第三話 『ドワーフ王国の落日』 その十二
略奪行為を満喫したのだろう。『ガロリスの鷹』のリーダーは、なんだかとても楽しそうだった。
『運河』を進む船のなか、略奪した小麦粉の袋をポンポンと叩きながら爆笑している。うむ、この下品さは、きっとドワーフの血なのだろう。
「ハハハハハハハハハハッ!!ああ、ほんと、サイコーね!!……ここのところ、暗いことばかりだったから、ホント、こういう襲撃と略奪行為で、自分たちの本質を思い出せた気がするわ」
「そいつは興味深い感想だ。どういう本質だい?」
「もちろん、人生を楽しくしたければ?……自力でどうにかするしかない!!そんな気持ちになれてるのよ!!」
「そうそう。ジャスカちゃん、その調子!!それだけ、しっかりと笑ってあげないと、お腹の赤ちゃんも元気出ないよ!!」
「……ええ。ありがとう、ミアちゃん。ぜんぶ、あなたの言葉のおかげよ。ねえ、こっちにおいで!!」
「うん。行ったげるー」
ああ。うちの妹が、盗賊姫に抱きしめられてる。その子はオレのアイドルなのに、ちゃんと返せよ、手癖の悪いお姫さま。
ふむ。しかし、今のジャスカ姫は本当にいい顔で笑っているな。元気が戻って来ている。そうだ、今の君は『戦う勇気』を取り戻した。
絶望的な人生だと?
そんなものなど、力と意志で、はねのけてやればいいのさ。
「……ほんと。ありがとうね、ミアちゃん。んー、キスしてあげるう!!」
「されてあげるー!!」
乙女たちがキャッキャッ言ってる。
ああ、いい光景だね。なんだか、とても癒やされるよ。この重たい船を漕ぐ、丸二日以上眠っていないオレの体力が、少し励まされるね……ジャスカ姫よ?小麦袋は君の部下たちに運ばせても良かったんじゃないか?
オレの疲労に気づけない女子たちのイチャイチャはつづいていた。ミアの黒髪に鼻先を埋めながら、ジャスカ姫は語るのさ。
「あー。もう、可愛すぎるうう。ミアちゃん。貴方がサー・ストラウスのモノじゃなければ、さらっちゃうのに!?」
「あははは。ダメダメ。ミアはお兄ちゃんのモノだもの」
「んー……そうねえ。サー・ストラウスは、ロリコンなのねえ」
「語弊がある。オレはシスコンなだけさ」
「まあ。結果的に似たようなことになるんじゃないの?」
「そうかね。恋愛脳な姫さまは考え過ぎているな」
「ミアちゃん。四人目の妻にされそうになったら、カミラに助けを求めるのよ?」
オレのことをどんな小児性愛者だと思っているのだろうか?
「さて……冗談はさておいて。『そこ』にあるのが、件の『水門』なのか?」
「……ええ。スゴいのね、その魔眼?……壁の後ろに隠してある装置を見抜けるの?」
「ああ。それで、どうすれば開く?」
「もっと近づいて。開け方を見せてあげるわ」
オレはオールで水面を波立たせながら、ゆっくりとジャスカ姫の指示した場所へと寄せていく。もっと前、もうちょっと右に。彼女の指示は的確で細かく―――彼女の夫であるロジン・ガードナーの苦労が頭に浮かんでしまう。
ああ、喜べ、ロジンよ。君の女房は、真の『母』になったのだ。あのドワーフたちの地母神マーヤさまは、あの聖なるほこらで君の恋人を生まれ変わらせた。今では、うちのお袋と同じような風が、彼女から吹いている。君に御せるかね?……まあ、ムリだ。がんばって尻に敷かれることに忍耐を覚えることだな。
「うん!こんな感じよ!!」
「いい腕かな?」
「まずまずよ。うちのロジンなら、もっと早く動かせるわよ」
「そりゃスゴいね。それで……どうするんだ?」
「もう。せっかちな男ね。ここよ?……よく見なさい。色が少しだけ違うでしょう?」
「……すこし、レンガの茶色が濃いな。赤が混じっている?」
「そう。昔のドワーフたちの技術よ……古いから、壊れているモノも多いけれど。ここは機能している」
なるほどな。さすがに壊れている場所もあるのか?ジャスカ姫はその赤いレンガをグイッと押し込んだ。すると、ガリガリガリと重たい音が水面下と壁の裏から響いてくる。何らかの仕組みが作動しているようだな……。
眼帯をズラして、魔眼の力を強めていく。
うむ……少しだけ、見えてくる。
壁の後ろの構造がね。
……あとは想像力で補うか。ふむ。基本的には水車の原理だな。ここには水力はある。利用しない手は無いと考えるのが職人の思考かな。
さーて、彼女が押し込んだレンガに押されて、その奥にある『鎖』を固定していた留め具が外れたぞ。
あとは流水に押されている川底の水車。その動力が解放されて、鎖が動き始める。動いた鎖に引っ張られる形で、その隠し扉が上にスライドして開いていくのか。
「ふむ。見事なものだ―――これを数百年も維持させるとはな」
「特殊なミスリル鋼と岩のコラボね」
「なるほど、朽ちぬミスリルの鎖と……それよりも長く保つ岩石が素材か。どの場所にも木材を使っていないからこその長命か」
「そうみたいね。でも、そこまで『見える』の?」
「おおよそな。見えない部分は、知恵のある者たちと同じく、想像力でカバーしていくというわけさ。おお……『それ』が?」
「ええ。ここにさっきのハンドルを差し込むのよ!!」
「変わろうか、力仕事は妊婦には―――」
「―――いいえ?これぐらいは、出来るわ!!四日前は、五人も殺したんだからッ!!」
そう言いながら、彼女はほこらで見つけたハンドルを、壁の奥に隠されていた小さな『穴』に突き刺していた。そして、それを回し始める。キュリキュリキュリという小気味の良い音をあげながら、壁の奥で複雑怪奇な歯車たちの連携リレーが始まっていく。
どういう理屈なのか知りたいところだが、どうにも目眩がしそうになるな。なにせ、本当に複雑なんだよ。あちらこちらが回り続けているし、それらの一つ一つが複数に動力を伝えて行くスタイルだ。
つまり……目が回るから、目視での把握はムリだろう。
ギンドウがここにいたら、壁を崩して内部を見たくなるだろうね。数百年、あるいは千年近くも壊れない鎖と歯車か……仕組みをしれば、ギンドウなら再現してみせるだろうが、まったく……これだけの仕事をしておいて、どうして彼らはここに住まないのだ?
「さて……ほら。見てみなさい、サー・ストラウス、そしてミアちゃん!!」
ジャスカ姫がドヤ顔になっているぞ。自分のご先祖さまたちが成し遂げた仕事が誇らしいのだろうな。オレとミアは彼女の指差しに支配されたように首を曲げて、『水路』の水面に注目する。
「……流れが―――」
「―――止まったねえ?」
「そうよ。そして……『逆流』が始まる。その前に、このハンドルを回収しておかないと、壊れちゃうのよね!!」
よいしょ!!妊婦が運動している。ミアが不安げに彼女の腰に手を当ててサポートだ。いい子だな、ミア。お兄ちゃん、今夜つくるエビ料理……ウルトラがんばるからな?グラタン……そうだ。エビグラタンにしよう。
オレの晩飯の構想が決まったころだ。
『逆流』がスタートするのさ。
それも、思っていたよりもなかなかの急流でね。
「ハハハ!!これは、『隠し砦』に早く帰れそうだな!!」
「でしょう!?」
「ミア、姫を支えてやれ?」
「あら?妊婦は何も出来ないの?」
「ミアのハグは嫌いかね?」
「ううん!!ハグして、ミアちゃん!!」
「オッケー!!」
まったく。強気になったのはいいが、このままでは、また戦場に行きたがるかもしれないな。
……君には、そうだな、身重なままポールアックスを振り回すよりも、この戦の勝利に貢献出来ることがあるんだが―――まあ、今は、この小麦満載の船を転覆させないことのほうが大事だな!!
オレは重心移動と、腕力任せのオールの制御を用いて、この重たい船をどうにか操っていく。まったく……『運河』だと?おどろいたことに、古代のドワーフ族は現代のドワーフよりも雑らしいな。
これは、予想でしかないぞ?
だが、外れているとは思ってはいない。
きっと、この激流は、どこか『ここより高いところに蓄えられていた水』だよ。雨水かもしれないし、地表を流れている川の水を集めているのかもしれない。
地下のどこかに、おそらく無数に存在している『プール』から、今、水が大量に解放されて、この『水路』に滝のように流れ込み―――この強烈な流れを生み出しているのさ。
どこにあるのかは知らないが、巨大な『プール』だね。ここまで水量を増加させるとはな……どれだけため込んでいたのだ?
しかも。地下迷宮の閉鎖性にも気づけるな……空気が増えた水量に押されて圧縮される。常人は気づけないだろうが、オレたち竜騎士と、ケットシー/風猫の妖精ならば、鼓膜が違和感を覚えるだろう。
「うう?」
「ミアちゃん、猫耳がどうかしたの?」
「なんか、むずむず?」
「ミア。耳抜きをしろ。気圧が変動している」
「にゃるほど。うん、えい」
ミアが鼻をつまんで、耳抜き作業。オレ?じつは、あくびを自在にコントロール出来るので、それを噛み殺そうとすると、耳抜きしなくても鼓膜の痛みは取れるのさ。
地上生活ではあまり使うことのない特技だが―――気圧差が生まれる空間では有効さ。
「……耳抜き?気圧が、変動したということ?」
「ああ。オレたちアホ族は耳が良くてね、敏感な鼓膜と内耳機能を持っているのさ」
「難しい言葉で私をいじめる気?」
「いいや。耳の機能がいいって自慢してるだけ」
「……そう。そうなのでしょうね、私にはとくに異変がない」
「オレたちの繊細さが証明できて嬉しいよ。これからも、耳に刺さるような言葉を、オレたちに使わないでもらうと嬉しいね」
「私は貴方たちのこと、褒めっぱなしよ?耳にやさしい声の主ね」
「そうだな。しかし、分かったことがある」
「なにかしら?」
「この気圧の変動……この地下迷宮の気密性は、不自然なほどに高い」
「どういうこと?」
「各ブロックを扉や水路で密閉しているのさ……なあ、ジャスカ姫よ。君らは地下の探索中に、ところどころで水没してある通路を見かけなかったか?」
「ええ?いくつか見たわ?」
「その内の何割かは、水没ではない。おそらく、気密性を高めるための構造上の『仕様』さ。そうすることで、水で空間に『フタ』をしている。だからこそ、各ブロックの機密性は高く、オレたちの耳は気圧の変化を感じているのさ」
「……そう」
科学的な発見に喜ぶオレの言葉を、そのうち母になる女は、つまらなそうな一言で片付けてしまう。
一秒以内に消化できる言葉だ。二つの文字で構成された情報だ。
少し、傷つく。ミアは、耳抜きするフリして、聞こえなかったアピール。
うむ。いいさ!!
科学の嫌いな女子とか、いっぱいいるの、知ってるもん。
でも、オレは自分の考えをまとめるために話すよ?引いてろ、科学などに価値を感じていない女子たちよ!!
「……ここは、地下迷宮ってだけじゃない!!水の牢獄だ!!小さな海ほどの水量をコントロールしているんだよ!!ああ!!感動だ!!」
なんか口惜しいからさ。女子たちにも伝わるように大きな声で言ったのに、女子たち無視する。別にいいよ。
しかし、まあ……あれほど荒れていた水面が、ようやく落ち着いてきた。そう思った矢先に、『隠し砦』の『裏側』にある船着き場が見えてきたじゃないか―――。
「……ふむ。水量の増加と、それによって加速する移動距離……おそらく、それは『何かの施設』とのあいだの距離と『水路』を使ったとき、おおよそ均一の距離になるということか?なるほど、距離の単位を見つけた気がするぜ」
「どういうこと?さっきから、よく分かんないよう……っ」
ミアは涙目。うん、そっか。わかりにくかったよね?
「お兄ちゃん、このダンジョンの隠し部屋の場所、大体見つけられそうだってこと」
「そう。それはスゴいわね。良かったわね」
……なんか、ジャスカ姫は冷たいな。ちょっとキレてない?賢いオレの言葉とか、君の家の胎教音楽として不適格だったかね?
『戦場で死んで、歌になりなさい』とかのがいいかな?うちの家はそんな風に胎児のオレを躾けていたと思うけど?自前のガキにならともかく、他人様のガキには言わない方が良さそうってことは、ガルーナを旅立って9年目の世慣れたオレには分かるよ。
「はあ!どうして男って、部屋の掃除や洗濯もろくに出来ないくせに、うんちくになると細かくてしつこいのかしら?……裁縫も下手なのに、ときどき細かすぎるわ!!」
うんちくというか、このダンジョンの構造を理解できそうってだけで……ああ、いいや。知ってる!!リエルとかがそうだもん。姫さまとか呼ばれる連中って、科学とかのハナシする男のこと、スゴく面倒くさがるよね?
え?オレの私見に偏りすぎている意見だと?……少なくとも、エルフとドワーフ系の姫さまとかはそうだぜ?だから、きっと、ほとんどがそうだよ。例外は、クラリス陛下ぐらい。元・姫だった時でも、さっきのハナシに食い付いてきたんじゃないかね?
むしろ、もっと難しい解説が返ってきて?返答に困ったオレ、苦笑いするんだよ!!オレの賢さなんて底が知れているからね。気圧の変動を数値化して、変化した水の量を推定し、このダンジョンの構造をなんたらかんたらとか言い出して、数学を持ち出してくるのさ!!ついて行けるか!!
……ああ。オレの第二夫人、ロロカ先生よ!!
賢くて、さらにオレに甘い君に、死ぬほど会いたいぞ!!
君にね、オレの賢い言葉を聞いてもらって、『スゴいですね、ソルジェさん!私、気づかなかったですよ!』……って言葉で感心して欲しい。知っていたかもしれないコトでも、君なら、そういってオレを立ててくれるって知っているもの……。
そして、その大きな胸でご褒美をくれないか?君が恥ずかしいのなら、じっと眼を閉じて、オレに身を委ねればいいだけだから……ッ。
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