第四話 『星になった少女のために』 その五
「き、き、貴様、シャーロン・ドーチェ!!何を、しているッ!?」
ヤツへ訊きたいことの全てを、オレの腕のあいだにいる少女が訊いてくれていた。さすがパートナー、以心伝心すぎるわ……。
「ん。騙していたことをソルジェに謝ろうかとここに来て、ドアを開けたら、二人が濃密な愛をキスで表現していたから、これは取材しないとって思ってさ!」
「はああああああああああああああッ!?」
リエルが激怒しながら呆れていた。まあ、そうだろう。オレも同意見だ。
「そう怒らないでよ?さすがの僕も、芸術活動のための取材とはいえ、二人の情事を断りもなく取材するのは破廉恥だから。いちおう、訊いてみてる。見てていいかい?」
「いいわけあるかああああああああああああああああああッッ!!」
クールが売りのオレの弓姫ちゃんが、叫びまくっていた。そりゃ、そうだぜ。シャーロンの目の前でリエルと子作り?……アホぬかせっつーの……ッ。
「あー。やっぱり、ダメかぁ……それじゃあ、帰るよ。ああ!でもね、しばらくはホールでさ、君たちの愛が深まるであろう曲を奏でていてあげるね?テンポは、激しいのがいい?それとも、ゆっくりムーディな方が?」
「とっとと出て行け、ぶっ殺すぞ、この変態野郎ッッ!!」
リエルちゃんが死ぬほど激怒していた。
そりゃそうだ。シャーロンは、ごめんねえ、と軽薄な謝罪を口にしながら、リュートを鳴らし、オレたちの愛の最前線から離脱していく。何コレ……萎えた。せっかく、いいカンジだったのに?
リエルが、オレの腕のあいだからすり抜けてしまう。オレの指がいたずらに触っていたせいで乱れかけていた着衣を直してる。うん。そうだよね、さすがに、このまま続行するのは、ムリだよねー……っ。
「……拒絶したいわけじゃない。ただ、あのバカに邪魔された後で、お前に純潔を捧げるのは、なんかイヤだ」
「ええ。ごもっともです」
「……だ、だから。今夜は、これで、カンベンしてくれ……つ、次は……ちゃんと、させてやるから……そ、それで、いいよな?」
「……ああ」
大いなる進歩だ。もう、次はフリーパスで抱けそう。オレ、繁殖相手ゲットだ。
「……じゃ、じゃあ。おやすみなさい、ソルジェ」
うお。照れてるオレのヨメ、ウルトラ可愛いッ!!
……やばい、大人のオレ、小娘の恋人にたじたじなんすけど。顔が赤くなる。エルフちゃんと同じく、たぶん、オレの耳まで真っ赤になってるにちがいねえ。
なさけねえが、言葉が上手く出て来やしねえぞ……っ。
「お、おう。そ、そ、それじゃあ、お、おやすみ―――」
「―――お兄ちゃーん!!」
我が義妹が元気に駆け足で乱入してくる。リエルの横を素通りし、ベッドに座っていたオレにダイブしてきた。オレは、そのダイビング・アタックをキャッチする。
「ナイス・キャッチぃ♪」
「どーした、ミア?アルコールは抜けたか?」
「うん。吐いたら、元気になった」
「そっか。そいつは良かった。んで、どーした?」
「一緒に寝よー♪」
「ああ。いいぜ?」
「え?……ちょ、ちょっと、ソルジェ。その子は、まだ子供なのよ?」
発情してた反動か、リエルちゃんが変なこと言い出してる。
「おいおい、変な誤解するなよ?ミアは妹で子供、オレは兄貴。保護者だ。『兄妹』が仲良く同じベッドで寝るだけ。変なコトはしないさ」
「変なコトって、なに?」
ミアの純朴な言葉の放つまぶしさに、リエルは良心を苦しめられているようだ。自分の思想が性欲に汚れていることに、ショックを受けているのかもしれないな。
大人になるということは、いくらか純粋さを喪失することだぜ、リエルよ。
「な、なんでもないわ!ほんと、そ、そうよね……兄妹だもん……問題ないわよね」
「おう。んじゃ、もう寝ちまおうか?……今日は国境越えたり、積荷を動かしたりで、疲れてるもんなー……じゃあ、お休み、リエル。つづきは、次だぞ。覚悟しとけ?」
「う、うん……っ」
「お兄ちゃーん、腕マクラして?」
「ああ。べつにいいぜ?」
「やったー!!」
まったく、ミアは子供らしいな。ほんと、セシルを思い出すぜ。よく一緒に寝てたわ。オレはベッドに横になり、腕を広げてミアを呼ぶ。ミアは甘える猫そのものみたいだ。オレの上腕の筋肉に、頭をドーンと預けてくる。
「……ソルジェお兄ちゃんの腕、硬いね」
「マクラにするには硬すぎるか?」
「ううん。とってもいいマクラ。よく眠れちゃいそう。ウルトラ安心できるー」
「ククク。可愛い妹だぜ……って、どした?」
リエルがオレたちの兄妹愛を、じーっと見つめていた。そして、リエルは自分を不思議そうに見上げているミアに命令を出す。
「ミア。両目を、お手々でカバー!」
「ほーい!こんなカンジ?」
「そうよ。しばらく、目を閉じてなさい。さて、団長。これ、なんだ?」
リエルは薬瓶を取り出す。いつも腰の裏に隠し持っているヤツだな。
「なんかの栄養剤?」
「そのようなモノよ……」
そう言いながら、彼女はその瓶のふたを開けて、謎の薬品をグイっと口に含んだ。オレはその光景をぽかーんとしながら見ていた。
でも、彼女は行動が早い。寝転ぶオレのそばにかがんで、オレのアゴをあの神の矢を操る細指で動かして、またキスして来た。
オレは喜ぶ。そして、警戒もしていた。その甘い香りと味のする薬液が、少女の口移しでオレの口内に入ってくる。
分かってる。コレ、飲まない方がいいヤツだよ?でも、口を唇で塞がれているし、やがて鼻もつままれた。
ヤバイ。息も出来ねえわ。もう。飲むしかなかった。オレは、怪しい薬を飲み込んでしまう……おお。スゲー、なんだこれ……世界がぐるぐる回ってるぞお?
へへへ。これはきっと即効性が強い、意識消失系のお薬だぜえ―――。
うおおおお、やべえ、もう意識が遠のいていく……。
「お休みなさい、ドスケベ団長」
……ああ、オレ。リエルに信用されてねえ?まさか妹に手を出すとでも思っているのか?あと2、3年後はともかく……現状では、手は出さねえっつーの……――――。
―――かつて里を襲った兵士たちに、彼女は襲われそうになる。
そのときの彼女はまだ弱く、幼く、無力だったから。
人間を呪った、その屈辱に晒されるぐらいなら、舌を噛もうとした。
それが、ゆいいつ自分に出来る、プライドの証明だったから。
―――でも。そのとき、赤い鬼が現れた。
エルフを殺す人間どもを、片っ端から殺す剣の鬼。
赤い髪は、炎のようで、血を浴びながら踊る姿は魔王のごとく。
金の瞳に竜を宿し、青い瞳は束縛されぬ空の色。
―――生き残ったのは十数名、幼い姫もそのひとり。
彼女は人間を憎んだが、自分たちを救ってくれた男も人間だった。
憎しみのために殺していたのか、守るために戦っていたのか、分からない。
だから、問わずにいられない、あなたは、なぜ、同族を殺し、我々を助けたの?
―――彼女の騎士は答えてくれた、お前が、星になった妹に似てるのさ。
これは贖罪なのだと、空の瞳を陰らせながら、教えてくれた。
そいつは語る、自分は罪人なのだ、生き恥さらして彷徨っている。
だから、良いことをしたいのかも?……わからない、でも助けられて良かったよ。
―――絶望に裏打ちされた強さを持った剣の鬼、彼が捧げたその笑顔。
少女は、意味も分からずに、ちいさな頬を赤らめていた。
それがエルフの姫の初恋で、彼女はそれが恋だと気付くまで3年かかる。
背が伸びた、腕が伸びた、うつくしくなり、乳房は張って、自分の心を知ったのだ。
―――殺された一族の復讐のための聖なる旅に、掟破りの心を見つけた。
苦悩はしたが、気高き乙女は否定は出来ない。
彼女はいつも探していた、空の自由と、竜の業を持つ男。
思い出すほど、胸が切なく疼いてしまい、一日一日、愛が強くなっていく。
―――時は流れて、定めは彼らを交わらせる。
剣鬼はうつくしく育った姫に、初めましてと言ってきた。
伝えるつもりだったし、ささげてもいいと思っていたが、弓姫は静かにうなずいた。
いいのだ、彼の影を踏み、彼の敵を射抜ければ……遂げるのは、いつか未来で。
―――うつくしき青春の時は過ぎ去り、今やあるのは大人の肉欲。
純粋にして、獣のごとく荒々しい愛だった。
剣鬼は衝動的な愛を、その屈強な肉体で女に伝え。
姫もまた掟に反して、肉の欲へと従順に脚を広げて応えてしまう。
―――もはや、愛の虜だった。
どんな乱暴も、あらゆる強引も、すべてが愛の下に許される。
激しい痛みも、張り裂けるような羞恥も、もはや拒む術はない。
動物のように本能を表現し、彼女は―――って、痛いよう、リエル?なんで、殴るの?ぐふう!?に、二度も殴るなんて、ひど……え?後半二つはいらない?他のも、ソルジェに知られたくない歌?
なんだい、いいじゃん。全部、調査と取材に基づくホンモノの歌だよ?ああッ!?リュートは、ダメだああああ!!僕のリュートを窓から投げないでくれえええッ!!
朝が来て、愉快な夢から覚めるように、オレはにやけた顔で意識を取り戻す。うん。寝てたというか、気絶していただけのような気がするな。
つーかよ?……なんか、シャーロンのバカがエロい歌をシャウトしていた気がするぜ?……野郎。夢のなかにまで出張して来て、バカを放り込んでくるのか?スゲーな。悪魔とか妖怪みてえな能力だぜ。
「んー……おにいちゃーん……」
ベッドのシーツに噛みつきながら、左の腕に乗ったミアの頭がオレを呼ぶ。ほんと、可愛い妹ちゃんだぜ。
「……起きたのか、ソルジェ団長」
リエルの声だった、オレは驚いて、右を向く。リエルの顔が、すぐ近くにあった。
コイツ、オレを薬で眠らせておいて、そのあげく、オレの右腕をマクラ代わりにして寝ていたのかよ……やるな、エロいぜ。
エメラルド色の瞳が、じっと見つめてくる。オレは、その瞳に吸い込まれるような気持ちになる。いかんな、朝から、とんでもない気持ちになるんだが……妹の前でヤる?
ダメだろ、シャーロンの書く官能小説じゃあるまいし?
「……どうかしたのか?」
「……いや。見とれてただけさ」
「あ、朝から、口説くな……っ。せ、セクハラだぞ?」
「いいじゃん。綺麗なものには、見とれるさ」
「そ、そうかもしれないが……さ、さて。そ、そろそろ、起きろ?今日は、スケジュールが過密だろう?陛下にも報告しなくてはならない。私も含め、全員が作戦に参加すると」
「……ああ。そうだな。この劣勢な戦を、どうにか組み立て直さなきゃならん。ガンダラが徹夜で良策を思いついているだろうから、聞きに行かないとな!!」
「これから、しばらく忙しそうだな」
「お前を抱くチャンスは、どっかで来るさ」
「い、いや、それは、その……いつでもいいが、あまり、焦らなくていい。私は、もう逃げたりはしないだろうし」
「だろうね」
「……それに、今は戦いに集中しよう。私は、まだ歌になるつもりはないぞ?」
「……ああ。オレもさ。歌になるのは、オレたちの敵のほうだ。オレたちは、まだ、生きたりねえんだからなッ!!」
「そうだ。たくさんの物語を紡ぐぞ、私たち『パンジャール猟兵団』で……敵を殺そう。私たちの邪魔をする全てを、お前は剣で、私は矢で」
「それでこそ、オレの弓姫ちゃんだよ。さーて、起きるぞ、ほら、ミア。お前も寝たふりしてんな?」
「……んー。寝たふりじゃないよう……二度寝モードなだけー」
「早起きは三文の得だぞ?」
「それぐらいの得なら、私のお小遣いで立て替えておいてあげるし」
「へへ。なかなか賢い妹ちゃんだ」
「もう。感心してないで、さっさと起きましょう。気合いを入れるわよ、今度の敵は、殺しがいがあるのだから―――」
『まーじぇ』に言われてオレたち兄妹は起きる。顔を洗ってメシを食って……団員みんなで集まって、ミーティングする。
ああ、このミーティングのときに、オレはミアに『ストラウス』の名前を授けた。ミアは喜び、オレにキスしてくる。いつもと違って唇と唇だったな。
仲間たちは祝ってくれたぜ。
なんでか顔が腫れまくっているシャーロンは、とくに喜び、素晴らしい指の動きで、神がかった旋律を奏でて、ミアのことを祝福していた。
そうだな。コイツも、妹を失った男。オレが不思議な縁で妹を取り戻せたことを祝ってくれているのかもな。
ああ……そうだ。
オレには新しい妹も出来た。リエルに新しい家族を産ませる算段もついた。
あとは、そうだぜ。セシルとお袋の仇を討つぜ。
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