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5月2日書籍版発売!!元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。(最後の竜騎士の英雄譚~パンジャール猟兵団戦記~)  作者: よしふみ
『グラーセスの地下迷宮』

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第一話    『蛇のように、静かに。その牙に毒を宿し』    その九


 オレは『彼女』を腕に抱える。誰だかは知らないが、こんなヒドい場所に放置することは出来ない。家族や仲間に引き渡してやりたいが……せめて、どこか土のある場所に埋葬してやりたいな。


 オレは『彼女』を腕に抱いて、そのまま牢屋を出た。


 ガンダラが苦い顔をする。うむ、誤解を与えてしまっているな。


 説明をしなければ―――っ!


「……カミラちゃん……っ」


 ミアがいた。全くの気配を感じさせずに、ガンダラの側にいる。『フェアリー・ムーブ』、いよいよ完成してきている。だが、マズい。ミアが、泣きそうだ。


「ミア、誤解するな」


「―――ガンダラちゃんッッ!!そいつの腕、抑えてッッ!!」


「ええ」


 ガンダラもブチ切れしている。そりゃそうだが。


「痛いッ!!痛いッッ!!」


 ロンがガンダラに羽交い締めにされる。ガンダラの右腕が青年の細い首を固定して、左腕がミアの願いのままでロンの左腕を掴み、固定していた。ロンはもう動けなかった。


 泣いているミアは、それでも涙をたたえた黒い瞳でロン青年をにらみつける。そのナイフの尖端よりも研ぎ澄まされた殺意を浴びて、雑兵ロンは身動きが取れない。蛇に睨まれたカエル。そんなイメージだ。


 動物として、存在している階級が異なっているのさ。


 ミアは生態系における、絶対的な頂点であり、ロンはただの捕食されるだけの肉でしかない。立場は永遠に変わることはない。


 暗殺妖精の両手の指が、それぞれにナイフを遊ばせる。究極の技巧が、ミアの指のなかでナイフを踊らせる。銀の閃きが薄暗い地下牢のなかを切り裂いて、殺意を示していく。


「指から、切ってあげる。一本ずつじゃない。知っている?指の骨には詳しい名前があるんだよ?……末節骨、中節骨、基節骨。指一本はさ、ナイフでも三度、切断出来る。ああ、お父さん指は二度だけ」


「そ、そんなあああッッ」


「たくさん切れるよ?指はね、神経が豊富で、とても繊細。だから、痛みに敏感。良かったね、ミアは手術が上手だから、暴れても精確に刻める。手の指から、始めるよ?そのあとは、足の指。その後、お耳。それからお鼻を削いで、まぶたを切ってあげる」


 オレとガルフの『最高傑作』が、ロンの手をじっと見ている。とても嬉しそうだ。そうだ、怒りと悲しみと憎しみを、暴力に込める。それがオレのミア・マルー・ストラウス。最愛の妹さ。


「た、たすけてえええええええええッ!!」


「助けるわけないでしょう?カミラちゃんを、あんたたちは殺したんだもの。あんたを痛めつけて殺したあとは、砦にいる残りの豚さんどもを、私たちみんなで全滅させるの」


「……ええ。私も、久しぶりに暴れてやりたい気分ですよ。さあ、ミア」


「うん。ガンダラちゃん、抑えててね。精確な手術には、助手の腕もいるよ」


「もちろん。私は、いい助手をやれる自信がありますよ?」


「や、やだああああ!!しゅ、手術なんて、いやだああああああああッ!?」


「―――ミア、ガンダラ。スマンな、言い忘れてることがあるんだ」


「……なんですか、団長?」


「お兄ちゃん、いいところなんだけど?」


「そんなに邪険にするな。いいニュースなんだから。オレが抱えている『彼女』は、カミラ・ブリーズではない」


「……え?」


「……なんと」


 ミアもガンダラも驚いていた。


 うん、そうだな。すまないな、もっと明るい顔で出て来たら分かりやすかったと思うが―――まあ、『彼女』は悲惨な死に方をしている女性だし、その前で笑顔を浮かべるのも、オレには出来なくてね。


 この死体の女性に、オレは感情移入しているのさ。君たちがそうであるようにね。


「良かった……ほんとに、ちがうヒト?」


「ああ。このタトゥーも古傷も、カミラにはなかっただろう?」


 ミアが走って近寄ってきた。そして、『彼女』の右腕のタトゥーを確認する。


「ホントだ。カミラちゃんじゃないよ!!」


「……安心しました」


 ガンダラが、ふう、とため息を吐く。だが、もちろんロンの拘束を解くつもりはない。そうだ、それでいい。


「ロンよ?他に女の捕虜はいるのか?」


「い、いません!!……その子だけで……だから、みんな、その子を……はけ口に……」


 慰安婦代わりに捕虜を犯して遊ぶね。


 戦場ではよくあるが、騎士道一直線のオレさまには、たまらなく不快な現実だけどな。オレみたいに愛で結ばれた女性にのみ、セクハラとか?強引なキスとか?そうするべきだよな、リエル?ロロカ先生?


 さて。


 ここにカミラが捕らえられていないということは……消去法で選択肢が減ったな。


「……カミラは、地下にいるみたいだな」


「でしょうな。それでは、一時、拠点に戻りますか?」


「ダメだよ、そんなの!!絶対にダメだからねッッ!!」


 ミアがガンダラちゃんを叱りつける。そうだぜ、ガンダラちゃん。オレも我が妹ミアの意見に賛成だよ。


「せっかく、ここまで来たんだもん!!『ここ』から地下にもぐって、『お家』の方に向かって通路を進めばいいじゃない!!そのルートに、カミラちゃんいるっぽいじゃん!!」


「そうだな。ミアの意見には、全面的に賛成だよ。なあ、ガンダラ?お前も、久しぶりに体を動かしたいんだろう?」


「……団長の指示には従いますよ。そもそも、団長とミアだけでは、複雑なダンジョンで迷子にならないとは限らない……二重遭難は、避けるべきです。私がいて、良かったですな」


 オレとミア、無言でニヤリ。そうです。バカですもん、オレたちストラウス兄妹。


 死ぬほど鋭い勘と洞察力はあるけれど、細かな分析とか?複雑な迷路を頭脳で攻略とか?……そんなことに向いてると思えるほど、楽天家じゃありません!!


「ガンダラちゃんがいてくれて、ウルトラ助かるよう!!」


「ほんと。助かるよ。さて、ロン」


「な、なんですか、ストラウスさまあああッッ!?」


「また少しだけ長生きが出来るぜ?……ほら、ガンダラ。離してやれ」


「了解しました。さあ、どうぞ?」


 ロンは巨人に解放された腕と肩を痛そうにさすりながら、オレだけを見て言った。


「―――そ、それで、僕は、どうすればいいんですか?」


「まずは……彼女を埋めるに相応しい場所はあるかな?」


「……は、はい。貴族さまたちが、憩いの場にしていた、庭園が」


「いいところだ。そこに埋めてやろう。さっそく、案内してくれたまえ」


「は、はい!!こちらですとも!!」


 ロンは、元気できびきびと動き始める。


「……さて。ミア。お仕事頼めるかい?」


「うん。お任せ!お兄ちゃんに、この砦をプレゼント」


「頼んだ。静かにしてやらないと、『彼女』が気持ち良く眠れないもんね?」


「もちのろん」


 ろん。という語尾にロンが反応して体を凍りつかせる。そして、死の妖精は明るく微笑みながら、そんなロンを全くムシして、彼の側を駆け抜けていった。


「……怖がるな。君のことじゃないよ、ロン」


「そ、そうですか……」


 そうだ。


 君はいい労働力だから、殺さない。墓穴を掘るなんてのは、なかなかの重労働だしね。


 さて。


 オレは魔眼を用いて、ゼファーとリエルに連絡を入れる。ふたりも気になっていただろうからな。ここにいたのはカミラではない。そう連絡を入れた。そして、二人には見張りの継続を頼んだ。


 数百人もの兵士が戻ってきたら?


 あるいは、補充の兵士が東の道を大勢のぼってきたら?


 さすがに、ちょっとキツいからね。見張りってのは大事だよ。


 オレたちはロンに案内されて、この複雑怪奇な『砦』の上層部を目指した。


「……こ、ここです!」


「ほう。なるほど、これは……」


「見事なものですな……」


 オレもガンダラもドワーフの仕事にビックリだよ?……そこにあったのは、ガチに美しい庭園さ。翼の生えた女神の彫像だとか、噴水のある白い石材で作られた小さな池。


 野生の草だが、春に花を咲かせる草花たちが生えそろっている。ここなら『彼女』も静かに眠りにつくことが出来そうだな。


「上空は……ステンドグラスかよ?……空から、見えるか、ゼファー?」


 ―――ううん。わからない。そこをこわしてもいい?『まーじぇ』にも、みせてあげたい。


「ゼファー。それは残念だけど、やめてくれ。ここは、『彼女』のお墓にするんだ。『彼女』はよく戦ったんだから、静かに眠らせてやれ」


 ―――うん。わかったよ。いのるね、このそらから。


「……そうしてくれ。竜の祈りは……お前の祈りなら、彼女の魂は迷うことなく星に導かれるに違いない」


 そして。


 ロンとガンダラの労働が始まる。オレも手伝おうかと思ったが、『彼女』を地面に置くのも気が引けてね?……しばらくしたあとで、ミアが合流する。『砦』の連中は全滅させられたらしいな。


 ああ、ゼファーに乗ったリエルも、ミアの援護をしてくれたらしい。竜に乗ったエルフの射手に、暗殺妖精……とんでもない豪華な殺戮ユニットさ。


 ミアは可憐な乙女だな。草花たちを摘み、『彼女』のために花束をこしらえていた。


 掘り終わった穴に、オレは『彼女』を寝かせる。あとは、オレたちとロンで土をかけていった。最後に小さな石を墓石代わりにして、ミアはさっき作った花束を捧げた。


 お葬式は終わる。


 誰かも分からない女戦士の墓が、そこに出来た。




 ―――それは静かな願いの時間、黒猫ミアは花束と共に。


 無言の祈りを捧げるのだ、静かに眠ってね。


 ママと同じように、苦しんで死んだ、あなたに。


 でもね、世界は苦しみだけじゃ、なかったでしょう?




 ―――だからこそ、あなたは戦えたんだよね?


 わかるよ、私もそうだから。


 愛するヒトがいたの?それとも、見たい『未来』があったの?


 だいじょうぶだよ、私たちが、継いでいく。




 ―――私の影に宿って、私の刃に宿って。


 私たちは、ひとつになろう。


 あなたの願いは、私とひとつに融け合って。


 私の戦いが、あなたの軌跡を継いでいく。




 ―――さあ、全ての『色』が融け合う『黒』へと至ろう。


 闇色の翼に導かれ、私と共に魔王のそばで暴れよう。


 見せてあげるよ、あなたの『敵』が滅びるさまを。


 私の名前は、ミア・マルー・ストラウス。




 ……世界を破壊し、『未来』を築く、『魔王』のための暗殺者だよ。




読んで下さった『あなた』の評価、感想をお待ちしております。


もしも、ミア・マルー・ストラウスの物語を気に入って下さったなら、ブックマークをお願いいたします。

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