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私は、あなたの闘姫  作者: まるみふみ
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あなたを護る

 イェシカの王城から南に位置する闘神神殿の神官には、魔法の素養がある者が多い。

 魔法使いが職を得ようとする場合、大抵は個人で魔法を用て諸問題に当たる、魔法の便利屋を開く事が多い。

 魔法といっても、闘神のように、無尽蔵に魔法力を持っているものなどいないし、その力も無から有を生めるほどのものではない。なので、せいぜいが町の便利屋どまりの仕事しかない。

 しかし、中には魔法力に優れた者もいて、そういった者の多くは商業的に成功した実力者や領主、王族などに直接雇われるか、闘神神殿で役職を得る事を希望する。

 大口の後ろ盾を得れば、闘神神殿の一般職の神官より、遥かに金は得られる上に団生活に必要な上下関係も薄く、実力さえあれば、最初から高収入が得られる。だが、表立って言えない仕事に就かされる事も多いため、どちらを選ぶかは、その魔法使いの性格と、ポストの空き具合や適正によるのだ。

 闘神神殿の魔法使い達は、魔法力を持たない神官達と同じく、多くの制約の元に働いている。与えられる給与に類する物も他の公僕と変わりない。それでも多くの魔法使いが闘神神殿の門を叩くのにはそれなにに訳がある。

 広く国民に闘神の偉功を広め、闘神に関する記録の整理・管理や、現役闘神の教育、その武具・武器の調達、生活のサポートなどを受け持つ闘神神殿は、他国の間者や不心得者が入り込まないよう、厳しい身元調査や適正試験の後神官となるので、闘神神殿の神官といえば、人品卑しからぬ者と保障されたようなものだ。

 どのような仕事に誇りを持とうと、それは個人の基準に過ぎないが、闘神神殿の神官達は皆、その仕事に少なからぬ自負を感じている。

 そんな神官達の集団の中でも、特に魔法力に優れたものが就く仕事の一つに、神刀鍛冶職がある。文字通り、闘神の刀を造る仕事だ。

 日頃は茉莉が闘神祭で振った神刀のメンテナンス位しかする事がないので、他の武具や、装身具の製作を手伝うが、いざ神刀の発注があれば、心血注いで一流の鍛冶職人と魔法使いによって奇跡のように強く美しい武器を造り上げる。ただ、闘神も初戦が済むまでは自分にあった武器など造りようもないので、イェシカの神刀の炉に火は入っていなかった。昨日までは……。

 

 茉莉はクリスティーナのいるこの世界に来て1年目を迎えた。

 だが、そろそろ友好国から来るはずの初戦の申し込みが、無い。

 こういう事は、通例として、新闘神を迎えた側から請求するものではなので、クリスティーナや国の重鎮達としても、待つしかないという状態だった。

 1月過ぎ、2月過ぎする内に、各国に送られている大使などからそれとなく入ってくる情報によると、多くの友好国の国民に、少女闘神との試合が体裁が悪い事として捉えられているというのだ。

 もちろんファーナムの闘神がそうだったように、闘神同士には男女の差など大きな問題ではないのだが、その特殊な精神構造を理解していない一般国民からしてみれば、少女闘神に、自国の闘神様が刃を向けるのは、そのまま町の女の子に手を上げるのと同じ現象のように捉えられているというのだ。

 これにはイェシカも困ってしまった。

 もちろん水面下で、そんな国民感情に構わず、申し込みをして欲しい旨を試合可能な友好国にお願いしたい所だが、積極的にその行動に出るのは国主であるクリスティーナには憚られた。

 なぜなら、茉莉が実際は初戦済みだから。

 もしかすると、こちらから経験が無いうちの闘神を鍛えてくださいと、初戦の申し込みをしておきながら、その少女闘神が相手を負かしてしまう可能性があるのだ。報告で聞いた諸外国の国民感情を鑑みるに、そうなると、相手側に恥をかかせる事になる。

 闘神戦でわざと負ける事も出来るが、ぎりぎりで負けるなど、激しい闘神戦では不可能なので、闘いをある意味放棄することになり、茉莉の経験値は上がらないので闘う意味もない。

 

「私は、初戦はあきらめようと思う」

 茉莉は初戦に悩む国の首脳陣の前で宣言した。

「だから、もう初戦は闘ったものとして、護りの準備を始めたいんだけど、いいかな?」

 初戦を戦わずに、実戦を迎えれば負けは確定と知る多くの者が動揺を隠せず、抗議の声を上げたが、クリスティーナは茉莉の意見に賛同し、

「皆には黙っていましたが、実はマリ様は、元の世界では格闘技の神童と言われた方なのです。

 今までもイェシカの闘神様方は、それなりに武術を学びこちらに来られていたでしょう?」

 もちろんこれは大嘘だ。確かに祖父・父・双子の兄大輔は剣道をそれなりに嗜んでいる。もちろんイェシカのために多少は武術の心得をという事だろうが、闘神同士の実戦を知る茉莉からすれば、そんなものは神刀を構えた時にちょっと様になる程度の効果があるとしか思えないのだ…。

「マリ様は、アキラ様など、足元にも及ばぬ程の猛者なのです!」

 この初戦放棄の報告をするために茉莉とクリスティーナは、前夜例によって、女王の寝室でブリーフィング済みなのだ。

「そうなの!だから初戦の事は気にしないで欲しいの!」

 茉莉は棒読みにならないよう細心の注意を払いながら、この国を護る仲間たちを説得した。

「とは申しましても、初戦を申し込まれたら、いつでも受けたいので、この事は内密にしつつ、国の防衛計画は初戦後の体制へ移行します」

 これで、茉莉とクリスティーナは先日来の不穏な動きに対して、堂々と、しかし国外へは内密に国固めを始める事ができる。

 その手始めに茉莉が使いやすい戦時戦闘用の神刀を造ることになったのだ。

 

 神官長の依頼で、炉に火を入れた事も目くらましの魔法で隠してのひっそりとした作業だったが、神刀専門の鍛冶神官と魔法神官は新しい神刀の製作に意欲的だった。

 魔法神官は茉莉の祖父の代も知っている程の長老で、何本も闘神と相談の上改良しながら神刀を造っていたが、今回のような依頼は初めてだった。

 茉莉は初戦も済んでいないはずなのに、実戦を経験した先代と同じように闘神として自分の力を知っている者だけが出来る注文をしてくるのだ。

 しかも、茉莉注文の神刀は先代のものとも、先々代のものとも全く様子の違うものだったのだ。

 新しい挑戦は人の心を湧き立たせる力があるのか、久しぶりの仕事に腕がなるのか、1月後仕上がった神刀の素晴らしい出来に闘神は大満足だった。

 両の手で自分の手に合わせて造られた美しい武器を持つと、花園で闘った時の感覚が蘇り、茉莉の身の内から抑えがたい闘気が湧き上がる。

 その場に居合わせた魔法使い達は、そのオーラを感じて、自国の闘神の強さを初めて意識した。

 所詮少女と、どこかであなどる市井の噂など、全くの杞憂に過ぎないと知った。この少女闘神の身の内から溢れる力は人知に推し量れるモノではない。まさに神の力だと。


「マリ様、それが新しい神刀ですのね」

 出来たてほやほやの武器を闘神神殿から持ち帰った茉莉は、早速女王の部屋でそれを披露した。

「どうかな?強そう?」

「ええ、儀式用の物とは比べ物になりませんね。マリ様の一部のようです」

 そう言いつつもクリスティーナの顔色はさえない。

「ん?何かまた悪い知らせでも来たの?」

 その質問にクリスティーナは首を振り、

「いいえ、ただ…」

 それきり言いよどむので茉莉も気になってしまう。そんな茉莉に気付き、クリスティーナは心を決めたように言葉を続けた。

「ただ、その刀を振わせないのが私の本当の仕事です……マリ様の血も、どこの国の闘神様の血も流させないのが!

 私の闘いはどうやらもう始まったようです。どうかこの闘いに勝利出来ますよう、私をお護り下さい」

 いつも以上に強い光をたたえたクリスティーナの瞳に自分を見ながら、茉莉は正しくその願いを理解した。

「うん、護るよ。

 どんなに辛い時でも、もうクリスティーナは一人じゃない。

 私がついてるよ、大事な決断も、したくない命令を出す時も、私と一緒だよ」

 私があなたを護るよ。

 思いを込めて、茉莉はそっとクリスティーナを抱きしめた。

 去年はほぼ同じ位の身長だったけれど、少し茉莉より背が高くなった、花開くように美しくなった、去年より、ずっとずっと好きになった、この世で唯一人の自分の女王を、優しく、優しく、抱きしめた。

 

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