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「私も一緒に行きます、連れて行ってください!!」


 必死でアイリス様を追いかけて、殿下の執務室についたら、聞こえてきた言葉。


 アイリス様が殿下から受け取った手紙になにが書いてあるか知らないから話がよく分からなかったけれど、どうやら殿下はアルメリア様を連れてフィジーライルに行かれるそう。それに、ついて行くと言って聞かないアイリス様。どうなるのかと思ってお二人のやりとりを聞いていたけれど、結局、折れたのは殿下だった。


* * *


「アイリス様、当然私もついて行ってよろしいのですよね?」


 殿下の部屋からの帰り道。後ろから声をかけると、アイリス様は肩を大きく揺らし、ゆっくりと振り返られた。


「だ……駄目って言っても、駄目よね?」


「はい。駄目だとおっしゃるなら、兵士に混ざってついて行きますから。」


「う……。」


「…………。」


「…………。」


「…………。」


「殿下に、言っておくわ……。」


 アイリス様の真似をしてみせたら、ついて行くことを承諾していただけた。無理を言っているのは分かっているけれど、アイリス様お一人、危険な場所に送るだなんて絶対できないもの。


「はい。馬には一人で乗れますし、足手まといにならないよう心掛けますとお伝えください。」


「うん……無理はしないでね?」


「アイリス様もですよ。」


「……うん、ありがとう。」


 こうして、私も一緒に行くことはできるようになったけれど、他の侍女の皆を説得するのは大変だった。


 次の日の朝食の時に、殿下とアイリス様が皆に伝えたんだけれど、阿鼻叫喚と言うか、なんて言うか。……阿鼻叫喚は言い過ぎかしら。


「どういうことですか!?」


「戦争が起こりかかっていただなんて、そんな危険なところに!?」


「アイリス様になにかあったらどうされるのですか!」


 こうなることは予想はしていたから、殿下もアイリス様も落ち着いて対応はしていたけれど、いつもより長い長い朝食の時間になりました、とだけ言っておきます。


 出発前、私は少しだけ時間をもらって、ギルバートさんに連れられて馬屋に向かっていた。


「カーネラさん、一人で乗馬できるんですね。かっこいいです。」


「は、はい。ありがとうございます。」


 どの馬に乗るか、あらかじめ決めておいた方が良いと殿下からお達しがあって、それなら実際に馬を見たいと言ったら、こうして連れて行ってもらえることになったというわけ。


「私の生まれた村は、主に馬を飼育して生計を立てていたので……幼いころから、馬と触れ合っていたんです。」


「そうだったんですね。それは、馬と仲良くなるのが早そうで羨ましいです。」


 馬飼の村出身だと言うと、身分が低いことが知られてしまうのであまり言ってこなかったけれど、思っていた通り、ギルバートさんはそんなことには触れなかった。


「でも、すぐに出発ですよね? 仲良くなれるか不安です。」


「きっと大丈夫ですよ。カーネラさんを乗せる馬はジョゼフィーナというんですけど、おとなしくていい子ですから。さあ、もう着きますよ。」


 ギルバートさんの言った通り、すぐに馬小屋に着いた。想像以上にたくさんの馬がいて、びっくりした。


「この子がジョゼフィーナです。触ってみますか?」


「触らせていただけるのなら、是非!」


 紹介されたのはジョゼフィーナは、茶色い馬で、毛の色だけ言うとよくいるような馬だけれど、まつ毛が長くて、とっても美人。首筋を撫でてみると気持ちよさそうに目を細めてくれたので、鼻筋も撫でてみた。……可愛い。


「ジョゼフィーナ、よろしくね。」


 鼻筋に顔を寄せると、ジョゼフィーナも寄ってきてくれた。馬と触れ合ったのは久しぶりだったけれど、仲良くなれそうで良かった。


* * *


「本当に、馴れておられるんですね。怯えること無く馬に触られる女性は初めて見ました。それに、カーネラさんの表情がとても優しくて、思わず見惚れてしまいました。」


「えっ」


 ギルバートさんは照れたように笑いながら、後頭部を掻いておられるけれど、わたしは衝撃が多きすぎて思わず足を止めてしまった。


「カーネラさん? ……その、引いてしまいましたか? 言わないほうが良かったですね、すみません。」


「いえ、ちが、えっと、あの……」


 慌てて距離を詰めて歩き始めると、ギルバートさんも歩き始めてくださった。落ち着け、落ち着け私と言い聞かせながら、深呼吸をした。


「面と向かって、見惚れただなんて言っていただけたのが初めてだったので、その、びっくりしてしまって。決して、嫌だったとかそういうことではなくて。」


「……カーネラさんが嫌な思いをされたのでなければ良かったです。」


 みるみる、顔が熱を持ってきたのが自分でも分かった。嬉しいのと、恥ずかしいのと、心が温かくなったのと。……皆には、良いお兄さんだなんて言ったけれど、こんなの、好きになってしまいそう、だ。……ギルバートさんはずるい。


「嫌な思いと言えば。」


「は、はい。」


「なるべく奥方の側を離れないようにして下さいね。奥方が殿下と二人で居る時は、カーネラさんは僕のところに来てくださったら良いですから。嫌な思いを、されないためにも。」


「え……っと…?」


 どうして、そんなことを言うのかしら? ギルバートさんの意図が分からなくて首をかしげたけれど、ギルバートさんはとても真剣な表情をされていた。


「殿下の奥方に対してよからぬことを考える輩は居ないと思いますけれど、カーネラさんは未婚で、こんなに綺麗な方ですから。男だらけのむさ苦しいところで何日も過ごしていると、なにがあるか分からないので……いえ、もちろん皆良い人ですよ、それは間違いないんですけども。」


 なんとなく、ギルバートさんの言いたいことが察せられたので、私はこくこくと頷いた。


「分かりました。とりあえず、自分の身は自分でしっかり守りつつ、なにかあればギルバートさんを頼れば良いんですよね?」


「うーんと……まあ、そうですね。遠慮せずに、頼ってきてください。」


「ありがとうございます。」


 なにかあればギルバートさんも力になってくださる。そう思うととても心強い。


 もうすぐ、出発の時間。……どうか、故郷が無事でありますように。そう思うと同時に、どうか無事に帰って来られますように、とも思っていて、私にとってラカントが帰る場所になっているんだと気付いた。

 アイリス様がいて、素敵な仲間がいて、ギルバートさんも、いてくださって。……なんだか、くすぐったい気持ち。


「馬での移動中も、僕のすぐ後ろをついてきてくださいね。」


「はい、分かりました。」


 帰ってきたら、ギルバートさんに対する自分の気持ちに、ちゃんと向き合ってみようと思った。

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