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私は、あなたの闘姫  作者: まるみふみ
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永い別れ

 まだ、春浅いイェシカは花々の咲き乱れる季節へ向かって、例年ならば、多くの国民の心も期待に浮き立つ頃だったが、国王ウオレヴィの悪疾が公式に発表された事もあり、人心も、うす曇りの空同様の状態にあった。

 王都テューネの王城では、さらに様相は暗く、今日明日にも国王崩御の声を聞くことが、既に周知されていた。

 

 クリスティーナは外交のため向いていた隣国で、父王の様態悪化の知らせを受け、その日やっと危篤の枕に駆けもどれた。

 居室に案内されて入ると、病身を気遣い、小さな灯明に照らされて、半月前に見た姿の半分にもなってしまったかと思うほど、痩せた王が目に飛び込んできて、喪失の予感が彼女の心を締め付けた。だが彼の闘神が、まだ付き添っているのに気付き、一先ず悲しみは先送りした。

「クリスが帰ってきたよ」

 闘神が、耳元近くで声をかけると、閉じていた瞼を重たげに開けて、彼女の姿を捉えた。

「クリス…おかえり」

「お父様、帰りが遅れて申し訳ございません」

 駆け寄り手を取るが、握り返す力もない父に、涙を見せまいとクリスティーナは腹に精一杯力を入れ、微笑みを作る。

「会談の首尾は上々ですのよ。来年には私に素敵なドレスを作ってくださいませね」

 意識も朦朧としているのか、最初何の事だか分らなかった王だが、ひと時力を取り戻し、破顔した。

「そうか、クリスおめでとう」

「ありがとうございます、お父様」

「おめでとう」

 闘神も祝福をくれた。クリスティーナの物心がついた頃から、全く変わらず、凛々しい少年の姿の彼。クリスティーナが兄のように慕わしく思う彼も、もうすぐ父と共に彼女から奪われてしまう。

「ありがとうございます…」

 こらえた涙で視界が霞むのも惜しい。やっと同等に話のできる歳になって、もっと聞きたいことがあったように思うが、もはやそれは叶わない。

「アキラ様本当に、ありがとうございます」

 万感の思いを込めて礼を述べる。

「こちらこそ、クリス」

 彼は正確に礼の意味を理解してくれたようだ。

「シーグル、ウオレヴィが扉を開けるようだ」

 闘神は後ろに控えていた次期国王に声をかけると、自分のいた場所に彼を引き寄せた。最期は娘と息子に両の手を渡す気なのだ。

「シーグル、俺の息子をよろしくな」

 闘神の言葉に、頷きかえす兄のやりとりを見て、終わりではない、また新たな歴史が廻り始めるのだと思い、悲しみの中にも、こうやってこの部屋の灯明のように希望があるのは、本当にありがたいことだと感じた。

 それから、半時もしないうちに、父王の魂はその身を離れた。

 闘神を元の世界へ還すといわれる、扉を開けたのだろうか。 

 彼の闘神は、最後の息の後、夢のようにあっけなく、掻き消えてしまった。 

 

 イェシカは一時、王と闘神を失い、悲しみに身を浸したが、通例通り、1月後の新王の誕生、そしてほぼ同時に行われる闘神召喚に向けて、徐々に活気を取り戻していった。

 クリスティーナも城内の細々とした取り仕切りを任され、忙殺されていた。

 だから、気付けなかった。

 いや、気付けていたとしても、彼女にはどうしようもなかっただろう。

 兄シーグルは父王の崩御からわずか1月で、彼の闘神を向かえる間もなく、病に捉えられ、連れ去られてしまった。


 これには国内が騒然とした。国王に息子は1人しかいなかったからだ。

 だが、王位継承権のある男子が、王の弟と、その息子と、2人いたため、なんとかイェシカ王国は確実に闘神を呼べる血族を失わずにすんだ。

 

 はずだった。

 

 後に語り草になるイェシカの悲劇は、この2人の命も容赦なく奪ったのだ。

 領地から、王都に駆けつける途中、馬車が雪解け水で荒れた河に転落し、2人を岸に引き上げたときには、もう息はなかった。 


 この事故から、気丈にも王族として、己を取り戻したクリスティーナは、呆然とする臣民に、仮の王として自分が女王になり、遠縁の男子を自分の養子とし、血族が闘神を呼べる期限内に、国王の座を譲ると下知した。

 臣下に反対する者もいたが、他国でもこの方法は前例があり、長くクリスティーナの血族が治めてきただけあって、起こりうる変化のなかでは、最善と思われる方法に、大方が賛成し、クリスティーナは、イェシカでは初の女王となった。

 王位を継いでも、晴れがましさもなにもない。空虚さと義務感のみが、彼女の為に誂えられた小さな王冠に圧し掛かっているようだった。

暗いパートがまだ続きます。女の子2人のパートまでもうちょっと我慢してお付き合いください。

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