戦場に漂う、ヒトの心をも明らかにする。この場を絶望と恐怖が包んでいる。


 それはそうだろう。


 ここにいたのは、手練れ中の手練れたち。だが、どうだ?もう65人は殺されている。


 大地は血と切断された肉片に汚されて、兵士たちは、オレを見ると歯をガチガチ鳴らし始めていた。


 イノシシさんは、あんな風に歯を鳴らして挑発してくるんだけど、人間さんの場合はそーじゃないよね?……オレは、問わねばならん。


「選べ。オレに殺されたいか。それとも、ここを逃げるのか」


「……う、うう……ッ」


「どうした?オレは慈悲深いぞ?君らの命を、助けてやってもいいんだが?」


「……そ、そんなことが、出来るかっ!!わ、我々は、誇りある、帝国兵士だ!!」


「―――その通りだ」


 怯えのない声が聞こえ、その男は現れる。騎士だな。うむ、コイツには見覚えがある。昨夜、将軍に呼ばれていた男の一人……名前は、なんだっけ?分からん。


 騎士はどいつも同じような兜かぶってるから、あんまり顔が見えないしな。オレが物覚えの悪いバカってことじゃない。


 とにかく、そいつがオレの足下に何かを投げてくる。ああ、さっきの弓兵の『頭』だ。コイツ、逃げた兵士の首を落としたのかよ。なかなか剛毅なヤツだね。


「我々、帝国軍に、逃亡する兵はいらん」


「みたいだな」


 騎士は血と脂のついた剣を抜き、オレの正面へとやって来る。なるほど。いい面構えだ。それに、雑魚どもとは違う気迫を帯びてやがるぜ……騎士が口を開く。


「私の名は、グレイ・ヴァンガルズ」


「そうか。オレの名前は、ソルジェ・ストラウス。竜騎士だ」


「……竜騎士。なるほど、あの黒い竜は、貴様の仕業か」


「ああ。竜だけじゃなく、もろもろね」


「……もろもろ?」


「自慢ついでに説明してやるよ。何が起きているのか、君だって知りたいだろ?」


「ふざけた男だ」


「そうかよ。でも、戦争には君らより強いらしい」


「……何を、したという!」


「まずは、巨人の兵士たちを仲間につけた」


「バカな、今ごろ、連中は『首かせ』に―――」


「残念。アレはもう動かねえ。一瞬、効いたフリをしているぞ?でも、次の瞬間、うかつにも近づいた兵士たちの首を、絞め殺している。んで、武器を頂く」


 ……だろう、ガンダラよ?親友であるお前の策は分かるよ。


 オレは左目の力で、ゼファーの視界を乗っ取る。巨人たちは反乱に成功した。ほら見ろ、オレの思っていた通り。帝国兵の首を折っているところだ。


 そして、ギャリガン将軍と合流しようとしているな。


 いいペースだ。これで、巨人たちは孤立していない。


 さて、安心したところで自慢を再開しようじゃないか。


「ああ、始まりはこう。仲間にしちまった巨人の弓兵たちに、オレの竜に焼かれて混乱する騎馬隊を射抜かせたのさ」


「……くっ。背後から、射抜くとは、卑劣なことをッ!?」


「いいや。背後からだけじゃないさ。巨人の弓兵は、オレたちにもいるんだから。ルード王国は、丘の上から強弓を撃った。距離と角度で有利だな。オレたちの矢の方が良く届く。風にも乗るしね。前と後ろから矢の雨に降られて、君らの騎馬隊は甚大なダメージと混乱を来した」


「そ、その程度で、我々の騎馬軍が―――」


「そう。それだけじゃない。横っ腹から、竜に炙られたのさ。ほら見ろよ?」


「……な、なに……ッ!?」


『GHAAAAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHッッ!!』


 ゼファーが叫びながら、オレたちの上空を飛び抜けていく。ゼファーの吐いた火球が大地を爆破していた。もちろん、そこにいた兵士たちごと焼き払ってね。


「あの威力だぞ?あれを何発もぶち込まれたんだ。さらに、巨人の矢は背後から降りつづけている。君らの騎馬隊は大混乱、そこに、猛将ギャリガンさまが突っ込んだのさ!」


「ギャリガン?」


 あれ。へへへ。爺さん、あんま有名じゃないのか。ギャリガン将軍がこの場にいたら、この失礼で無知な若造のことをハンマーで、ぶっ殺しているんだろうな。


「ああ。死ぬほど強いドワーフさ。馬車ぐらいある『牛』―――ていうか、モンスターなんだけど?……『ベヒーモス』に乗ってるんだよ」


「また、モンスターか!!」


「そう。『ベヒーモス』。あんなもんを飼い慣らせるのは、相当な強者だぜ」


 少なくとも、うちの兄貴たちにはムリだったろうな。ギャリガン将軍の腕っ節は、竜騎士のそれに匹敵するってことさ。


 まあ、オレほどじゃないだろうがなあ……オレは、歴代の竜騎士の誰よりも強い。この9年で、多くを失い、多くを得たのだ。オレは悪鬼のように強くなっている。


「結局のところ、混乱した君らの騎馬隊は、怯み、その攻撃の肝である加速を果たせなかった。そこに、数では劣るが質で勝る、オレたちのルード王国軍騎馬隊が全軍で突撃をしかけたんだよ。先陣は、きっと『ベヒーモス』さ」


 荒野と山岳地帯を走り抜いて育てあげるルード王国の馬は、すぐれているぞ。


 ルード王国騎馬隊は、矢の援護が大量にあったとはいえ、あっさりと帝国騎馬隊を突破し、さらにその背後にいた帝国の盾付き歩兵どもを馬で蹴散らしていく―――ギャリガン将軍のは、『牛』だが―――ガンダラたちは、こうして彼らに合流したのさ。


 帝国軍の『中央部』の布陣を説明すると、まず最前線に『騎馬隊』。


 その後ろに控えているのが『歩兵隊』。


 そして、その更に後ろがガンダラの潜む『巨人弓隊』。


 最終列に重装歩兵と騎士の混合する『親衛騎士団』って並びだった。


 兵の種類には、それぞれが得意とするものが決まっている。


 『騎馬』は『歩兵』に強い。


 それはそうだな?歩兵の武器では騎馬兵にロクに当てられないし、そもそも普通の兵士は、馬という巨大な獣に太刀打ちが出来ない。蹴られて踏まれて死んじまうだけさ。


 鎧も槍も意味がない。雪崩込む馬の群れに、ヒトが出来ることは、ほとんどないよ。


 『歩兵』は『弓兵』に強い。


 歩兵のもつ『盾』は、馬の重量を浴びせられたなら容易く潰れるが、矢ぐらいならいくらでも受け止められるからな。


 木の板と鉄板を組み合わせている大盾は、矢を通しようがない。もちろん、至近距離で巨人の強弓を射られたら別だが、至近距離なら、剣や槍の方が矢よりも確実に相手を傷つけられる。


 『弓兵』は『騎馬』に強い。


 なぜか?騎馬兵は馬に乗っているから攻撃が当たりにくいのが『強み』なんだが、弓矢の前では、そのアドバンテージは消えて無くなるからだ。


 むしろ、的がデカくなるから矢は効果的だ。兵士に当たらなくても、馬に当たって、馬が転ければ落馬して大ケガだもんな。


 もちろん、これらはただの相性で、必ずしも、そうなるってワケじゃない。でも、今回は上手くいってくれたようで何よりだ。


「いい流れだ。弓で騎馬を崩し、騎馬で歩兵を崩した。我々の歩兵は、落馬したり騎馬隊が踏みつぶし損ねた敵兵どもを、確実に抹殺していく。大勝利の臭いがするね」


「……調子に乗るなよ、竜騎士が」


「いいや、調子には乗っていない。ただ、事実を語ってる。クールにね?」


「ふざけるな。それだけの奇襲が、いつまでも保つわけがない!!」


「ああ。それだけならな」


「……なに?」


 オレの言葉の意味を、グレイ・ヴァンガルズは素直に理解してくれる。マジメな男だ。


 そして、少しでも情報を聞き出そうとしているのか。


 いい軍人だな。帝国軍じゃなければ、オレは君のことを団に勧誘していたかもしれない。


「……他に、どんな毒を混ぜたというんだ、我らが第七師団に」


「第七師団じゃない。ほら、耳をすませ?」


「なに?」


「聞こえるだろう?『トライデント』の右翼に配置されていた、彼らの歌がね」


「……これは……っ!?」


 ホント、マジメだな、グレイさん。隙だらけだぞ?……まあ、オレは君には奇襲しないけどさ。


 そうだ。耳をすませば、聞こえてくるはず。


 大地を、靴底で叩き、歌っているな。『ヴァイレイト』の兵士たちが。




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