第五話 『風の帰還』 その四
ゼファーで颯爽と王城に乗り付ける。そういうパターンって、ワイルドだし、ドワーフたちからもウケると思うのだが……オレたちは、あちらさんが用意してくれた馬車……ならぬ牛車―――いや、ベヒーモス車に乗ってグラーセスの王城へと向かうことになった。
ルード王国軍のギャリガン将軍の愛牛よりも、このベヒーモスは小型だが、その分、気性も大人しそうだった。
もしかして、『戦闘用』とは何か違いがあるのだろうか?たとえば、性別とか?ギャリガン将軍のはオスで、こっちはメスとかね?
そんなことを王国から来た『御者』の年寄りのドワーフに訊いてみたくもあったが……なんだか、ジャスカ姫に子供扱いされるかもと考えて自粛していた。そしたら、インテリのオットーがじいさんに訊いてくれる。
「おじいさん。このベヒーモスは私が知っているモノよりも小型ですが、非戦闘用のベヒーモスなのですか?もしかして、メスなのでしょうか?」
ドワーフにしては、なかなかに大柄なそのじいさんに、オットーは質問する。じいさんはニヤリと笑う。知恵を持つ老人は、会話好きだったりすることもあよくある。今回も、そのパターンだったようだ。じいさんの口は軽やかに話し始める。
「ええ。そうでございますな、ご客人よ。実は、ベヒーモスは、赤子のときに呑ませる秘薬で、その大きさや性質を変えております」
「ええ?そういうことをするのですか?……なんだか、おどろきですねえ」
オレも驚いてる。性別や形質を誘導する薬?……ドワーフというよりもエルフ的な発想だな。うむ……ガルードゥ。ヤツの呪術も、ドワーフというよりはエルフに近い。地下迷宮といい、グラーセス王国の文明力は相当に高いな。
「ハハハ。まあ、初めて耳にすれば、おそらくほとんどのヒトがそう思うでしょう。この子は、車引き用のメスですよ……ちなみに、戦闘用のベヒーモスのメスは、この二倍はありますし、オスと遜色なく、同じぐらいに狂暴ですよ!」
「へえ。なるほどお。ありがとうございました。勉強になりましたよ!」
「いえいえ。魔牛のことなら、何でも訊いて下され」
……ああ。
その言葉はマズい。
オットーの細い眼が輝いてしまっている。見えないけど、表情の筋肉の気配で、分かるよね。オレは高密度の牛トークを聞かされる覚悟をした。うん、幅広い魔牛の知識が手に入りそうだと思ったし、実際にそうだった。
魔牛の種類とか、育成方法、農業への使用法。肉としても食べるそうだ。幅広く活用されているのだが……戦闘用の魔牛を作るのは極めて難しいというのは意外な事実だったかもしれない。調教が難しいそうだ。
オレは……牛が好きかと言われると、もちろん好きだよ?
でも、その理由は食肉の種類として好きという意味で、ここまで濃密な牛トークを聞きたいほどの好奇心を持っていない。どこの店のステーキが美味しかったですよ?ぐらいの気楽な牛トークぐらいで良いのだけれど?
ああ、ジャスカ姫、お腹にブランケットかけて寝てる。ぐうぐう寝てる。いいさ、しっかり育てればいいじゃないか、胎児をね?
まあ、正直、早朝の冷たい土砂降りの中で敵兵と戦ったりもしたんだ。竜の背も初めてだからな、体の疲れは相当なはず。ああ、眠れるときに寝ておくべきだな……。
オレたちの三人の誰かが、グラーセス王国ゆかりの尊い血を引いていたなら、君にこんな苦労はさせなかったのだが……すまないな、ジャスカ姫。貴方にしか、やれない仕事がたくさんあるんだ。
「くー。すー」
しかし、よく寝ておられる。
ああ、なんか羨ましいね?牛車の窓から差し込む、ポカポカと暖かい春の光を浴びながら、静かに眠るのもいい昼だよ。苦しい戦時下と言えども、自然の恵みはヒトへとおかまいなしに与えられる。
オレもこの鎧を体から外しちまって、この牧歌的な田舎道に飛び降りてさ?黄緑色の道草が生えたそこらへんで、ぐーぐー寝息を立ててみたくなっちまうよ……。
あー、やる前から分かるぞ。それって、最高に気持ちいいだろ?……オレの嗅覚なら、春の野に咲く小さな花の香りも嗅ぎ取れるしね?……春の恵みが爆発だよ。
「……団長、べつに寝ててもいいのですよ?」
この狭い牛車の客室で、人一倍大きな巨人殿は、首を横に倒して腕で両膝を抱えるという、あまりにも狭っ苦しい状況だった。
柔軟性の特訓でもしているみたいに体を折り曲げているオレの副官殿が、まさかの寝てもいいという、やさしい言葉をくれたぞ?そんなキツい姿勢で耐えているのに、オレに寝てもいいだなんて?ガンダラよ、君はそんなにやさしい男だったか?
「マジでか?そんなに甘い言葉を使ったら、オレ、本当に眠っちまうぞ?」
「ええ。移動中ぐらいお休みになっても、誰も文句は言いませんよ」
「そうか……」
「私は、少々、この中が狭っ苦しいので、絶対に眠れそうにありません。だから、着きそうになったら、起こしてあげますよ」
「……うん。そうだな」
たしかに、この時間を睡眠時間にあてるのもいいかもしれない。体調を維持管理するのも、仕事の一つではある。風邪を引くだけで、戦もまともに出来なくなるのがヒトってものだしな。
異国の土地で寝不足?
しかも、全身濡れたりしてるしね?
旅慣れたオレたちじゃなければ、ヒドい風邪をこじらせちまいそうな悪条件さ。女子たちと違って、オレだけ風呂にありつけなかったしね、体温は奪われてる。疲労が怖いコンディションと言えるんだよね。
寝るかね?
目の前のぐっすり眠り姫を見物してるだけで、すぐにでも寝れちまうかも?
……でもさ?自分でも意外なことに、オレ、まさかのベヒーモス・トークに心を少しだけ奪われていた。
だって?ときおりオットーたちの会話のなかに出てくる、『最強のベヒーモス』とは?という単語のせいでね、なんだか瞬間的なワクワクを感じて眠気が砕けちまう。
『最強』!カッコいい言葉。そもそも、『ベヒーモス』自体がパワフルな単語なのに、それに『最強』までライドオンするんだぜ?
そりゃお前?ワクワクしちまうだろ、ヒト科のバトル大好き系お兄さんならね?けっきょく、寝るに寝られなかったよ。
ただ。ちょっと、ベヒーモスの『最強』トークは、オレの感性からすると、詐欺っぽいというか、ズルいというか?……誤解を招く言い方ぞ、オットー。そして、魔牛使いの御者のじいさまよ?
農耕用最強魔牛。ぬかるむ大地でも疲れ知らずの病気しらず。
食肉用最強魔牛。多産で成長が早く、肉質は比較的やわらかい。
言葉の使い方としては、間違いじゃないんだろう?オレだって、その意味は分かるし?そもそもインテリであられる、オットー・ノーランさんが使っているのだから?まあ、オットーは分かりやすさ重視で語ってくれるからね?言葉の精確さなんか気にせずに、イメージさえ伝われば良いかな、というタイプのヒトだ。
『その分野において最も優れている』―――という長い言葉を、『最強』の一言に短縮することで、じいさんとの会話に弾みをつけているように思えた。そうだな、難しいコトを話すときは、べつに精確さにこだわらなくてもいいのかもしれない―――。
「そうだ。ベネース卿のシャトーで作られた黒ビールさ。そいつを呑ませる!」
「なるほどう。ベヒーモスにアルコールを飲ませて、肉に脂肪をつけるんですね?」
「いい考えさ。なかなか手間もかかるし、コストもかかる。貴族サマたちしか食べられない高級肉だが……かなりのモノさ」
「んー。勉強になりますよ、おじいさん。それで黒ビールではなく、ワインは?」
「ああ。作っておるとも」
「ですよねえ、この国は斜面も多い……ワインのためのブドウを育てるには、ちょうどいいタフな環境ですものねえ?」
「ああ。そうとも、平野はさまざまな農作物を作っておるが。山の方では作物の育ちが悪い。でも、たしかにアンタの言う通り、ワインのためのブドウは、ああいう過酷な土地の方が良いんだ。乾いていて、古木をいじめ抜かねば、信頼のある実は収穫できん」
「ええ。最高の赤ワインを作らなければ、最強の魔牛の肉も未完成ですからねえ?」
「そうとも。アンタ、人間族のくせに、肉にくわしいな」
「……ああ。実は、私、人間族ではないのですよ?」
「ほう。まるで人間族のような顔をしているがね?」
「よく言われるんですよ。それで、おじいさん」
「なんだね?」
「最強の魔牛の肉と合う、赤ワインは、一体、どこのでしょうか?」
「……フフフ。話すと長くなる。なにせ、140年もの長きにわたって、二つの一族が育ててきた、血塗られたブドウの物語をせねばなるまい」
「それは、とても面白そうですねえ?」
オットーとじいさん、ウルトラ意気投合している。オットー、じいさんの孫娘とかをヨメに貰えるレベルじゃないか?……美人でやさしくて、君の知的レベルに対応出来る頭脳を持っていたら、ヨメにもらうといいよ。やるよ、仲人とか?
……オレは、早く戦闘用最強魔牛のハナシにならないかと心待ちしているけれど、なかなか食肉用魔牛のトークが終わってくれないんだ……。
でも、もともと戦場での運搬&食用のために巨大化させていった牛が、ベヒーモスの祖というハナシは、嫌いじゃなかったな。
それに、最強の赤ワインを作るために、殺し合いまでしていた二つの一族についても、道すがらにブリジーさん家とステイトさん家の墓があって、そこで赤ワインの即売会とかやっていたら?
お値段が高めでも、買っていたかもしれない。ああ、中々、面白かったよ、ワインのために一族同士で殺し合うんだぜ?……なんていうアル中たちなんだ。そこまでのモノなのだな、最強の銘酒だとか、最高のシャトーであるという『称号』と『名誉』は……。
……あとは、ベヒーモスの固い肉を軟らかくするために、タマネギと塩でマリネするとかもね。このやり方はしっていた。でも、乾燥させたフルーツの粉をまぶして、柔らかくするという方法は初耳だったな。そうか……フルーツで肉をこするのか?
なるほど、あの酸味が肉の繊維なんかをぶっ壊して、やわらかくでもしてくれるんだろう。細胞ちゃんが酸味に耐えられず、弾けて飛ぶのかね?……わからない。でも、試してみたくなる。売っているらしいな、そこらの市場で?
肉をやわらかくしてくれるという魔法のフルーツの乾燥粉末がよ?
ああ、試してみたいぜ。
分厚い肉を、やわらかく焼けるのか?最高じゃないか。やや歯ごたえが強すぎるという弱点もある牛肉を、やわらかく出来たら?……可能性が広がるじゃないかね?
……ほんと、料理好きなイケメン竜騎士さんの好奇心をくすぐられる情報が、ちょこちょこ顔を出すから、寝られなかったよ。
なるほどな。植物の酸味に混じる肉を融かす毒で、お肉を柔らかくする?タマネギの犬殺しの毒の親戚は、色々なところに存在しているのだなあ。
「おお。もうすぐ、つきますぞ!!」
「ああ、残念。素敵な時間が過ぎるのは早いですねえ……」
「……しかし、馬と変わらない速度でしたな」
ドワーフ式の狭い牛車のなかで、背を必死に屈めた巨人族のガンダラがつぶやいた。オレやオットーにも小さいのだから、彼の巨体はドワーフ・サイズとは余りにも合わない。見ているこっちが窮屈になるほどだった。
「良かったな、鈍足ではなくて」
「ええ。戦術に組めそうですよね、『この速度なら』」
「……ふむ。考えることは同じだよなあ?」
「団長は、料理のハナシに食い付いていたように見えましたが?」
「オレはストラウスだぜ?……戦のことも、ちゃーんと、考えているよ」
そうだ。
この魔牛ことベヒーモス、色々と『使い勝手』があるぞ?……『戦闘用のベヒーモスは、とても少ない』……なるほど、それはそうなのかもしれないが?それはあくまで、ドワーフさんたちにとってのハナシだもんなあ?
「……それに!」
オットーがオレたちを見た。ウインク……したのか?分からなかった。魔眼を持ってしても彼の糸のように細い目の動きは確認しがたい。
でも、明るい声でオットーはオレに教えてくれるのさ。
「おおよその食文化について学べましたので。このグラーセス王国の少量備蓄も見当がつきましたよ。17ヶ月は、耐えられますねえ」
そうなんだ。インテリというのは、怖い。日常会話から色々な情報を分析してしまうからね?オットーの企みを知っていたか?ああ、オレは知っていたよ。嘘じゃない。
だって、オットーは猟兵なんだもん。戦のための情報を、いつだってかき集めようとしている。それに、そもそも戦とは、軍隊同士のぶつかり合いだけではないのだ。
国力同士の衝突でもある。食糧供給の質は、戦士の質を逆転することもあるだろう。
「なるほど。だから、シャナン王は……『持久戦』を展開しようと試みていたのか?この悪天候であれば、帝国軍の食糧も傷みやすい……だが、『持久戦』など、ドワーフの好戦派なんぞは頭ごなしに否定する」
「戦場での指揮と、戦士たちの連携の悪さは……その反発が反映されたものでしたか」
「ん。お前ら、よくそんな内情を知っておるのう?」
年寄りの長話ほど、知識にあふれているモノはないよね?
「アンタから色々と聞けたのさ。オレたちは、おかげさまで……このグラーセス王国という土地で戦いやすくなったぞ。ありがとうな、じいさん―――というより?」
「なんだね、赤毛の人間くんよ?」
「―――アンタが、『シャナン王』だよな?」
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