終章 天の原 ふりさけ見れば
一面の桜吹雪の中を、斎宮行列が歩いて行く。
十名ばかりの巫女が、帝に拝謁するために京に帰り、新たに任官する巫女を加えて、富勢の地に下っていく行列だ。
巫女はもちろん、供もすべて女。女ばかりの道行きである。
京から富勢への道のりは決まっていて、前の京の象徴たる三笠山の麓を、必ず通る。
斎宮行列のために、三笠山まではずっと、道のりに桜の木が植えられている。
つまりは、三笠山を通り過ぎたとき、巫女たちは完全に京や家族と別れるのだ。
さて、あたしが今いるのは、その三笠山の山頂。プラス元興お兄様に腕の中である。
いわゆる姫抱きの姿勢で、斎宮行列を見送っているのだ。
って、きゃーっ、言ってて恥ずかしいーっ、うれしーっ。
山のてっぺんなんて人っ子一人いないもん。二人っきりだもん。それでお姫様抱っこ、きゃーっ。
まあ、麓でお兄様が
「俺が抱えて上った方が早い」
って言い出して、例の抱えられたままの縦横斜めめちゃくちゃ振り回され全力ダッシュで頂上に着いて、まだあたしが半死半生なだけなんだけどね。
巫女を送り出す家は、お祝いの来客がどっさり訪れて、京を出るまで斎宮行列を見送る。
てなわけで、髪がバッサバサに短くて人前に出られないあたしは、見送りがもういない前の京まで、お姉様をお見送りに来たってわけよ。
ちな、昨日の夜あった祝宴に、茂伸様もお招きしたんだけど、あたしは自分の代理にって、鈴子に祝宴に出てもらってね。
後で鈴子が
「茂伸様があやまってこられたわ。君の恋和歌をもう一度送ってほしいって、お願いされちゃった」
ってメロメロな顔で言ってたのよ。我ながらグッジョブ。
って、ああ、斎宮行列が近づいてきた。遠くて顔まで見えないけど、すごくきれいなのはわかるわ。
桜吹雪の中、お姉様は楽しいことをするために、行かれるんだもの。
きっと、瞳をキラキラ輝かせてるわ。
「おい」
お兄様がそっと、あたしの耳元でささやく。
「わたしたのか」
あたしは、お兄様にうなずいた。
「次の恋和歌は、ちゃんとお兄様宛にするから」
お別れするとき、お姉様に、あたしがもう一度本気で作った恋和歌を渡したの。
『さびしくなったら開いてね』
って。
鈴子が恋和歌で波を生み出したのを思い出して、ひょっとしたら恋心以外の感情でも、恋和歌は作れるんじゃないかって思ったから。
恋和歌が恋文以外の用途で送られるなんて、誰も思いつきすらしてないけど。
恋文以外にも使えたら、きっといろいろ、素敵な使い方があるはず。
恋和歌を本気でやり始めたから、気づけちゃったんだよね。
さておき! 元興お兄様に恋和歌は、一生送り続けるけどね!
だってあたしたち、すぐに相手に嫌われちゃうんじゃないかって、ビビっちゃう二人なんだもん!
「白乃、先日は鬼が納得して、傷を癒やして消えたから、口に出したら台無しだと思って伝えなかった言葉があるのだが」
「え、何?」
いきなりあたしを、高く抱き上げ直して、お兄様がささやいてきた。
「自分をつまんない人間と言い切った時のお前は、太陽よりまぶしくかがやいて、きれいだった」
「ひえっ」
完全に想像してなかった言葉に、へんな声が出て返事ができない。
お兄様はお兄様で、ちょっと耳を赤くして、
「行列が通り過ぎるぞ」
なんて話をそらす。
二人でドギマギしたまま黙りこくって、行列が三笠山を越え、桜並木を通り過ぎるのを見送る。
見送った直後、あたしたちは思わず吹き出した。
「お姉様ったら、もうさびしくなっちゃったの」
巨大なまぼろしが、山をおおいつくすようにあらわれたから。
九年前のお月見の夜。
お酒を飲み過ぎたお父様から、杯を取り上げるお母様。
しかたなさそうな顔で、こぼれたお酒を布でぬぐう乳母。
そして、お月見団子を頬張る、五歳のあたしと、十歳のお兄様とお姉様。
あたしたちの、大事な思い出がいつでも見られるように、恋和歌にしてお姉様に渡したの。
和歌は
天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも
歌人は阿倍仲麻呂
こんなカンジの意味をこめた恋和歌よ。
あたしたちずっと、同じ月を見てるからね!
了
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