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セシルのお家を訪ねると、中から嬉しそうにセシルが出てきてくれた。
「カーネラ! おかえり! 会いたかったわ!」
会うなり勢いよくギュッと抱きしめられて、ああ、セシルってば変わってないなあと思った。
「久しぶりね、セシル。結婚おめでとう。」
「ありがとう! さあ、入って。お茶とパンを用意してるの。」
「お邪魔します。」
セシルと結婚したのは、パン屋のジェルコンさん。私たちより五つ年上で、セシルの初恋の人だ。
案内されたのは、おそらく客間。家具がクリーム色をベースに揃えられていて、ほっと落ち着けるような、そんな感じの部屋だった。ソファーに座るよう言われたので、ありがたく座らせてもらう。
「うちの人が焼いたパンなんだけどね、外はカリッとしてて、中にはチョコレートが入っているの。私の一押し。」
「そうなの、美味しそうね。」
お茶をいただいて、セシル一押しのパンもいただいて。ほっこりしながら、私とセシルは会っていない間の話を色々した。まあ、セシルの結婚の話が多くはなるけれど。
「それにしても、初恋が実ってよかったね。」
「ほんとに! でもね、最初はそれこそ、パン屋の常連さんとしか思われてなかったと思うわ。もちろんご近所さんだから顔見知りではあったけど、五つ年が違うから。」
「確かに、近所のお兄さんっていう感じで、一緒に遊びはしなかったわね。」
「ね。だから、私すっごく頑張ったのよ。パン屋に嫁ぐならやっぱり接客ができないとだめでしょう? そう思って、サルコおじさんの食堂で働かせてもらったの。そこでいろんなお客さんと話す練習をしたわ。もちろん、パン屋に行ってジェルコンに笑顔を見せるのも忘れずにね。」
「そうだったの。」
私がお城に上がってからのことだから、全然知らなかった。私がたまに帰ってきた時は、もしかして休みをもらって私と会ってくれてたのかしら。
「それからは頑張ってお休みの日にデートに誘って、私と結婚すればジェルコンさんにこんなメリットがありますよーってアピールしていったの。」
「え? そんなこと言ったの!?」
「まさか! 直接そう言ったんじゃないわよ、もう。接客が上手になったって話したり、パン屋で売られているパンの種類と値段をほぼ全部覚えていることをそれとなくアピールしたり。私、役に立ちますよーって。」
「す、すごい……」
お母さんが言っていたアタックって、このこと…?
「好きですって言っても、最初相手にしてもらえなくって。こんなおじさんじゃなくて、周りに良い人がいるだろうなんて言うのよ。それって遠回しに、私の事子供だと思ってるってことでしょう? 失礼しちゃうわよね。」
「そ、そっか。」
五歳差って、やっぱり大きいのかしら。殿下とアイリス様は六歳差でもうまくいっていらっしゃるけど……。
「だから、まずは子供じゃないっていうことを伝えていったのよ。こんなに役に立つの、大人なの! って。まあ、今から考えればそれが子供っぽかったような気もするけどね。」
「でも、可愛いじゃない。自分の為に頑張ってくれているんだって思ったら、心が動かされるわ、きっと。」
私が言うと、セシルは少し恥ずかしそうに笑った。
「ジェルコンも、そう言ってた。そろそろ二回目の告白をしようかなって思っていた時に、彼がプロポーズしてくれて……って、ここまで話すつもりじゃなかったのに!」
「えー、いいじゃない。私は聞けて嬉しい。」
「もう、そんな…!」
セシルはまだなにか言おうとしていたけれど、言葉が出てこなかったのか、パンにかぶりついた。
「でもそっか、そういうアピールの仕方もあるのね……」
お茶を手にとった時に、何気なくこぼした言葉に、セシルは眼の色を変えて反応した。
「カーネラ、アピールしたい相手がいるの?!」
「えっ」
「私がこんなに話したんだから! カーネラだけ隠すなんてなしよ!」
「べ、別にアピールしたいとまでは思ってなくて……」
本当に、まだ気持ちに気付いたところだから、その後どうしたいとか、なにも考えてはいないんだけれど……セシルの眼力に負けて、私はギルバートさんのことを話した。
「そっかあ、王女様の結婚相手の従者さんね。話を聞く限り、誠実そうでとっても素敵じゃない。」
「うん、誠実よ。真面目で、気が利いて、従者の鑑みたいな人。……だから、私がお役に立てるようなことって思いつかないな……私と結婚しても、ギルバートさんにメリットなんてなさそう。」
「今までそんなこと考えずに接してきたんだもの、今すぐ思いつかないのも当然だわ。でも、これからなにか役に立てそうなことはないかって考えていれば、一つくらい見つけられそうじゃない?」
「……そうかしら?」
「ええ、きっと!」
なんだか、セシルにそう言われるとそんな気がしてきた。
「カーネラも、幸せになってね。」
「うん、ありがとう。」
その後、ジェルコンさんが帰ってくるまで話し込んでしまった。変わらずに接してくれる友達がいてくれる幸せを噛みしめながら、私は家路に着いた。
* * *
夜はまた皆でご飯を食べて、お母さんと皿洗いをして。さあ寝ようと思って部屋に入ると、コンコンとドアをノックされた。
「はーい、だあれ?」
「お姉ちゃん!」
ドアを開けると、ランサスとアスタ、ネリアがいた。ネリアは、絵本を持っていた。よく見ると、昔私がよく読んでもらっていた本だわ。
「この本読んで、お姉ちゃん!」
「懐かしいわね、その本。私も大好きだったわ。」
「お母さんがそう言ってた!」
私は三人を招き入れて、みんなでベッドの上に座った。
「さて、じゃあ始めるわよ。」
「うん!」
私が持っている本を覗き込むアスタとネリアの必死な様子が可愛いなあと思いながら、読み聞かせを始めた。何でもない、こういう些細な思い出が大切な思い出になるんだわ、って思いながら。




