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その後、あまり詳しい話は公表されなかったけれど、国王陛下とアルメリア様は無事和解されたようだった。
お城の中を忙しなく人が行き交う中、私とギルバートさんは、アイリス様が休んでおられるという部屋に案内してもらった。間違いなく殿下も一緒におられるだろうから。
「アイリス様!」
「カーネラ!」
部屋に入るなり、私は大きい声を出してしまった。はしたないけれど、アイリス様のお姿を見て、本当にホッとして、思わず。すると、アイリス様はぎゅっと私に抱きついてくださった。不服そうな表情を隠しきれていない殿下には申し訳ないけれど、今だけですから。ちょっとだけ、アイリス様を独り占めさせてください。
「良かった、カーネラ。戦闘になったと聞いたから、心配していたの。」
「私も、アイリス様になにかあってはと……ご無事でなによりです。」
ひとしきりお互いの無事を確認し合った後、私は紅茶を用意すると、部屋を後にした。これ以上は多分殿下がもたない。感情が駄々漏れにならないよう、殿下の威厳を保つためにも、二人きりにして差し上げなければと思って。
思わずほっとため息をつくと、ギルバートさんのため息とかぶっていた。お互い顔を見合わせて、笑ってしまう。
「無事で、良かったです。」
「ええ。アイリス様もご無事でしたし、兵士の中にはお怪我をされた方もいらっしゃいましたけれど、命に別状はありませんでしたものね。」
「そうではなくて。」
「え?」
ギルバートさんの目は、なんだか、いつもと違う気がした。とても、真剣というか、その……
「貴女が無事で、良かったです。」
「!」
な、なんてことを言うの、この人は! く、口説いておられるわけではないのよね? ね??
「あり、がとう…、ございます。」
恥ずかしくて、尻すぼみな返事になってしまった。……でも、だって、好きな人にこんなこと言われたらそうなってしまってもおかしくないわよね?! 私悪く無いわよね?!
「お城の中が、大変ですね……なにか、手伝えることがあるでしょうか。他国の人間が働いては、逆に迷惑になってしまいますかね?」
「そ、そうですね……えっと、どなたかに聞いて来ます。一応、顔見知りの方もいらっしゃるので。」
「ありがとうございます。お役に立てるようでしたら、いくらでも働きますので。他の兵士たちも使ってやってください。」
「いえ、でも、ここはラカントではないですし、本来ギルバートさんたちの仕事ではありませんから。もし万が一なにか仕事を頼まれたとしても、ご無理はなさらないようにお願いしますね。」
「はい、分かりました。」
私は動揺しているというのに、ギルバートさんはいつも通りの笑顔だったのが、ちょっとだけうらめしかった。私ばっかり、ギルバートさんのことを意識しているみたいで。……いや、実際そうなんだけれど。
恋っていろんな感情が出てくるのね。ちょっと落ち着かないけど、嫌な気持ちではなかった。
* * *
「休暇、ですか…?」
私が首を傾げると、アイリス様はにっこり微笑まれた。
結局、私やギルバートさん、フィジーライルから来た兵士たちに仕事が割り振られることはなかった。私は元々ここで働いていたのだし、働く気満々だったのだけれど。不服そうなのがバレてしまったのか、侍女長にアイリス様のお世話の範囲なら、働いて構わないと許可を得たのもつかの間、何故かアイリス様から直々に休暇宣言を頂いた。
「えっと、何故、でしょうか?」
「だって、フィジーライルに来られる機会なんて、滅多にないでしょう? お城の中も落ち着いてきたことだし、せっかくの機会だから。家族にも、会っておきたくはない?」
「そ、れは……」
会いたくないと言えば、嘘になる。でも、私だけ、良いのだろうか。気が引けてしまう。
「カーネラ。」
アイリス様に呼ばれたので、私は顔を上げた。
「カーネラの今の職場は、ラカント王国の東の宮でしょう。向こうでは働き詰めだったのだし、ここで休んだってなにも問題無いはずよね?」
私が躊躇している理由なんて、アイリス様はお見通しだった。私は頷くと、頭を下げた。
「ありがとうございます。」
「ご両親によろしくお伝えしてね。ラカントに来るのを許可してくださったこと、本当に感謝しているの。私が直接お会いして、お礼を言えたらいいのだけれど……」
「それはなりませんアイリス様。うちの両親は、きっと腰を抜かしてしまいますもの!」
私とアイリス様は笑い合った。アイリス様は、私の側に来て、ぎゅっと手を握ってくださった。
「私は大丈夫だから、心配しないで、思い切り羽根を伸ばしてきてね。侍女たちも良くしてくれるし、ここではグレン様がいつも一緒に居てくださるし。」
「はい。」
むしろ、殿下がアイリス様に甘すぎて、殿下の威厳が損なわれないか心配だ。なんて思いつつも、アイリス様の夫となる人が、殿下で良かったと思っている。安心して、アイリス様を任せられるもの。
* * *
私に与えられた休暇は一週間。休まず馬で駆けていけば村へは一日あれば着くから、五日は向こうで過ごせることになる。手紙のやりとりをしていたからそこまで寂しいと思ってはいなかったけれど、やっぱり会えるとなると嬉しい。末の妹は、確か五歳になったはずだった。私の事、覚えているかしら。
「ジョゼフィーナ、私の村までよろしくね。皆馬が大好きだから、きっと貴女も歓迎してもらえるわ。」
私はジョゼフィーナの鼻筋を撫でた。殿下から許可がおりたので、村へはジョゼフィーナと一緒に行くことになったのだ。この期間に仲良くなれたから、一緒に行けて嬉しい。
「カーネラさん!」
さてそろそろ出発しようかと思っていたところ、聞こえてきたのはギルバートさんの声。どうしたのかと思って声のした方を振り返ると、なにか包みを持ったギルバートさんが駆けて来た。
「ギルバートさん、どうされたのですか?」
「あの、もし良かったらこれを。」
そう言いながら、ギルバートさんは包みを差し出した。
「サンドイッチです。その、お昼をどこかで買って食べると聞いて、なにか持って行けば、お店に寄る時間が節約できて、少しでも早くお家に着くのではないかと思って……勝手にすみません。いらなければ僕が後で食べるので、言ってください。」
もしかして、ギルバートさんの手作り…? 私の為に作ってくださったの? びっくりして、嬉しくて、一瞬声が出なかった。
「あ、ありがとうございます。嬉しいです、いただきます。」
「良かったです。包みの中に、ジョゼフィーナのおやつも入れておいたので、後であげてください。」
「なにからなにまで、ありがとうございます。私、今なにもお返しできるものがなくて……」
ジョゼフィーナに余計な負担をかけたくなくて、荷物は最小限に抑えていた。ギルバートさんにお礼ができるものなんて、なにも持っていない。
「えっ? 僕が差し上げたくて用意しただけですから、そんなの気にしないでください。」
ギルバートさんはいやいやと両手を胸の前で振っていた。それから、ふわりと笑顔をみせてくださった。
「カーネラさんが良い時間を過ごして、元気に戻ってきてくだされば僕は十分です。」
私は思わず、息を呑んだ。……この人、これが素なのよね? 私別に口説かれているわけではないものね? 天然の人たらしだ、きっと他の人にも優しいんだ、と思いつつも、私に向けてくださった言葉が嬉しいのも事実で。
ますます、好きになってしまう。
「本当に、ありがとうございます。じゃあ、元気に帰ってきますね。」
「はい、お気をつけて。」
休暇をいただいて里帰りするだけだし、忙しい皆を煩わせたくなくて見送りはいらないと言っていたけれど、私はギルバートさんに見送られて出発することになった。
しばらく駆けていって振り返ってみると、ギルバートさんは、まだ手を振ってくださっていた。……本当に、どこまで私を惚れさせれば済むのですか。




