第三話 『ドワーフ王国の落日』 その四
デカく不気味な蟲の顔が、オレに迫ってくる。殺意に反応し、体が『大地獄蟲』のヤツを殺そうとしちまうのが分かる。だが、言い聞かせる。自分で言った作戦を、即座に破るわけにはいかない。
殺すな。
そうだよ、クソ。染みついてしまった本能とは恐ろしいもんだぜ。今、完全にロジン・ガードナーのデカい首を落としにかかるところだった。
「……チッ!!」
オレはバックステップを連続させて、ヤツの左右のハサミの連打を躱していく。相当に速いが……本来なら苦戦するほどじゃない。雑で、技巧を感じないからな。スピードだけの単調な連打では、猟兵には当てられないさ。
「団長!!援護します!!」
『チャージ/筋力強化』を腕につかったガンダラが、斧槍の強打を地面に叩き込む。床石が弾け飛び、石片の散弾となって『大地獄蟲』へとぶつかった。ヤツが怯む。
「……見えそうですか!?」
「……ああ。ちょっとずつ、これを繰り返せればな」
「体力も魔力も、集中も使いますね」
そうだ。スマンな。他にいいプランを思いつけなくて……だが、さすがはガンダラ。石をぶつけるね?ダメージはさほど与えることもなく、時間稼ぎには有効か。オレは魔眼でヤツを見る。
どこにあるんだ?呪いの中枢は?
竜の魔力を宿す視線が、『大地獄蟲』の構造を解き明かそうとする。しかし、石つぶての散弾に驚いただけのヤツは、その動きを再開させようとしやがる。ロジン・ガードナーよ、ちょっとは協力して欲しいもんだぜ?
「ロジン!!動いちゃダメ!!貴方のことを助けようとしているっすよ、団長は!!」
カミラの願いを込めた叫びだ。一瞬、ほんの一瞬、ヤツの動きが止まる。声が届いたのか、それとも、音に一瞬の警戒を引き起こされただけなのだろうか?残念なことに、オレにはその区別もつかなかった。
ヤツはすぐにオレへとあの不気味なハサミで襲いかかる。竜太刀で受け流しながら、身を躍らせて回避してみせる。カミラはロジン・ガードナーに何度も話しかけてくれたが、どうにも効果は薄い……ッ。
おい、ロジンとやらよ。彼女は君の戦友だぞ?期間こそ短かっただろうが、共に帝国軍の拠点に攻撃をしかけた仲だろ?……反応の一つぐらい、示せよ!!
「お兄ちゃん、伏せて!……詩人さん特製!!『こけおどし爆弾』ッッ!!」
「……なるほど!」
それがあったか!!
ミアがバックパックから取り出した『それ』を、ロジン・ガードナーに向けて、シャーロンが作った傑作を投げつけた。
ドオオオオオオオオオオオオオンンンッッ!!
大きな音に、閃光だよ。そうさ、『こけおどし爆弾』。殺傷能力は皆無だが、音と光で威圧する。ミアには手酷いダメージを与えられてきただけはあり、『大地獄蟲』は警戒してしまう。硬直した体で警戒を強めて、静かにミアをにらんでいる……およそ十秒。
その貴重な時間を捻出してくれるとはな。さすがはオレの友、シャーロン・ドーチェだよ。よくやってくれる!!そして、ミアの機転もいいね。魔眼を使う。魔眼がヤツの肉体を観察する。
不気味な形状ばかりが目につくが……その内部を走る魔力の流れは、やけに繊細で複雑なものだ。そうだ、『重なっている』のだ。ヒトとモンスターの構造が……つまり、完全な融合は出来ていない。
……サルベージ/回収できるのか?
ヤツの精神と肉体を、この融合から解き放つことが出来れば―――しかし、複雑だ。どこだ、『呪いの中枢』は……呪いの起点は!!とにかく、それをヤツから除去しなければ、今も一秒一秒、ロジンを蝕んでいる呪いを止められないぞ……ッ!?
『ギャルルルルウウウウ!!』
『こけおどし爆弾』が作ってくれた時が終わる。
ミアをヤツはにらむ。ミアは?気分悪そうにナイフを投げていた。巨体に似合わない大げさな回避運動で、その『遅く飛ぶナイフ』から逃げていた。ふむ。目を潰されたトラウマが出たな。体内の魔術の構造に、青い光が混ざったぞ。
『地獄蟲』の恐怖ではない……これは、ヒトの感情に似ている。単純な甲虫型モンスターの心理は、攻撃、捕食、逃避、交尾。そんなシンプルなものしかないのだが……今のは、記憶と結びつけて怯えたか。
……残っているな。アレは、わずかかもしれないが……確実に、ヒトをその身に残している。カミラの『呼びかける』は、悪くない行動かもしれない。オレも、使うか!!
「ロジン・ガードナー!!少しでも、残っているのなら!!愛する者のことを考えろ!!君の恋人を!!ジャスカ・イーグルゥ姫を、想え!!」
『ギャガガガアアアアアアアアアッ!?』
『大地獄蟲』が暴れて、オレ目掛けて走ってくる。オレは当たりそうになる直前まで、魔眼を使いヤツの動きを観察し、その瞬間が来ると身を大地に向けて飛ばした。前転しながら、その巨体の突進を躱していた。
「声は、通じませんか!?」
「いや。一瞬、ほんの一瞬、ヤツは……愛情の光を見せた」
「……彼氏さん、まだ、生きているの?」
「……ああ。生きている。残っている……」
そうさ。ヤツの愛情の光……それが、あの巨体のあちこちから、輝いたのさ。オレは心の光を何度も魔眼で見てきたが、今のような現れ方は知らない。
この考えはただの直感なのだが、『大地獄蟲』に千切れて融けているロジン・ガードナーの『肉片たち』から、あの光は放たれたのではないだろうか?
いい徴候なのか、絶望的な徴候なのか。
千切れても、ロジン・ガードナーは姫さまのことを愛している。精神活動が、残っている。残っているんだが……千切れているな、肉体的には分断されてしまっている。それを、どう解釈すべきか?
「ロジン!!ジャスカのことを!!もっと、たくさん考えるっす!!」
「……カミラ」
「二人は、とても愛し合っていたっす!!ちがう、今でも、愛しているはず!!だから、ジャスカのことを、想うっす!!お願いっすよ、ロジン!!」
必死な声だ。悲痛も混じったね。その涙まじりの声を、屈強な蟲の甲殻は受け付けないのだろうか。それでも、アホな娘は叫ぶ。何度だって、心をぶつけた。
『ギャアアアアアオオオオオオオオオオウウウウッッ!!』
蟲が暴れる。オレたちは近寄ることと、遠ざかることと、うすくその甲殻を打撃することを繰り返す。なんという効率の悪さだろうな。もう三十回は殺せるチャンスを逃していた。それでも、ロジンのバラバラになった肉片を、もとに戻す発想が思いつかない。
何よりも……『呪いの中枢』が見つけられない。
あらゆる角度で見ようとはしているが……難しい。魔力の流れの複雑さが、ノイズとなってオレの探索を邪魔しているんだよ。『隠者』め、嫌味な男だ……だが、あきらめんぜ。そこまで巧妙に隠すのは、隠さねばならないからだ。
弱点。
そうでなければ、隠さないはず。
「団長!!……考えたのですが!!」
「……なんだ、ガンダラ!?」
「呪いの始まりが、ジャスカ姫との接触なら、遮断することで呪いを妨害することは?」
「……それを狙って、彼女をここに近づけさせていない」
「……なるほど。効果は、無い。すみません、もっと考えます!!」
ガンダラも呪術の知識がなくても、必死に考えてくれているのだな。だが、そうだな。魔術の情報の遮断……?
「……ならば!!」
知恵の回るガンダラが、槍で『大地獄蟲』を叩きながら叫ぶ。
「ジャスカ姫の左手の呪いを……カミラの術で喰らうのはどうでしょう!?」
なるほど。二つが混じって起動する呪いなら、片一方を完全に排除すれば……いいアイデアじゃあるな。さすがはガンダラだ。スタートのスイッチが姫ならば、ストップのスイッチも姫か……。
姫が死ねば?……おそらくだが、『隠者』の『目的』は果たされる。そんな気がするな。
「カミラ!!試してこい!!呪いを喰えたら、彼女を連れて来てくれ!!オレたちの声よりも強く、彼の心に響くはず!!」
「りょ、了解しましたッ!!」
希望が、わずかに……そうだ。わずかだ、おそらく姫と肉体的な接触により、呪いのもつ情報量は受け継がれた―――効果は薄いかもな。だが、発想はいい。呪いを、取り除く。本体からが難しいなら……外からか。
「ミア!」
「なに!?」
「ターゲットの生死を確認する、最良の方法は?」
「自分で殺すのを、この目で見ること。可能な限り、近くから」
そうだよな。暗殺者の発想はそうだ。やっぱりよう……いるんじゃねえか、隠者?姫さまが死ぬのを、見れる場所に……つまりは、この『隠し砦』に。視界のいい場所……そうだな。『上』だよね。
「ミア。かくれんぼをして来い。鬼はお前だ」
「え?」
「バカは高いところに隠れているはずだ。それを見つけて、引きずり出せ」
「なるほど、いい案ですな、団長。ミア、行って下さい」
「でも……」
「こっちは、オレとガンダラに任せてくれ」
「……ラジャー!!死んじゃダメだからね、お兄ちゃん、ガンダラちゃん!!」
ミアが『こけおどし爆弾』を再びつかう。今度は、ヤツの顔面に叩きつけたぜ。あの爆弾は光と音の津波をヤツの頭にぶつけている。脳震盪を起こすまではいかないが、怯ませるには十分すぎた。
そして、生まれた隙につけ込み、風の迅速さでミアはこの戦闘から離脱するのさ。
「団長、連携を密に!!」
「おうよ!!」
オレたちは『大地獄蟲』の左右に回り込み、ヤツの注意を分散させる。ベテラン同士のコンビネーションだよ。オレとその副官さまの連携が、高性能を発揮しないわけがないよな?いい動きだったよ、お互いの性格、行動、そもそもの能力。それらを把握しているからね。
効率良く立ち回る。ヤツの突撃を躱して、威嚇のための弱い攻撃で甲殻を打つ。それを繰り返しながら、オレたちは体力を削られていった。殺せない戦い。いや、そもそもどこまでダメージを許していいのかも分からない状況とは、辛い。
ガンダラが肩で息をし始めた。
オレより体重がずっとあるもんな。汗もかいている。そう……オレもだ。
このまま逃げ続けることは……体力の消耗を繰り返す。その引き替えに、ちょっとずつ分析は進む。『呪いの中枢』がある場所は未だに分からないが、『無い場所』なら特定できつつある。効率は悪いが、体力を犠牲にしながら、それを続けるべきなのか?
「……さすがに、効率が悪すぎるな」
……避けてばかりじゃ無意味だな。魔力の流れが深い意味まで掴めない。接触することが必要だな。ゼロ距離で。
まったく、面倒な仕事だぜ。後悔はしていない。だが、困難であることは認めるよ。
さーてと、少しキツそうだが。『受け止めてみる』かね。
ハサミの動きを見つめる。左右のラッシュは続いている。逃げるだけなら簡単だ。だが、ヤツと接触し、少しでも魔力の流れを感じ取らなくてはな。さあて……右、右、左、右、左―――そう、ここで左だなッ!!
「来いや!!」
「団長ッ!?なるほど!!直接コンタクトすることで……ッ」
「ああ!!深く、探ってみせるぜ!!」
オレはヤツの間合いに飛び込みながら、振り落とされてきた左のハサミを竜太刀で受け止める……ッ!!……って、さすがに、重いぜッ!!……だが、止めたぞッ!!
『ギャギャギイイイイイイイイイイッッ!?』
「さすがです!!」
「―――頼むぜ、アーレス!!」
竜太刀を通して、ヤツの体を走る魔力を探っていく。集中する!!一瞬しか余裕はない……この一瞬で、ヤツの肉体を探らなければならない。
呪いだ。呪いの『形式』を読めッ!!魔眼よッ!!
オレはヤツの全てを見ようとしたのさ。
集中力は魔術となって、オレを『ヤツ』の精神の中へと迷い込ませる……。
……そこは素晴らしい石造りの間……。
炎が燃えている……?
炎を……『ヤツ』がのぞき込む。
何をしている?
料理か?
……いいや、そうじゃない。
コイツは……『占術』。
炎を見ながら、そこに誰かの骨の欠片を落としていく。
骨が炎を揺らすのだ。
見ている。
『ヤツ』は……そう、『隠者』は見ているのだ。
ニヤリと笑う、その老いて欠けた歯列が見える。
「……地母神への裏切りを、清算するには―――その血を断たねばならん」
血を断つ……ジャスカ姫のことか。
「そうだ……我らの王家の、伝統を愚弄し、血統をも穢した、邪悪どもを」
血統をも穢した……ふむ、ドワーフ王族と人間族の『混血』……ジャスカ姫か。
占いに出たのかい?
骨の欠片なんぞを、火で焼くことで……?
そんな下らないことで、ジャスカ姫を殺そうと決断したのかね。
ふむ……。
……『隠者』は、そのために『ガロリスの鷹』を協力するフリをした。
そうだ。
ここで、グラーセスの土地で、彼女を殺したかったのさ。
崇拝する地母神へと、王族の血を返還しようとしているのだな。
守護者たち……『地獄蟲』に、喰わせることで?
あの蟲に身辺警護を任せる女神さまか……趣味が合いそうにない。
そう。
こいつは暗躍した。
騙したな、彼女たちを。
歪んだ思想をしている。
ジャスカ姫を殺せば、この戦に地母神の加護が得られるだと?
……なるほど、隠者らしい、世迷い言だな。
アンタも……そうかい、王族にまつわる者だから、その血を崇拝しすぎている。
ふむ。
ドワーフ族の王の座を巡る戦は恐ろしいな。
お前は11の時に、王の候補である兄弟に……去勢されたのか。
男ではなくする……血筋を残せない身にされることで、貴様は生かされた。
ドワーフには珍しいほどに、魔力と呪術に長けていたからな、貴重だった。
貴様も、ドワーフの鬼子だろうにね。
ジャスカ・イーグルゥ姫を憎悪するのかい。
まあ、いい……お前のことを、よく知れたよ、隠者サマ。
なるほど。
『呪いの中枢』……そいつは……地獄蟲の『王』の生殖針。
無数のメスを孕ませる、その邪悪な器官。
そんなモノを、死にかけのロジン・ガードナーの腹に埋めたか。
……去勢への劣等感が強いね。
お前にはないそれを、『王』の生殖針で満たしていたか。
お前が女を楽しむときは、その針でしていたのかい。
蟲の『王』から切断して来た、それが、君のお気に入りの大人のオモチャかよ。
歪んだ性癖だ。
後生大事にするなよ、そんな物体をね。
だが……分かりやすくもある劣等感だな。
読めたぞ、貴様の繊細で根暗な呪術の構造が……。
……貴様の妄執に満ちたその品は、呪術だけじゃない。
貴様の下らん記憶と、呪術への設計思想も入っていた。
貴様の劣等感と変態性のおかげで……オレは、ロジンのことを助けられそうだ。
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