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次の日、朝からルチルのテンションが尋常じゃないくらい高くて、なにがあったのかと思ったら殿下とアイリス様がとうとう本当の意味で結ばれたよう。アイリス様の思いが通じて嬉しい一方で、ゆっくりギルバートさんにアピールしようと思っていた私はとても焦った。乳兄弟を生むなら、アイリス様より先に子供を生まないといけないのに…!
早速動くしかないと思って、私はギルバートさんを探した。
「あっギルバートさん! おはようございます。」
廊下でギルバートさんを見つけたので挨拶すると、朝からとても爽やかな笑顔が返ってきた。
「おはようございます、カーネラさん。昨日はゆっくり休めましたか? 長時間の移動で、きっとお疲れでしたよね。」
「ありがとうございます。ゆっくり休めました。ギルバートさんは、大丈夫ですか?」
「はい、お陰様で。」
にこにこ、にこにこ。素敵な笑顔に癒されて、本題を忘れるところだった。いけないいけない。
「ギルバートさん、あのですね、その……。えっと、今日お話しする時間っていただけますか?」
「お話しですか?」
「はい。仕事のことではないので、休憩の時でも、仕事が終わってからでも良いんですけれど……」
「もちろん良いですよ。じゃあ、仕事が終わったら、食堂で待ち合わせでも良いですか?」
「はい、ありがとうございます!」
無事に話しをする約束をできたけれど、本当は会ったらすぐにでも言うつもりだったのに。……ちょっと、緊張してしまって本題に移れなかった。何て言えば良いんだろう。夜までにちゃんと考えないと……。
そう思っていたけれど、1日はあっという間だった。ちゃんと考える間もなく、仕事が終わってしまった。ひとまず落ち着こうと思って、紅茶を用意しながらギルバートさんを待つことにした。
「すみませんカーネラさん、お待たせしました。」
「い、いえ!」
緊張して、声が裏返りかけた。ちゃんと話せるのかしら、私……。
「紅茶ですか? 良い香りですね。」
「あ、はい、すぐに用意しますね。」
「ありがとうございます。」
落ち着くために、私はゆっくりゆっくり紅茶をいれた。変に思われなかったか不安になりながら、ギルバートさんにカップを差し出す。にこにこ、笑顔で受け取ってくださったから安心した。
「いただきます。」
ギルバートさんが紅茶を飲んでいるのを見ながら、私はもう勢いで言うしかないと思って口を開いた。
「ギルバートさん!」
「? はい。」
私はぎゅっと目を瞑って、勢いよく頭を下げた。
「単刀直入に言います! 私に殿下とアイリス様のお子の、乳兄弟を産ませていただけませんか!!」
一呼吸おいた後、ギルバートさんは盛大にむせた。
* * *
拭き掃除をしたり後片付けをして、私とギルバートさんは再び席に着いた。いれ直した紅茶を、一緒に飲む。
「……カーネラさん、先ほどのお話しですが。」
「っ、はい。」
いくらなんでも単刀直入に言いすぎたかと思って、気まずくなってしまった。
「乳兄弟を産ませてくださいと言った相手は、僕が最初ですか?」
「は、はい、そうです。」
私が答えると、ギルバートさんはホッとした表情でため息をついた。
「カーネラさん、僕が最初で良かったですけど、普通そんな事を言われたら、男は単純ですから勘違いしかねません。以前もお伝えしたと思いますが、カーネラさんは美しくて未婚の若い女性なんですから、軽率な発言はいけませんよ。僕の言っていること、分かりますよね?」
「う……」
それから延々と、ギルバートさんのお説教が続いた。私は言う順番を間違えてしまったことに気付いて、後悔しながらギルバートさんのお説教を聞く。
「カーネラさんの奥方思いなところは尊敬しますし、主のお子の乳兄弟を産みたいという気持ちも分かりますが、もっとご自分を大切にしないといけませんよ。焦らずに、きちんと好きな殿方を見つけて結婚して子供を産んでください。きっと殿下と奥方のお子は一人ではありませんから大丈夫です。いいですか? 今回は聞かなかったことにしますから、今後僕以外の誰にも、子供を産ませてくれだなんて決して言ってはいけませんよ。カーネラさんが傷付く可能性が……」
「ぎ、ギルバートさんだから!」
「……え?」
私は無意識に、ギルバートさんの言葉を遮っていた。
「ギルバートさんだからお願いしたんです! 他の誰にも、こんなこと言いません……と言うより、言えません。」
「え? カーネラさん、それは、どういう…?」
恥ずかしいとか、緊張するとか、そんなのは全部後回しにして、私は顔を上げた。最初に言わなければいけなかったことを、伝えるために。
「私、ギルバートさんと結婚して、アイリス様のお子の乳兄弟を産めたら幸せだなって思ったんです。だからギルバートさんにお願いしました。」
自分の顔が、どんどん赤くなっていくのが分かると同時に、ギルバートさんの顔も赤くなっているような気がして、恥ずかしさが込み上げてきた。
「えっ、えっと、カーネラさん…? それって……」
「いつも私のことを気にかけてくださったこと、私の気持ちを大切にしてくださったこと、それに私はずっと支えられてきました。それで、気付いたんです。私、ギルバートさんのことが……」
「ま、待って! 待ってください!」
言葉を遮られたので、私はびっくりして固まった。
「……ぎ、ギルバートさん? どうされたんですか?」
「あ、すみません。……その、僕に先に言わせていただいても良いですか。」
「え…?」
ギルバートさんは、残っていた紅茶を一気に飲み干した。
「……カーネラさん。」
「は、はい。」
ギルバートさんの雰囲気が真剣なものに変わった気がして、私は背筋をピンと伸ばした。
「カーネラさん、僕は、貴女が好きです。これからずっと、側で貴女を支えられる存在でありたいし、貴女に支えていただけたら嬉しいです。……どうか僕と、結婚を前提にお付き合いしていただけませんか。」
ゆっくり、ゆっくりギルバートさんの言葉を反芻した後、思わず涙が溢れてきて、私は両手で顔を覆った。そのまま、こくこくと何度も頷く。
「はい…、はい、お願いします。」
言いながらも、涙は全然止まらなかったけれど、ちゃんと言わなければと思って、頑張って顔を上げた。
「私も、ギルバートさんのことが好きです。」
口にした途端、ギルバートさんに抱きしめられた。
「良かった……」
ギルバートさんの言葉に、私も頷いた。嬉しくて、幸せで、なかなか涙が止まらなかった。
私が泣いている間、ギルバートさんはずっと抱きしめたまま背中をとんとんと撫でてくださって、泣き止むまで側にいてくださった。
もう大丈夫ですと言ったら、そっとキスしてくださったのは、二人だけの秘密。




