最初に言ってよ
「温泉はわが国にもあります!」
しっかりと茉莉の手を金髪美少女が握り、切羽詰った表情で訴える。
茉莉は自分で言っておきながら、温泉なんかどうでもいい、もっと言うべき事があるだろうと思ってしまった。
「そうですか。あのーここ日本ですよね?あなたの日本語めっちゃネイティブだし。国って地域起こし的なあれですか?」
「いいえ、イェシカはあなたの国、ニッポンがある世界とは、別の次元にある王国です」
「別の次元?それってまさか…ファンタジー的な…あれ?SF的なのかな?ってそんなの信じられないから!あなたの日本語上手すぎだから!外国なら言葉通じないこれ常識ね」
最後の方では茉莉の日本語の方が怪しくなっている。
「混乱していらっしゃるのですね…アキラ様から何もお聞きになられていないのですか?」
ません全く。
ぶんぶん首を振るゼスチャーは、やっぱり普通に通じたらしく、金髪さんはちょっと涙目になってしまった。
これが演技だとするとなかなかの手足れだ。
見たこともないような。金髪碧眼美少女が日本の温泉地で、自分をペテンにかける意味があるのかないのか、益々もって大混乱に陥る茉莉だった。
「あの人は今キャンプに行ってて、そこ、山奥すぎて携帯も繋がらないんで…」
「アキラ様はその野営地から……あなた様をこちらに送ってくださったのですか?」
「ううん、キャンプに行ったのは、おじいちゃんと、お父さんと、一応兄の男組だけなんだけど」
兄と言ったとき、握られた手がぎゅっと強く圧迫されるのがわかった。
「貴女には、お兄様がいらっしゃるのですか?」
「うん。様ってか、双子だから普通のお兄さんって感じとは違うんだけどね」
「そうですか…双子。それで…」
涙で揺らいでいた瞳が、今や力を取り戻して、強い光を宿している。
「どうやら、貴女がこちらに来たのは、私が原因のようです。申し訳ございませんっ」
そう言うやいなや、きらっきらの見事な金髪を大地にばら撒いて、茉莉の足元で土下座をした。
生まれてはじめて生土下座をされた茉莉は、驚きで半歩飛びすさってしまった。
あの勢いでは額を打っているに違いないし。
その角度では顔面が地面についてませんか!
しかもそのまま謝り続けているので、「もーひふぁけほはいまへんっ」と美少女にあるまじき発音での謝罪が何度も聞こえてくる始末。
円陣の外で静かに成り行きを見守っていた人々からも驚きの声が上がる。
ここにきて外野の人々の存在に気付き、居たたまれなさがMAXに達した茉莉はうっかり叫んでしまった。
「やーっやめてよ、やだ、何だかしらないけど許す。許します。だからそれやめてー!」
「ありがとうございます。私を許し、闘神となって下さるのですね!」
予想通りおでこに土くれを着けながらも、勢いよく顔を上げた美少女は晴れやかに、ちゃっかり許しにおまけを盛り込んで笑顔を見せた。
「あの、名乗りもせず失礼いたしました。私は…」
美少女の名前はクリスティーナ。外人さんとして、とてもわかりやすい感じの名前だった。
あまりの馴染みやすい名前に、偶然にも父の知り合いの、留学生説が浮上したが、名乗りあいながら辿りついた先にあった人垣が、全員外人さん(茉莉視点)だったので、壮大なドッキリ説に脳内で切り替えた。
しかし、仮の宿として連れて行かれたテントが、移動サーカスクラスの大きさで、その周りにも数え切れないほどの大小さまざまなテントが立ち並ぶのを見て、それさえも大いにゆらぎ、テントに火を灯しに来たのが、ティンカーベルのような羽の生えた妖精的なあれだったので、終には観念した。
「今夜はもう、ゆっくり休んでいただきたいのですが、マリ様はこちらの事、何もご存知なくて、不安ですよね…」
「うん。さっきまで昼間だったから…眠くないし…」
クリスティーナは話しながら、どう見ても紅茶のようなものを茉莉に淹れてくれた。
温かな液体を口に含むとほっとしたし、それは…正真正銘、紅茶だった。
「でしたら、アキラ様から、次の闘神様へのスクロールをお預りしていますので読んでいただけますか?」
「はあああああ?そんなのあるんだったら、最初に言ってよーっ!!」
よー、よー、よー、よーと語尾が静かな荒野(翌朝に知る)に響き渡った。




