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少し重い内容があります。苦手な方はご注意下さい。

 五日間は、あっという間だった。

 家族とか友達とかお世話になった人とか、たくさんの人に会って、話せて、本当に良い期間だったなと思う。里帰りさせていただけて良かった。


「カーネラ、忘れ物はない? 大丈夫?」


「うん、大丈夫。」


 帰りもジョゼフィーナに乗って帰るから、荷物は最小限。忘れ物はないはず。


「お姉ちゃん、気を付けてね。」


「手紙書くからね。」


「ありがとう。手紙待ってるね。」


 ネリアとアスタの頭を撫でると、二人ともえへへと言いながら笑ってくれた。


「お母さん。お姉ちゃんにって作ったお弁当忘れてるけど。」


 後から出てきたランサスが包みを持っていると思ったら、お弁当だった。お母さんと顔を見合わせて、思わず笑ってしまった。


「カーネラ、母さんのおっちょこちょいなところは似ないようにな。」


「まあ貴方、どういう意味かしら?」


 お父さんが神妙な顔つきで言うと、お母さんは心外だというような表情で返した。それがおかしくて、家族皆で声を出して笑った。


 ラカントとフィジーライルはそう簡単に行き来できるわけではないから、手紙のやり取りはできても、もしかしたらもう会えないかもしれない。里帰りできて、本当に良かった。

 家族や近所の人たち、セシル、そしてコンラッドさんたちに見送られて、私は帰路に着いた。


* * *


 王都の関所が見えてきた時だった。役人や衛兵ではない、見覚えのある姿が見えてきて…


「ぎ、ギルバートさん…?!」


「カーネラさん! おかえりなさい。」


 優しい笑顔と柔らかい声で迎えてくださったのは、ギルバートさんだった。何でここにギルバートさんがいらっしゃるのか理解できなくて、ちょっと動揺してしまった。


「えっ、どうして……」


 ジョゼフィーヌからおりようとしたら、ギルバートさんに手でそれを制される。どうしたら、と思って見ていると、ギルバートさんは役人となにか話してきたあと、こちらに近づいて来こられた。


「奥方のお願いで、迎えに来ました。もしかしたら荷物が多いんじゃないかっておっしゃっていて。本当はもっと早く出発して、カーネラさんのご実家に一番近い関所まで行きたかったんですが……すみません。」


「いいえ! そんな……こうして来ていただけただけで充分です。ありがとうございます。」


「そう言っていただけて嬉しいです。では、荷物を貸してください。ここを通る手続きは済ませてあるので、早速出発しましょうか。」


 私が荷物は小さいから大丈夫と言う前に、ギルバートさんは私から荷物をひょいと持っていくと、馬に乗った。


「えっ、ギルバートさん…!」


「どうされました?」


「あ、の、えっと、荷物を……」


「僕が来たのはカーネラさんの荷物をお持ちするためですよ。」


「で、でも…!」


「カーネラさん。僕から仕事を奪ってしまわれるんですか?」


「う……」


 まるで捨てられた子犬のような表情でギルバートさんが言うから、私は思わず言葉に詰まってしまった。そんな顔されたら、ダメですって、言えない。


「さあ、行きましょう。」


 ギルバートさんは笑顔で言うと、馬を走らせたので、私も慌ててあとを追った。この人のお役に立てるようなことってあるのかな……なさそうだな……探せるのかな……と思いながら。


「カーネラさんのご家族は、皆さんお元気でしたか?」


「はい、お陰様で皆元気でした。久しぶりだったので、弟と妹が大きくなっていてびっくりしました。子供の成長って早いですね。」


「そうなんですね。おいくつなんですか?」


「十四歳と六歳の弟と、五歳の妹がいます。」


「じゃあ、四人兄弟なんですね。」


「はい。ギルバートさんは、ご兄弟はいらっしゃるんですか? そう言えば、お聞きしたことがなかったですよね。」


 兄弟の話になったから、何の考えもなくお聞きしただけだった。けれど、ギルバートさんの表情を見て、聞いてはいけなかったことなのかとすぐさま後悔が押し寄せた。


「あ、あの……」


「ああ、すみません。カーネラさんは、ご存知ないですよね。」


 ギルバートさんは、困ったように笑った。


「えっと、もしかしてあまり話したくないことだったでしょうか…?」


 恐る恐る聞くと、ギルバートさんはゆるゆると首を振った。


「いいえ。……ラカントに居ればいつか、カーネラさんもお聞きすることになると思いますし、お話ししますね。あまり、楽しい話ではありませんが。」


「いえ、その、どんなお話でもお聞きします。」


 なんだかとても言いづらそうにされていたので、そうやって言ったら、ギルバートさんは静かにありがとうございます、と答えられた。


「僕は今、エルタリアを名乗らせていただいてはいますが、養子にしていただいただけなんです。だから、正式な場以外では、ただのギルバートと名乗っています。」


「え! そうだったのですか!?」


「はい。エルタリアの家には、二人の兄と三人の姉がいます。……あ、兄弟仲は良いと思います。両親にも、よくしていただいていますし。」


「そうなんですね。」


 エルタリア家は公爵家で、ラカントでも有力な家系だったはず。確か、代々宰相を輩出されているマルテル家とも親戚だったような……気がする。


「僕の血の繋がった兄弟は、今は田舎の村で母と暮らしています。弟と妹が一人ずついます。……父は、牢の中で自害しました。」


「え…?」


 牢…? どういうこと?


「……殿下のご両親が、処刑されたのはご存知ですよね。」


「は、はい。伺いました。」


「その元凶が、僕の父だったんです。父は、アレン陛下のやり方が気に入らなかったようで……。グレン殿下が赤目だと分かった時、処刑をするよう一番に声をあげたのが父でした。」


 言葉と表情が、一致していない。ギルバートさんの穏やかな横顔を見て、私は何て言って良いか分からなかった。


「その後、王位を継がれた先代陛下によって父は裁かれ、僕たち家族は地下牢に入りました。ですが、程なくしてアルディーン陛下がお生まれになり、恩赦で僕たちは牢を出ることになりました。その時に、殿下が来られたんです。幼くてなにも分かってはいませんでしたが、父が悪いことをしたのだと母から聞いていたので、僕はやっと殿下に面と向かって謝罪することができると思っていたのに……あろうことか父は、殿下の眼の前で自害しました。」


 何でもないことのようにおっしゃるけれど、それはとても、とても重い事実。


「母は泣き叫ぶ弟と妹を抱きかかえるのでいっぱいいっぱいだったので、僕が殿下に必死で謝りました。殿下はしばらくなにも言わずにただじっと父を見ていましたが、僕の名前を聞いて出て行かれて……その後、何故か僕はエルタリア家に養子として迎えられ、殿下にお仕えすることになりました。」


 私は必死に言葉を探すれけど、何て言って良いか分からなかった。


「殿下は、ご自分のせいで、僕たち家族を不幸にしたとお思いになられたそうです。それで、僕に仕事を与えて、母に仕送りができるようにしたと、おっしゃっていました。」


「そうだったんですね……」


 殿下がご両親を亡くされたのは、確か6歳だったはず。それなのに、そんなことをお考えになっただなんて。


「僕は罪滅ぼしのために殿下にお仕えしているのだとばかり思っていたので、十八になった時に、仕事を辞めて母の元へ行けと言われてびっくりしました。殿下は、僕がもう大人になったので、自分でやりたい仕事を探せとおっしゃったんです。」


 ずっと前を向いていたギルバートさんは、顔をこちらに向けた。とても綺麗な笑顔だった。


「その頃にはもう、何年も側で殿下を見ていましたから。無関心でも冷徹でもない、不器用で心優しい殿下に、罪滅ぼしではなくて、ただ純粋にお仕えしたいと思って、従者を続けさせていただきました。」


 だから、この方はあんなに真っ直ぐ殿下にお仕えしているんだわ。きっと、周りから色んなことを言われてきたはず。それに負けずに、ここまで来られたんだ。


「殿下も本当は、ギルバートさんに従者を続けて欲しいと思っていらっしゃったのではないかって、そんな気がします。」


「そうですかね……そうだと、嬉しいです。」


 そう言いながらはにかんだギルバートさんはとても素敵で、顔が熱を持ったのが自分でも分かった。……ので、顔を前に向けた。


「兄弟の話から、大きくそれてしまって申し訳ありません。きっと、聞きながら嫌な気持ちにもさせてしまったと思いますし……」


「いえ、そんな! ……その、ギルバートさん本人から聞けて、良かったです。言いづらいお話を、ありがとうございました。」


「……カーネラさんはお優しいですね。」


「!」


 絶対私、顔が真っ赤だ。恥ずかしい。


「今度はカーネラさんの話を聞かせてください。里帰りしていた時のこと、是非聞きたいです。」


 ギルバートさんは、とても優しい表情だった。


「は、はい!」


 お城までの帰り道をゆっくり進みながら、私は色んなことを話した。

 ギルバートさんの生い立ちをギルバートさん本人から聞けて、信頼されているように思えて嬉しかったし、こんな風にギルバートさんとゆっくり過ごせる時間が持てたことも嬉しかった。

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