序章 羅生門破壊
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「俺は怒られるのだろうか」
太刀を鞘に収め、狩衣の袖の中で腕を組んで、身の丈六尺の大男は無表情に言った。
大男は美青年である。目元は涼しく切れ長で、りりしいなかにもどこか艶がある。十九歳の若者である。
「怒られるだろうか」
大男が同じ言葉を二度口に出したので、ようやく俺は、コイツが自分に対して質問しているのだと気づいた。
目の前の惨状を見て、ついでに自分が座っている木材が、かつて何であったかを考えて、俺は半目になって応えた。
「そうだな……。お前が五歳児だったとしても、尻を百叩きはされただろうな」
「十九歳ではもっと怒られるか」
「怒られるに決まってんだろうが! お前、何ぶっ壊したかわかってんのか!? 羅生門だぞ羅生門! こいつがなくなったら、京と京の外はどうやってわけられる!? どうやってわけられるんだ言ってみろああん!?」
寝ぼけた質問を本気でしくさる大男――手向山元興。絶望的な話だが、俺の太刀衆としての後輩である――にブチギレ、俺は大男の狩衣の胸ぐらを掴んで揺さぶって怒鳴る。
元興はいつも通りの無表情を、まるきり崩さずに言った。
「そこまで正確な京の境界線がわからずとも、なんとなくわかれば困らないように思う」
「ごもっともだなあンな話してねえ! てめえが国家の一大建造物をぶっ壊した件だよ! いままさにそこにある、いや、あった、今は残骸の羅生門だよ!」
かつては絢爛豪華だったと聞くが、今はいわゆる京の隅っこの象徴、ボロボロになり、盗人が根城にし、あげくに鬼が出没した、あわれな羅生門であったが。
ぺっちゃんこに倒壊してしまうと、ボロでもなんでもあった方がマシだと思い知るものだ。
主に、コイツがぶっ壊すのをなぜ止めなかったと、連座で怒られる俺のために、羅生門は健在であってほしかった。
建設当時は国家一の職人たちが、技術を結集させた羅生門が、今は木材、いや廃材と化している。
砂埃が舞う京の南端は、廃材――俺が座っているのもかつて羅生門だった廃材である――に恐れを成して、盗人すら逃げだし、人っ子一人いない。
太陽だけが高く、明るく、正午だと二月の京を照らしていた。
荒廃した景色を見て、元興は納得したようだった。
「そうか……。やはり怒られるか……」
無表情のまま、口元に手を当てて思案する元興に、俺はケッといらだちをぶつけた。
ケッが聞こえていなかったかのように、元興は無表情のまま、なお言う。
「なんとか陰陽頭様にバレないようには……」
「できるかあ!」
国家の一大建造物を部下がぶっ壊して、知らないでいてくれる管理職などいない。いたらそんな組織をぶっ壊した方がいい。
そもそもコイツのことだ。陰陽頭の叱責に、そこまで本気で怯えているわけではなかろう。
しでかした結果に下されるであろう、なんらかの懲罰が「少しめんどうだから避けられないだろうか……」ぐらいの気持ちに決まっている。長い同僚生活でわかる。
「夕方にには絶対に、陰陽頭に呼び出しを食らうぞ。ド叱られるぞ! いいか。覚えとけ。全部お前のせいだかんな!」
自分を何度も指さしながら、一緒に呼び出される俺を上から見て(背が高すぎるんだ、コイツは)、元興は思案した結論を口にした。
「怒られる前に、乳兄弟の家に行ってくる」
「乳兄弟の家……って、てめえふざけんなよ!」
俺は再度元興の胸倉をつかみ、三度目にブチギレた。
「乳兄弟って春日野琴子か! てめえ! 怒られる前に京で一番の美女とイイコトしようってか! 殺すぞ、おま、マジぶっ殺すぞ!」
胸ぐらをがっくんがっくんゆさぶる俺に、元興は無表情のまま言い切った。
「ちがう。怒られる前に、菓子をたかりに行く」
主人公不在の第一回、お楽しみいただけましたでしょうか?
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