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私は、あなたの闘姫  作者: まるみふみ
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一番大事な人

 茉莉がパワースポット巡りに明け暮れる中、イェシカは一年で一番暑い季節を迎えていた。

 真夏のイェシカはそれなりに暑かったが、湿気がない分、茉莉には日本の夏よりは随分過ごしやすいと感じられた。

 人はあまりに暑かったり、寒かったりすると、運動能力が著しく低下するものだ。

 イェシカでもその頃の対策として、夏と冬の一時期、学校は長期の休みを向かえ、国の直轄機関は支障ないよう、順次1週間程の休みをとる事になっている。

 国王もその恩恵にあずかるのだが、クリスティーナは戴冠1年目ということもあり、謁見のスケジュールがたて込み、なかなか休みが取れないでいた。

 

「クリスティーナの夏休みってないのかな…」

 女王の私室で甘い瓜を夜食に、あれやこれや話していた茉莉だったが、明日も明後日も埋まっているクリスティーナのスケジュールを聞いて呆れていた。

「まだ女王になって間もないものですから、面会申し込みが絶えません…私の戴冠の知らせを聴いて、急ぎ駆けつけてくれた遠方からの大使も多いのです」

 こちらの世界では闘神でもないかぎり、一番早い遠方への旅行手段は船、または陸路を馬で駆ける、しかない。イェシカで取れる作物や、鉱物、工業製品等を買い求める国は近隣諸国のみではない。遥か海を渡り、山を越え、危険を冒しての商品のやり取りを国同士も援助している。そんな友好国から、命の危険にさらされながら国を訪れた使者に冷たくできるクリスティーナではなかった。

「それで病気になったらどうするの。週1は休まないと!」

 かぶがぶ半月型に切り取った瓜を食みながら茉莉が不満を漏らす。

「大丈夫です。半休はけっこうあるんですよ」

「そんなの休みじゃないもん。一日中公務を忘れてリフレッシュできるのが休みだもん」

「休みが取れても、茉莉様はお仕事でいつもいらっしゃらないんですから、つまりません」

 ここの所、国境を回り終えた茉莉が、一本道や迷いようの無い街道沿いの、リリーの道案内抜きでも行ける所を夜も回っている事がクリスティーナはちょっと不満だった。

「そりゃあ、私だってクリスティーナとできるだけ一緒にいたいけど、お父さんの時より予定が押し気味で…」

 ルートが違うとはいえ、先代闘神の父、亮より消化スタンプ数が少ないのが気になっているのだ。

 あの暢気者の父に負けるなんて、どうも面白くない。それに、危険箇所が国境沿いだけとは限らないのだ。パワースポット開通は早ければ早いほどいいように思える。

「私もお供できればいいのですが、街道を抱えて走ってもらうのはちょっと目立ちますよね…」

 闘神祭の大ジャンプを思い出すクリスティーナだった。

 

 クリスティーナと夏休みについて語ってから数日後、茉莉はあるパワースポットに辿りついた所で、強烈に郷愁をそそられた。

 町中にあるパワースポットでそれ自体もわりとよく見る形のものだし、町並みもイェシカの標準的なもで、行きかう人々の容姿や、服装も特別変な所はない。

 茉莉に強烈に訴えかけるもの、それは臭いだった。それに気付いてから、解決は早かった。

 リリーを伴っていたので確認すると、頷いて思った通りの解説をしてくれた。

 よくよく細部を見てみれば、その町の様子は、日本のまさにそれと似通っていた。茉莉は瞳を輝かせ、リリーにこの町の名物を利用する時のマナーや常識を聞くと、早速使ってみた。

「最高だね!リリーちゃん」

「そうですね、噂には聞いていましたが、なかなかいいものですね~今度のお休みはここに来ようかしら…」

「その時は言ってね、私もまた来たーい!」

「パワースポットも近いし、お願いしちゃおうかしら~」

 そんな会話をしながら、時間ギリギリまで町の施設を堪能した茉莉とリリーだった。


 当然その夜、その町について報告しようとした茉莉だったが、クリスティーナに緊急の謁見が入り、その日は夕食を共にできなかった。

 明けての朝食の席で、一晩あの町の事をクリスティーナにどう話そうか考えていて、妙案を思いついたので、言いたい気持ちが先行してしまい、

「ねえ、クリスティーナ、今晩一緒にお風呂に入らない!?」

 と最後に言うべき事を最初に言ってしまった。

 この発言に侍女の1人がお盆を落とし、ぐわんぐわんとその足元で音を響かせた。

 侍女長さんにいたっては、なにやらカクカクした動きで茉莉に近付きつつあり、

 クリスティーナは耳まで赤くなっていた。

 赤くなったクリスティーナは桃みたいで可愛いなーと思いつつ、今の話では意味不明だったかなと反省し、順を追って説明した。


 その日の宵、茉莉は再び昨日訪れた町に降り立った。

 昨日次回のためにチェックしておいた通り、町は夜も施設を運営していた。

 町中にその施設はあるので、昨日は時間の関係で入れなかった施設に連れと共に行くことにした。

「なかなか興味深い臭いですね」

「すぐ馴れちゃうから平気だよ」

 茉莉は休みの取れないクリスティーナにひと時の安らぎを!とこの町に伴ったのだ。

「マリ様はこれがお好きなんですよね。最初の夜も叫んでらしたし」

 今は市井に繰り出すため、クリスティーナは町娘の格好をしている。

 いつもは靴の先が見えるか見えないかというゾロっとしたドレスを着ている事が多いので、とても新鮮だ。

 可愛い膝小僧がちらりと見えたり、見えなかったりする可憐な姿に茉莉は、自分は世界で一番幸福な闘神に違いないと確信した。

「あの時はもう、お風呂につかる事しか考えてなかったからねー」

 初めてこの世界に呼ばれた時、茉莉はあちらで温泉めぐりの真っ最中だったのだ。それが突然見知らぬ場所、見知らぬ少女に驚かされ、大パニックだった。「温泉は?」と言う茉莉に「温泉はわが国にもあります!」とクリスティーナが応えたのは、もう随分昔のような気もする。

 2人がそぞろ歩く夜道は、若い娘だけでも安全に歩けるほど明るく、人通りがあった。

 イェシカ南東の町、ヴィルヘルムは町営全ての浴場が、源泉かけ流しの温泉なのが自慢の湯治の町だ。

 今朝クリスティーナに夕食後、一緒に来ようと約束しておいたのだ。

 温泉施設の他にも、いたる所に井戸のようなものがあり、そこから夏でも水蒸気が上がっている。スノコのかけられた上に、野菜などが並んでいる。温泉の蒸気を利用して料理するらしい。卵も見えたので、城の皆にお土産に買って帰ろうと話し合う。

 最初、侍女長と他の侍女達も絶対について来ると言い張っていたが、

「闘神様が一緒にいらっしゃれば、私に何の危険があるというのですか」

 とクリスティーナが断ってくれた。大勢で来るのもいいけれど、せっかく女王様をお休みさせたくて誘ったのだからと茉莉もうなずくので、それ以上言っても無理と思ったのか、湯治の準備だけしてくれた。

 出掛けに、侍女長さんが、「私はマリ様を信じておりますよ!」と熱く訴えてきたので、大丈夫、絶対に女王様から離れませんからと真剣に頷き返したら、とても微妙な顔をされたのが不思議と言えば不思議だったが…。


 町営の施設なので、茉莉の手持ちのお小遣いで十分利用できた。

 クリスティーナは実際に銅貨のような小さな単位のお金が使われているのを見るのは、はじめてだったらしく、番台にあたる温泉の受付で茉莉の手元をじっと見ていた。

 脱衣籠を受け取って、更衣室に入ると、すでにそこは暖かな湿気で充満していた。

 サクサク服を脱ぐ茉莉を見て、クリスティーナがもじもじしているので、もしかして、自分ではできないのかと思い、

「クリスティーナ、はい、ばんざーい、して?」

 と万歳のジェスチャーでクリスティーナの二の腕を上げさせ、服を脱がせようとしたら、裾をたくしあげる茉莉の手から慌てて逃れた。

「自分でできますっ!テントでご覧になったでしょう!?」

 確かにテントでは自分の世話は自分でしていたような気もする。

「そうだったような?じゃあ、自分でできるね」

 茉莉はさっさと全部脱いでタオルを頭に巻き、手桶と石鹸の準備をする。

 ふりかえると、クリスティーナはまだもそもそと上着を脱いでいる。

「あの、そのようにじっと見られますと脱ぎにくいです」

 仁王立ちに近い姿で待つ茉莉に、クリスティーナはチラと目をやるとすぐ背ける。

「あい、じゃあ、後ろ向いてるね」

 先に浴場に行ってもいいが、侍女長さんとの約束もあるので、目の届かない所にはいけない。

 一方クリスティーナはものすごい誤算に息も絶え絶えだった。

『そうでしたわ!温泉はお風呂!お風呂は裸で入るものですものね、大丈夫普通の事です、マリ様を……見てしまっても何も疚しいことはないのですわ!』

 クリスティーナの顔はお風呂に入る前からユデダコのようになっていた。

 癒されに来たはずが、あまりの状況にクリスティーナはなぜか脱衣所ですでに体力を奪われていた。

 その後、背中の流し合い、湯船でおしゃべり、ちょっと涼んで、また湯船、と昨日同様、茉莉は温泉を楽しんだ。

 クリスティーナも最初何故かぎこちなかったものの、後半は温泉効果と他愛ない内容の茉莉との会話でリラックスできたようで茉莉も安堵した。

 

 夜遅く帰ってきた茉莉とクリスティーナに、侍女長はちょっとお小言をくれたが、湯上りにはこれ、とレモネードを用意してくれていた。

 温泉卵では日持ちしないので、選びなおした湯の花をお土産に渡すと、「あらめずらしい」と喜んでくれたので遊び呆けていた二人は一安心する。

 こうして二人のちょっとしたお休みは無事終わった。

「マリ様、我が国の温泉はいかがでしたか?」

 それぞれの部屋に帰る途中、クリスティーナがそう聞いてくるので、

「すごくよかったよー湯船も大きいし、綺麗で清潔だし、お肌にめっちゃいいし」

「よかった。ダメだと言われたら、私マリ様を騙したみたいですもの

 我が国にも、温泉はありますと言ったものの、実際に入ったことがなくて…とてもいいものですね、温泉って」

「へーそうなんだ。今日誘ってよかった~!また行こうね」

「はい!」

 クリスティーナは即答して微笑んだ。

 そのままほてほてと廊下を歩き、女王の居室の前で別れようとした茉莉は、クリスティーナに腕を取られた。

 何?と振り向くと、

「私今日、マリ様が公衆浴場やお店でお金を使ってらっしゃるのを見て、とても嬉しかったです。

 マリ様がこちらの世界で、こちらの世界の当たり前の人のように自然に振舞ってらっしゃるので、

 …きっと市井の事は私よりよくご存知でしょう…。…何と言ったら正解なのかわからないのですが、

 ほっとしたというか、マリ様はもうこの国の人なんだなって、そう思ったら私胸がいっぱいになりました」

 そう言い終えると、お休みの挨拶に、茉莉を少し抱きしめてくれた。

 クリスティーナの蜂蜜のような色の髪に顔をうずめて茉莉はその背を抱き返した。

「そうだよ、もうこの国が私の国で、ここが私の家で、お城の皆が家族で、クリスティーナは…私の一番大事な人なんだよ」

 身体を離してしばらく無言で向き合った二人は、同じような幸福感で、ちょっと泣きそうだったが、最後には茉莉が照れくさくなって、少し笑って、それぞれの部屋へと別れた。

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