第六話 『我が名は、ソルジェ・ストラウス』 その二
「―――死者数は?」
「はい!こちら第七師団側が、483名!!……『ヴァイレイト』のビネガー猿どもは、2784名……負傷者は、およそ4000です!!」
ふーむ。アレだけ派手に戦った割りには、死傷者が少ないな。まあ、想定内だ。
「……ルードなど、二万もあれば余裕で落とせる小国だ。この程度の損害、恐るるに足らずじゃ……さあて、『ヴァイレイト』の将兵諸君?ワシに、弁明すべきことはないのか?」
将軍は自分の前に捕らえられ、あるいは自ら出頭した『ヴァイレイト』の幹部将兵たちの前を、大太刀を抜いて、歩いて回る。
「……我々は、反乱などは……」
「ほう!では、君らの『英雄』、ガーゼット・クラウリーが、独断でワシの命を襲ったとでも言うのかッッ!?」
「か、彼は……そのようなことは、しませんよ!!ユアンダート陛下の命に、彼は、統合後も、どんな汚れ仕事を命じられても、従ってきたではないですか!?」
「……貴様、どの口がそんなことを言えるかッ!!ワシの護衛どもを、殺し、あまつさえ、ワシの寝込みを襲ったのだぞ、あの鬼畜めはッ!!」
「そ、そんな、何かの間違いです!!」
「……ふむ。では、あの死体はクラウリーではないと?」
将軍は助け船を出していた。やさしいなあ。『ヴァイレイト』の幹部将兵は、うなずく。
「ええ。きっと、そうです!!クラウリー殿のはずが、ありません!!」
「……言うたな。それでは、クラウリーを呼べ!貴様らに、3時間の猶予を与える。いいか?それを過ぎれば、30分ごとに、貴様らの首を右から順に刎ねていく」
「そ、そんな……ッ!!あ、あんまりです、将軍!!」
「ゴホゴホッ!!……ああ、クラウリーにやられた、ノドが痛むわい……ッ。雄々しき獅子のようであった声も、これほど、歪んでしまい……ッ!!いいか!?……もしも、3時間でヤツが出頭して来なければ、軍法会議をすっ飛ばして、このワシが直々に、貴様ら嘘つきどもの首を刎ねてやるぞ!!いいなッ!!」
将軍は激怒している。あまりの激怒に、正気ではないようにも部下たちには見えた。だが、彼らも所詮は組織のコマでしかない。将軍の命令には絶対だ。
そして……この三時間が、『ヴァイレイト』の身を助けることにはならないのを、オレだけはとっくの昔に知っている。ヤツを殺したのは、オレだもん。
将軍が語った通り、あの首無し死体はクラウリーのモノだ。クラウリーを探しても、どこにもいないさ。黄泉の国に顔が利くというのなら別だがね。
―――三時間が過ぎた。将軍に、一部の『ヴァイレイト』兵士たちが逃亡したという知らせが入る。将軍は激昂する!!
「追跡隊を出せッ!!逃した兵を拘束し、尋問しろ!!そいつらは国家転覆を謀る、東猿どものスパイかもしれん!!どんな拷問をしてもいい、すみやかに、情報を吐かせろ!!」
「は、はいッ!!」
呪われた将軍の狂気に、兵士たちは怯え始めていた。だが、将軍は容赦ない。約束の時間は過ぎているんだ。
「さて……諸君。三時間が過ぎてしまったな?約束のときが訪れたぞ?」
笑っている。将軍は、鎖で縛られた『ヴァイレイト』の幹部たちに迫った。太刀を抜きながらね。幹部たちは、どうにか処刑を免れようとしたが、将軍は老齢に入った男とは思えない素晴らしい太刀筋をもって、幹部の一人の頭を刎ねていた。
「そ、そんな!……そんな、まさか、本当に!?……ヒドい、ヒドすぎます!!将軍!!あなたは、狂っている!!」
「……ほう。反乱分子よ?貴様、このワシが狂っていると申したな?」
「ひいっ!?」
「……覚悟はいいか」
「ま、まだ!!まだ、次の30分まで時間はあるじゃないですか―――」
ザシュウウウッ!!
また一人、連邦派の首が刎ねられた。
将軍は返り血を浴びながら、笑う。
「ハハハハ!いい雨を降らす!!たかが東猿どもの血も、まるで人間のように赤いとはのう!!おい、この二匹の反乱分子の首を、猿どもの前に見せつけて来い!!」
「で、ですが……そのようなことをすれば、反抗する者が!!」
「ハハハハハハハハッッ!!……ならば、そいつも反逆者に決まっておろう!?その首を見せて、反抗の意を見せた猿どもなど、片っ端から斬り捨ていッ!!」
「は、はいッ!!」
狂った将軍は、『ヴァイレイト』の幹部どもを見た。皆が怯えている。まあ、そりゃそうか?……この将軍、病的に壊れちゃっているからね。
「……諸君、もはや君らの階級は剥奪されている。だが、志願者がいるか?」
「し、志願者……でありますか?」
「そうだ。階級を問わず、お前たちの中から、君ら東猿の負傷者どもを、本国に連れて帰る任務の指揮官を探してやる。ああ、負傷者といっても、貴族と商家の子らだけだ。君らも、彼らのようなエリート候補を、無事に故郷へ帰してやりたいだろう?」
将軍はさっきよりもずっとマトモに思えた。『ヴァイレイト』の士官どもは、将軍の怒りが同胞たちの血で鎮まってくれたのだと喜んだ。ひとりの男が手を挙げる。
「は、はい。そ、それならば!私が!!」
「……ふむ。20分やる。将来性のある東猿のボンボンどもを集めて、さっさと、本国に連れて帰れ。上限は、300名までだ。武装は、槍五本。それ以外は、食糧を少しだ。ああ、金は渡してやれ!!路銀にしろよ?……どうだ?ワシは、温情のある男だろう?」
「さ、サー・イエッサー!!」
「素直な男には好感が持てる……さて。他の者たちには、死んでもらうぞ」
「そ、そんな!?」
「ま、まだ、時間があります!!」
「待てるか、戻ってこない東猿のことなど!!兵士ども!!裏切り者どもの首領らの首を刎ねてしまえ!!それを、猿どもの前に見せつけて来い!反乱の兆しを見せた者は、激しく拷問を与えろ!!殺して、構わん!!そうだ!!口を割らせた者には、5000シエルの報奨金を与えよ!!積極的に、徹底的に、猿どもを痛めつけろ!!」
「了解しました、将軍閣下!!」
また、悲鳴と呪詛がその場に響き、『ヴァイレイト』の幹部将兵たちは、全滅する。
将軍をおつきの書記官が、震えた声で主に訊く。君らも大変なお仕事だね。上司が怒り狂ったときは、ただ狼狽するしかない。
「しょ、将軍閣下!!ほ、本国には、この惨状を、どう説明いたせば!?」
「連邦に、極めて大きな反乱の意志がある。陛下にも、各諸侯らにも伝令を飛ばせ!!可能な限り、迅速に!!より多くの言葉で!!ヤツら東猿どもの脅威を、我らが帝国の隅々にまで知らしめるのだッ!!」
「は、はい!!伝書鳩と、早馬を出します!!」
「急げ!!ルード王国を滅ぼせば、次に我らが向かうのは、東の猿どもの国だ!!ヤツらの領土を蹂躙し!!全員を奴隷にしてやるのだ!!ハハハハハハハハハッッ!!」
幹部どもの首を兵士たちに晒す。それは大きな抵抗を連邦派兵士たちに起こしていた。それが将軍の狙いだ。『間引く』のだ。新たに双方あわせて589名の死者が出たと聞いて、将軍はニヤリと笑う。
もちろん、オレも笑う。計算すれば、これで約4000人が死んで、負傷者は数千人だ。いいねえ、敵同士の殺し合いだぜ?
しかも、これだけやれば、連邦派とファリス派のあいだには大きな亀裂が入るだろう。ああ、この戦場だけのことではない、帝国全土のレベルでの話になる。
将軍の手紙が各地に届くことでね?連邦派とファリス派の内乱が起きる可能性は、今度の件を契機にして、ずっと大きくなる……そうなれば、オレの理想的な展開だ。連邦派とファリス派のあいだで戦争にでもなってくれれば、ありがたい。
……だが、まずはこの戦場をどうにかしないといけない。
まだ。こんなもんじゃ足りないだろ?
そうだ。頼むぜ、ルノー。まだまだ、虐めてくれ、連邦のバカどもを?見せてくれよ、お前の残虐さを?いいか?オレの『目』は、お前の『目』だぞ?いつでも見てる。
鎖につながれた『ヴァイレイト』の兵士たち、およそ12000の前で、ルノーは白いヒゲを弄っていた。
白ヒゲの先について黒く固まった血を、指でこすって砕いているのさ。拘束された兵士たちを囲むように、巨人の弓兵と、第七師団の騎馬隊が囲んでいる。
将軍は巨人たちにいつでも射撃が出来るように、弓を引かせた状態で待たせていた。そう、『ヴァイレイト』の兵士たちが、『魔銀の首かせ』に『絞首』の呪文を唱えてしまわないようにね?もし、その呪文を唱えれば?巨人たちは矢を引いている指を離し、『ヴァイレイト』の雑兵たちをあの世に送る―――。
さて。ルノーは彼らを皆殺しにするつもりかな?……それも有りなんだが。どうやら、そういうことじゃないらしい。
ルノー将軍は、この雑兵たちの精神力を『測っている』のかもね。自分が支配できないほどの剛毅な者は、ルノーにはいらないさ。
自暴自棄にならないほどの『冷静さ』と、強者に媚びる『隷属性』。それを兼ね備えた者が、ルノー将軍の部下には相応しい。
軍隊ってのは、そんなもんさ。命令を聞く知能と常識を持つ兵士が好まれる。炎のように激しい闘志だとか、強すぎる個性ってものはいらない。とくに大軍の場合はね?
彼は……おそらく彼らのことを掌握したいと思っているのだろう。
『幹部』らを殺し、将の器となり得る可能性を秘めた『良家の子息たち』は帰らせたのだからな。今の『ヴァイレイト』には『頭脳』がいない。雑兵たちばかりさ。まるで彼らは親を求めてうろつく孤児のように孤独だった。
ルノーへの怒りや憎しみもあるだろうが、恐怖も大きい。そして、自分たちの未来が見通せずにいることへの不安が募る。『保護者』が必要なのだ。指導者がいないことを、『ヴァイレイト』の兵士たちは不安に思っている。
さて……そろそろ出るんじゃないか?勇敢な男が?
「―――将軍!!お願いが、あります!!」
ひとりの若者が叫んだ。第七師団の兵士たちが、その叫んだ男に槍を向ける。だが、将軍は、待て、と部下の殺人を制止する。そうだ、ルノー将軍は、己に直訴してきた、その若い男に興味を持っていた。
「……貴様は、誰だったか?猿よ、名乗れ」
目線をくれてやることもなく将軍は言い放っていた。彼にとって、この連中は、もう仲間ではないのだ。視線をくれてやるほどの価値はない―――。
「自分は、ガレオン・デール!!階級は、曹長であります!!」
「君ら反逆者どもに、もはや階級はない。『ただの連邦人』、戦士ガレオンよ。貴様は、ワシに何を望む?」
「はい!!どうか、我々、『ヴァイレイト』の中から、『決死隊』を募り!!ルードへの先兵としてお使い下さいッ!!」
「なるほど。槍働きで、自分たちの失態をあがなおうとするか」
「我々は、帝国を裏切ってなどいません!それを、証明させてください!!」
……ほう。この男、いい覇気だ。自分たちの汚名を晴らしたいのか?素晴らしい男だね。オレは、気に入ったな。
「ふむ!!よいぞ、ガレオン。気に入った!!……貴様を、出世させてやる」
「しょ、将軍!?」
「半分くれてやる。貴様に、6000の『ヴァイレイト』兵士を連れて行くことを認めてやろう」
「じ、自分に、それだけの兵を指揮することは―――」
「おこがましいな。貴様らに状況判断の権利など誰が与えるものか?ただ、戦士として敵の軍勢に特攻するだけのこと。作戦も指揮もないわ。ルードの兵目掛けて突撃あるのみだ。その程度のことも、出来ぬのか?……ならば、諸君らを生かしておく意味は無いぞ」
「いいえ!!必ずや、閣下の、お言葉の通りに、死んでみせます!!」
「よう言うたぞ、ガレオン!!いいか、貴様らは、ワシたちの本隊に先んじて、ルードの軍勢に襲いかかれ。帰還できる者がどれほど出るかは分からないが、活躍の機会は十分に与えてやれるだろう?……見事に死んで、名誉を取り戻してみせろ」
「あああ!!ありがとうございます、将軍!!」
「―――だが。むろん、無条件にではない。裏切り者の君らを、完全には信用できぬ。ゆえに……君らには馬を与えん。進軍すべきルートは、ワシの指示通りに動いてもらうぞ。監視の騎馬兵を同行させる。怪しい動きを一つでも見せれば、同胞はすべて処刑する」
「……我らは、必ずや身の潔白を証明いたします!!」
「その意気や良し。お前は気に入ったぞ、連邦人よ。お前の同族が、皇帝陛下に仕える忠実な臣民であることを命を賭して示してみせろ!」
「必ずや!!」
「では、強兵を選抜し、1時間後に出発しろ。夜通し走ることになる、強靱な脚をもつ男たちを選べ。ああ。そうだな……弓兵ならばくれてやろう。弓に長けた者たちを選ぶがいい。弓の援護を受けて、突撃し、華々しく散れ!よいな、ガレオンよ?」
「はい!!」
「うむ。糧食は、最低限だ。足りねば、敵地に入り、奪ってこい」
「お任せ下さい!!我々が、有能な軍人であることを、証明します!!」
そうして……昼が過ぎる頃、6000の兵が西へと向かい走り始めていた。馬ナシで走りつづける。装備を背負ってね。ホント、最悪の条件だ。それでも、連邦諸国の名誉を回復するために、ガレオンは仲間たちを率いて夜通し走ることになった。
しかし、将軍が指示したルートを、彼は信じているのだろうか?その道を走ったあとに名誉の回復があるとでも?
……まあ、信じようが信じまいが、もはや……彼と6000の兵たちは、将軍の指示通りに働くしかない。なにせ、彼が裏切れば、この場にいる6000の同胞は将軍に殺されてしまうからな。
……さーて。
本隊は、これで数がまた減ったな。およそ43000……いや、ガンダラたち2400はこちら側。つまり、本隊40500と、別働隊6000。別働隊は貧弱な装備しか無いし、リエルたちの罠にハマれば、問題なく処理できそうだな。
だから、この本隊40500をどうにかすればいいんだよ……まあ、数千人は負傷者で、それを抱えての進軍ね?なかなかに疲れる。これから死体のための穴も掘るからな?……だが、非道な将軍は、進軍のペースを速めるだろう。
今回の反乱で半日をムダにしたからね。合戦で『いい場所』に陣取るためにも、これから帝国軍は走らされることになるぞ?
一昨日の強行軍に加えて、今日の反乱騒動と後処理。
さらに死体を埋めた後で、兵士たちは全力で西に向けて夜まで走りまくることになった……そして、明日も早朝から強行軍で、昼には戦争だってよ?へへ、過密スケジュールだぜ。将軍さんも年なのに、よくやるねえ。体には、気をつけろよ?
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