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「カーネラ? カーネラじゃないか!」
村の入り口には、私が出発した時と変わらず、見張りの兵士が数人いた。この村で育った馬は、王宮にも献上されるから、兵士が駐在してくれている。知らない顔ばかりだったけれど、名前を呼んでくれたのは、隊長のコンラッドさんだった。
「コンラッドさん! お久しぶりです。」
私はジョゼフィーナからおりて、頭を下げた。
「ああ、久しぶりだな。確か、王女様についてラカントに行ったんじゃなかったか?」
「はい。今、アイリス様がご夫婦で里帰り中なんです。休暇をいただいたので、私も家族に会いに来ました。」
「そうだったのか! いやあ、見回りの日を今日にしておいてよかった。また綺麗になったな。娘の成長を見ているみたいで嬉しいよ。」
「ありがとうございます。」
私にとっても、第二のお父さんみたいなコンラッドさん。まだコンラッドさんの隊がうちの村を担当してくださっていると知らなかったので、会えて嬉しかった。帰る日を伝えたら、見送りに来てくれると約束してくださった。
そうして、私はジョゼフィーナを連れて村に一歩踏み入れた。ああ、帰ってきたんだと思うと、懐かしさがこみ上げてくる。懐かしい人たちに挨拶をしてまわりたいけれど、一先ず家に帰らないと。そう思って歩き始めると、遠くから走ってくる子たちが見えて、私は思わず顔をほころばせた。
「お姉ちゃん!」
「おかえり!」
抱きついてきたのは、末の妹ネリアと、そのひとつ上の弟アスタだった。
「ただいま。」
私も、ぎゅっと抱きしめ返した。
「お母さんいっぱいお料理作って待ってるよ!」
「行こう、お姉ちゃん!」
「ええ。」
二人がジョゼフィーナを見て、綺麗な馬だね〜って言ったから、そうでしょう〜? なんて言いながら、私は二人と一緒に家路についた。
* * *
「おかえりカーネラ! 待ってたわ!」
「おかえり。」
迎えてくれたのは、お父さんとお母さん。思わずぎゅっと抱きつくと、二人で抱きしめてくれた。
「ただいま。」
帰ってきたんだ、っていう実感が湧いてきて、なんだかくすぐったかった。
「さあ、ご飯にしましょう。」
お母さんの言葉で、皆がテーブルについた。ジョゼフィーナを厩に繋いでくれていた、三つ下の弟ランサスが席について、全員集合。お父さんとお母さんはお酒、子どもたちにはジュースを用意してくれていて、ちょっぴり豪華な食事になっていた。
「お姉ちゃん、なんだか綺麗になったね。」
「え? そう? どこが?」
ランサスの言葉が意外で、私は瞬きをして、思わずランサスをじっと見てしまった。
「いや、どこがって言われても困るんだけど……なんか、雰囲気? 大人になったって感じ。」
「本当?」
「お姉ちゃん綺麗!」
「きれー!」
ネリアもアスタも綺麗って言ってくれたから、褒め言葉として受け取っておくことにした。ランサスもにこにこしてるし、うん。
アスタも馬の世話を手伝うようになったとか、ネリアはお母さんと野菜の世話をするようになったとか、弟と妹の成長話を聞きながら、久々に家族みんなでご飯を食べた後。私はお母さんと一緒に後片付けをすることになった。この台所に立つのも久しぶりだなあと思いながら、お皿洗いを買って出て、運んできたお皿を洗っていく。
「カーネラ。」
「ん? なあに?」
お皿を洗いながら、お母さんに返事をすると、衝撃的な言葉が聞こえてきた。
「貴女、好きな人ができたんでしょう?」
ご飯の時、そんなこと一言も言わなかったのに。何で分かったの…?
「え。」
「女の勘って言うのかしら。なんとなく、そうなのかしらーって。」
「そっかぁ、お母さんには分かるのか。」
すごいなぁなんて思いながら、お皿を洗う手は動かしたまま。
「ええ。ギルバートさんでしょう。」
反射的にお母さんを凝視してしまった。すると、カシャン、と音がなる。持っていたスプーンを落としてしまったのだと気付いて、視線を下に向けたけれど、なにも割れたりはしていなかった。それを確認してから、隣のお母さんにもう一度視線を向ける。
「な、なん、何で…!?」
お母さんは、うふふって言いながら、お皿をすすいでいた。
「お、お母さん! ねえ、どうして? どうしてそこまで分かるの!?」
「だあってカーネラったら、手紙に書いてあることと言えば王女様のことかギルバートさんのことじゃない。今日もギルバートさんに助けてもらったとか、こんな一面もあったとか。」
う……確かに、ギルバートさんのこともいっぱい書いていたような。
「お父さんも読むって分かってる手紙にこれだけいっぱい書いてるってことは、自分の気持ちに気付いていないんじゃないかしらって思ってたけど、気付いてたのね。」
「さ、最近、気付いて……」
「お父さんも、カーネラはこのギルバートっていう人のことが好きなのかな? もうそんなお年頃かな? なんて寂しそうに言ってたわよ。」
「ええ、嘘! 恥ずかしい!!」
「若いって良いわよね〜。」
「お母さん!!」
手紙を書いていた時にはそんなつもり全然なかったのに!
「なにか進展があったら教えてね。」
「……うーん、進展は、ないんじゃないかな。同僚だけれど、ギルバートさんは爵位をお持ちだし。きっと私をそういう対象には見てないと思うし。」
「そうなの? やっぱり形だけでも、どこか貴族のお家に養子に出してあげたほうが良かった?」
昔、アイリス様付きの侍女になると決まった時に、同時に貴族の養子にならないかという話も出たことがある。でも、私は自分の家族が好きだったし、アイリス様は身分なんて気にしないっておっしゃって下さったから、養子の話はなくなった。まさか、その話を今されるなんて。
「別に、そういう意味で言ったわけじゃないの。養子になるのは私が嫌だったんだから。それにね、ラカントは、結婚にそれほど身分が問題にならないみたい。」
「だったらなおさら、ギルバートさんと結婚だって夢じゃないじゃない。」
「そうは言っても、ギルバートさんのお家が、恋愛結婚を認めておられるかどうかわからないから。」
それに、ギルバートさんにだって、選ぶ権利はあるわけだし。
「一緒の職場だし、たくさんお話もできるし、それで満足かなって思うの。自分の気持ちに気付いたけど、伝えようとまでは思ってなくて……。」
今の関係が、心地良いから。それを壊してしまうのが怖い、とも思う。
「カーネラ。明日にでも、セシルちゃんのところへ行ってきたらどう?」
「セシル? そう言えば、結婚したんだっけ。」
近所に住んでいた、同い年のセシル。半年ほど前に結婚したってお母さんが手紙で教えてくれたはずだ。
「お祝いは、言いに行くつもりだったよ。」
「ついでに相談に乗ってもらってきなさい。セシルちゃん、猛アタックして結婚にこぎつけたのよ。」
「……お、お母さん、それって私にも猛アタックしなさいっていうこと…?」
私が聞くと、お母さんは笑いながら首を振った。
「そういう方法もあるわよっていう話。カーネラのしたいようにすれば良いけど、選択肢は増やした方が良いかと思って。」
「選択肢ね……」
猛アタックって、どうしたら良いかよく分からないけど。……ギルバートさんびっくりしそう。
「気持ちを伝えるにしろ、黙っておくにしろ、貴女が幸せなら良いの。」
お母さんの言葉に、思わず泣きそうになる。
「お母さん……」
「泣きたくなったら、手紙にそう書いたら良いからね。側で慰めてはあげられないけど、お母さんは、いつもカーネラの味方よ。」
「……うん、ありがとう。」
お母さんが頬にキスしてくれたから、私もキスを返した。




