パーシヴァルの告白
冴え冴えと美しい星空を仰向けに横たわったままアスランの闘神、パーシヴァルは見続けていた。
敗走した自軍を追ってアスラン側に攻め入ったイェシカ軍がまだが戻らないという事は、おそらく戦争状は継続されているのだろう。こちらの目論見があっけなく潰えた今、それはアスランにとってよい兆候ではない。だがおそらく、そう時間を置かず、同じように考える王子の死によって、いや、うまくすれば軍議による降伏がされるはずだ。
イェシカの闘神茉莉によって四肢を断たれ放置された頃はまだ、陽光の恩恵で横たわる大地に温もりがあったが、深夜の今は常人であれば命の危険もある程の冷え込みだ。
アスランより山脈を隔てて南に位置するイェシカでさえこの気温、自分が50年護り続けてきたアスランの首都にいる王の床が夜寒くない事祈りつつ、せめて再生までの時間を今は心静かに過ごそうと、胸に去来する後悔や、悔恨の念を追い払い、星のまたたきに心寄せていた闘神の願いは、思いもしない訪問者によって簡単に打ち砕かれた。
「ええぇー? 本当にただ放置なの? 見張りの人とかいないの?」
「ええ、それが決まりですから」
「それにしても、地べたに置き去りとか…せめて枕でも…」
「……確かにおいたわしい姿ですが、敗戦の闘神にはどのような情けも毒ですから…」
やいのやいのと、場に似つかわしくない華やかな気配にパーシヴァルはギョっとした。
敗れた闘神に手出しするのは消して許されない行為だ。だから敵も味方も伏した闘神の傍には近づかない。その禁忌を恐れもせず今パーシヴァルを訪問したのは、自分を倒した闘神とその女王だった。
「こんばんは!パーシヴァルさん」
「パーシヴァル様、非礼とは思いましたが、どうしても気になる事を我が闘神から聞きましたので、回復中の所申し訳ありませんが、お話を伺いに来ましたの」
「ネタバレしたのはパーシヴァルさんなんだから、責任とってくれないとね」
敵対する国の闘神に対して、あまりにも心安い雰囲気の2人にパーシヴァルは完全に毒気を抜かれてしまった。
「クリスティナ様…お久しぶりです」
「あらあら、お昼にお会いしたばかりですよ」
女王はパーシヴァルの枕元(枕はないが)に座り、まだ起き上がれない闘神の顔を覗き込むようにして柔らかく笑った。
「パーシヴァル様、この戦、理が我が方にあるというのなら、イェシカにも賢明で名の知れたアスランの王子が何故このような暴挙に出なくてはならなかったのか、とくとお聞かせ下さい、アスラン王の命でないのなら、これはそちらの内乱とし、こちらにパーシヴァル様が全ての情報をお話くだされば、アスランとの友好関係は継続中と判断したいと思います。
そしてここからがパーシヴァル様が最もお気にされる所かと思いますが、この訪問はあくまで非公式とし、内乱の理由は、後々首謀者、もしくは関係者から聞き出せた限りの事しか外には漏らさないとお約束します」
「……それはまた、アスランに都合の良い話ですね……」
「こちらの損害が思いの他少ないからこそ言える事です。もちろん我が国民である一平卒の命とて軽んじるつもりはありません。死者が出ている以上、それなりの責任をアスラン王にも負っていただくつもりです」
柔らかな声音ながら、国を背負う者として、揺るぎない姿勢を示すクリスティーナに、パーシヴァルはどこまで真実を話すべきか判断が出来ないでいた。
どのみち王子とパーシヴァルもこの戦を王と国民のせいにはするつもりはなかったが、開戦当初から、敗戦のシナリオが存在し、イェシカにはかなり重い責任追及を望んていた。そして、それこそがアスランの生き残る道と判断したのだ。どの道イェシカ侵攻が成功しなかったのだから、それはもう望めない。ただ、最低限得たかった『国王の命もなく他国に戦いを挑んだ王子と王族』の称号だけは女王に告白せずとも手に入る。だったら、パーシヴァルはもう語るべき事は何もない。
「昼間マリさんに話した事が全てですよ。
王子の独断による開戦、その行為に賛同した王族と闘神、全ての咎はその者達が負います。
国王は病身で、あと僅かの命、どうか温情を持って、静かに旅立ちの日を迎える事をお許しください」
「そうですか…王族方には、次代の王になれないなんらかの理由がおありなのですね」
パーシヴァルの答えを聞いたクリスティーナは納得したように呟いた。
「えええ?なんで?王子なんでしょう?クリスティーナも大絶賛の人なんでしょう?」
「そうですね、マリ様、でも、パーシヴァル様の今のお話ですと、国内、国外に『王子と王族は次の闘神を呼べません。何故なら、国王に内緒で進軍しちゃったから』という理由の為だけに喧嘩をふっかけたとしか思えませんからね」
「はあ?なにそれ」
「恐らく、この戦争以前に、何かしらの禁忌を犯して王になるべき資格を失ったと見るべきでしょう。ただ、気になるのはそのためにイェシカを選んだ理由です。仮にも長く友好国だった我が国よりも、恨み骨髄のファーナムに攻め入る方を選ぶのが道理でしょう……パーシヴァル様はまだまだ隠し事がおありですね?」
そう言って瞳を覗き込んでくる女王の洞察力に、パーシヴァルは背筋の寒くなる思いがした。
「すごい、クリスティーナ!どうしてそんな事までわかるの?」
一方闘神の方は闘いの時とは打って変わった鷹揚な雰囲気だ。この2人は尋問官として強面と懐柔者の役目を自然と分け合って行っているようだ。
女王と闘神の絶妙な関係に、ふと、自分はどうだったろうかと、病身の王とのこの50年の歴史を思い返したパーシヴァルは、遠く離れた今こそ、その王のパートナーとして、大事な場面にある事を痛感した。
今まで政治的な事は王と王子が行うべきものと考えていたので、異世界からの召喚者として分を弁え、国の政治には積極的には口出しした事はなかった。
だが、パーシヴァルは第二の祖国アスランに対して、自分は所詮異邦人との思いはなかった。常に為政者であるパートナーの政務を見守り、つぶさに記憶に残す事のみをしてきた。
しかし、今、もしかすると自分の判断ひとつで、アスランの未来を変える事が可能なのだとすれば、50年アスランの政治的判断を全て記憶してきた自分が、ここでただ口を噤むべきでないと自分自身、いや、召喚されてからずっと側にいた王の記憶がそう言っている気がした。
「ファーナムに恨みが深いからこそですよ…クリスティーナ様、私共はイェシカを長きに渡る友好関係から、最後の希望を託す国として選んだのです」
「パーシヴァル様、ご決断されたのですね?
これ以上の駆け引きは、お互いに時間的制約がある今、望む所ではありません。
真実こそ、今私達に最良の未来をもたらすものです。
我らの他、誰もいません。どうか、真実を…」
厳しい中にも慈愛の感じられるクリスティーナからの言葉の呼び水に、パーシヴァルは誘われるようにアスランの苦渋の決断を語るべく、口を開いた……。




