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一章 鬼のうわさ

 大声を上げてからはっと気づき、声を小さくする。

「合ってるけど、ちがうの。お姉様があんまりにも、恋和歌を送ってきて相手の気持ちをむげにあつかうから、だから、それで、怒ったの」

 お兄様に怒ったわけじゃないの。だから、お願い、嫌わないで。そこまで全部口に出さなかったけど、お兄様は表情を崩すことなく、怒った調子でもなく言ってくれた。

「琴子もしょっちゅう恋和歌を送られるから、困ってるだけなんじゃないか」

「困るなんて!」

 あたしはまた大声を上げかけて、自分の学習のなさに歯がみしながら、また小声でお兄様に話す。

「困るなんて、あんまりだわ。送る側は、嫌われたらどうしようってビクビクして、愛されたくて必死になって、()()()(ちゆう)で恋和歌を送るのよ。それを「困る」で読みもしないなんて、あんまりだわ……。あんまりよ……」

 あたしがお兄様に対して、いつも考えていることよ。

 嫌われないよう、愛されるよう、ずっとビクビクドキドキしてる。

 すごくつらいわ。

 なのに、困るなんて、困るなんて。

「おい」

 お兄様は大きな手を、あたしの頭にぽんとおいた。

 お兄様の手はごつごつしていて、刀を振るい続けた人独特のタコがある。あたし、お兄様の手が好き。

 今、泣きそうになっちゃってたのに、ホッとして涙が止まっちゃった。

「お前にもお前なりの考えがある。琴子もそれはわかっているだろう。いつか、お互いに自分の考えを話せる。俺にはわかる。だから、今はおさえておけ」

 お兄様は、全部お見通しってわけじゃない。お姉様には、あたしの考えで、わかっていない部分もある。

 お兄様のことをあたしが好きなのは、琴子もわかってる。なのに、あたしが恋心をむげにあつかうのにおこるのが、お姉様にはわからない。

 でも、お兄様にもう「ちがうの」って言いたくなくて、あたしは黙ってお兄様の手の、ぬくもりだけを感じるにとどめた。

「ちがうの」って言いたくない気持ちが、お姉様がわかってない部分だから。

 お兄様も黙って、しばらくあたしの頭をなでていたけど、そっと頭から手をはなして。

「おい菓子」

 と催促した。

 お兄様の手が名残惜しかったけど、あたしは()(づくえ)の上に置いておいた、和紙の包みをお兄様に渡す。

 お兄様は受け取った和紙の包みを開いて、中のお菓子を一つつまんで食べた。

「お兄様、立ったまま食べなくても……」

 思わず声をかけるが、お兄様は答えず、立ったままもう一つお菓子を食べて、やっと

「うまいな」

 と言った。

 どうやらお菓子に夢中になって、座るのを忘れてしまっていたらしい。

 かわいいいいいい!

 みんなから仏頂面だ、こわいって言われまくるお兄様だけど、お菓子に夢中になっているときは目が輝いて、まるで大きな犬みたいになるの。

「お兄様、かわいいいいい! 大好きーーーー!」

 もう、あたし、声にも出しちゃう。嫌われないかなってビクビクとか、わかってもらえないつらさとか、かわいいお兄様を前にしたらかき消されちゃう!

「こんな大男がかわいいわけあるか」

「お菓子、全部あげます!」

「ありがたい」

 かわいいと言われて一瞬眉をひそめたものの、お菓子を全部あげると聞いたとたんに顔がゆるむお兄様!

 かわいすぎてあたしの(ほお)、でれっでれにゆるんじゃってる!

 残ったお菓子を和紙で包み直して(たもと)にしまい、お兄様はあたしに問いかけた。

(ちか)(ごろ)、鬼のうわさを聞かないか?」

「鬼?」

 鬼とは、京に出没する異形(いぎよう)の化け物だ。(とつ)(じよ)街中にあらわれて、人を襲い、焼き殺すと言われている。

 あたしが鬼について知っているのは、一般知識までだ。

「特に何も聞かないけれど」

 そもそも、鬼についてのうわさって、ちょくちょく耳に入るものじゃなくない?

 あたしの答えを聞いて、お兄様は衣の袖の中で腕を組んだまま、それでもわずかに安心したように。

「ならいい。また菓子をたかりに来る」

 と、いつものそっけない口調で告げて帰って行った。

かわいい大男(羅生門破壊したて)。よきかな。毎週月・水・金の19時ごろ更新。本日は二回更新です。次回は8月1日です。

ブクマ、評価などありがとうございます! 今回もよろしくお願いいたします。

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