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私は、あなたの闘姫  作者: まるみふみ
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月下の約束

 コベットの魔法使いシンシア・リンドは、茉莉に連れて来られた食堂の2階に、そのまま宿をとっていた。

 昼間は国境近くの町アルモナエに続く道端で、行き交う人々を眺めながら過ごした。ミモザの木陰に陣取り、姿隠しの魔法で誰からも見えないので、気楽なものだった。コベット国王の密書の内容は託した本人から聞いているが、果たしてあの若い闘神と女王はそれにどんな答えを持ってくるのか予想もつかない。

 イェシカの女王がダリウスと予定通り結婚すれば、自分の彼を思う気持ちにも何か区切りがついて、心の平穏が訪れるのか、それともこれまでと変わらず、手に入らないものを追いつづけるこの焦燥感と付き合って行くのか、自分の気持ちですら分からないでいた。

 待つという行為に、あまり馴れていないシンシアはつらつらと、結論の出ない思索に耽るうち、小鳥のさえずりと、のどかな陽気に気が緩み、居眠りしてしまった。

 昼間予想外の時間にたっぷり睡眠をとった彼女は、案の定夜は眠れずにいた。

 町から少しばかり離れているので、食堂兼宿屋の夜は早かった。食堂でも酒は出すが、皆旅に備えて早寝してしまうようで騒ぐような酔客はいない。

 夜半シンと静まり返った自室が息苦しく感じられ、窓から抜け出て屋根の上で月光を浴びていると、背後の瓦が小さな音を立てた。

「こんばんは」

 当たり前の挨拶を、非常識な場所でするその人は、昨日別れたばかりのイェシカの闘神茉莉だった。

「こ、こんばんは」

 シンシアは自分の魔法使いとしての能力には、自惚れでなく、それなりの評価をしている。今も自分を護る索敵の魔法はしっかり、がっちり、かけていたが、全く闘神の訪れを感知できなかった。

 自国コベットの闘神もそうだが、あまりにも規格外のその存在に、魔法使いとして比べられる身としては、時として虚しさを感じずにはいられない。

 そんな彼女の気持ちを全く知らないであろうイェシカの闘神は、挨拶の後特に何を話すでもなく、空に浮かぶ金色の月を見ていた。

「こっちにも、月があるんだね。ウサギは見えないけどやっぱり何か模様みたいなのが見える」

「えっ?」

 最初何の話をしているかと思ったが、闘神は異世界人だと思い出したシンシア・リンドは同じ月を見上げた。

「あれは蜘蛛が巣をかけている所だと言われてる。もちろん見立てだが」

「うは、なんか怖いねそれ」

「そうか?ランプの下に蜘蛛が巣を作ったりするだろう?それに似ているんだ。

 なかなか頭がいい虫だから学問の神の使いと言われている」

「へ~!そうなんだ!所変われば蜘蛛も神様の使いかー」

 茉莉は節足動物の説明はうまく出来そうもないので、あれは虫じゃないとも言えず、ただ頷いた。

 シンシア・リンドの紅い瞳は、月光の下では茉莉と同じ黒々とした宝石のようだ。神秘的な光に照らされた美少女にしばし見とれた茉莉の視線に、居心地が悪そうに見返してくるのに気付き、我に返った茉莉は、本来の仕事も思い出した。

「さてさて、シンシアさん。お待たせしました~こちら、とれたてホヤホヤの女王直筆のお手紙ですっ!」

「とれたてホヤホヤって…」

 そう言って渡されると、手紙の入った小さな筒が、何となく暖かく感じるこの不思議。シンシアはいつしか自然と笑みを作っていた。

「面白い闘神様だ」

「そうかな…まあ、面白くないより、面白い方が偉い世界から来たからね」

 えへんと胸を張る闘神の発言の意味は相当不明だが、普段鎧っている自分の心に、すんなりと入ってくる人柄に、シンシアは『かなわないな』と思う。

「ところで、シンシアは手紙の内容は知ってる?」

「ああ、聞かされている」

「そっか…あのね、この返事をあんまり深刻に取られないようにして欲しいんだよね。シンシアからもフォローしてもらえないかな?」

 とたんに気弱そうな表情になる闘神を見て、コベット国王ダリウスが見事に振られた事をシンシア・リンドは確信した。

 ホッとしたような、苦しみが長引くのが確定して落胆したような。不思議な気持ちになる。

「なんか、まだ早いというか…ねえ、16歳といえばまだまだ遊びたい盛りですよ!やんちゃのひとつもしないで大人になっても、後々人生に深みがないというか…そうじゃない?」

「やんちゃ…させる気か!女王陛下に!?」

「まあ、それが出来る環境でもうちょっといさせてって事で…えへへ」

「まだまだ独身堪能したいので、結婚出来ませんという事か…」

「それはぶっちゃけ過ぎだけど、まあねえ、同じ年頃の女子として角が立たないように、うまいこと言っといて!お願い!」

 胸の前で手を合わせて訴える闘神に、何故自分が力を貸すのかと、呆れるべき所だが、無視して断ろうにもシンシアはもう、茉莉の事を知りすぎてしまった。

「……私はうまいこと言うのが苦手だ」

「えーっんーじゃあ、王様ががっかりしたら、慰めてあげてよ」

 さらに苦手分野を指名されたシンシア・リンドは、自分ががっかりした顔をしてしまった。

 月明かりがあまりにもその顔をはっきりと見せたので、茉莉は笑ってしまった。

「大丈夫!命を賭けて手紙を運ぶより簡単な事だって。元気出してって言うだけでいいんだよ」

「陛下に?私がか?」

 王からは気安く話しかけてはくれるが、それはあまりにも不敬だろうと考えていると、闘神がたたみかける。

「そうだよ。シンシアの言うことは王様も聞いてくれると思うよ。

 だって、『こんな手紙を運んで来る人は、よほど信頼されている人ですよ』ってクリスティーナが言ってたもん」

 コベットの魔法使いは結局、イェシカの闘神の依頼を受ける事になった。


 イェシカから、正規の書簡(女王就任と、新闘神降臨の祝賀の挨拶)を持たせた早馬よりも、密書を託した魔法使いが早く帰ってきたと知らせを受けて、コベットの王ダリウスは私室で使者を迎えた。

「ご苦労だったね。シンシア」

「陛下、実はあちらの闘神様が聖地巡行中で、国境を越えた所でその方に捕まってしまいました」

 聖地巡行とは、現在茉莉が行っているパワースポットスタンプラリーのコベットでの正式名称だ。

「そうか…それでこんなに早い帰国がかなったわけか」

 多くを語らずとも、ダリウスには事情はつかめたようだ。

「手紙は闘神様が直接女王陛下に渡して下さり、お返事もいただきました」

 懐から手紙の入った筒を取り出すと、ダリウスに渡す。

「ありがとう、シンシア」

 すぐに中から手紙を取り出し読み始める。

 芳しくない返事であるのは知っているので、ダリウスの表情があまり変化しないのを不思議に思いながら見つめている内に、読み終わってしまった。

「どうやら、私は振られてしまったらしいよ」

 さほど落胆した風でもなく、そう言って、シンシアに内容を聞かせる。

 イェシカの闘神が言っていたのよりは、ずっと上品で慎重な言い回しで、しかし、当たらずとも遠からずなお断りの手紙だったらしい。

「クリスティーナ様と婚約したのは、彼女が闘神の事をよく知る女性だったからなんだ。事情を知らない人だと、王は闘神一番、奥方二番だと思い込んで、破綻する事が多いからね」

 では、そうではないとでも言うのだろうか?少なくともシンシアはダリウスの様子から、そうではないかと思っているのに。

「それが今や、この世で最も闘神を知る女性になったんだ。それに子供は2人の闘神を呼べる資格がある。だからダメで元々、申し込んだんだよ」

「ダメでしたか」

「ダメだったね」

 そう言って笑うダリウスは、やっぱり、ちょっぴり寂しそうではある。

 茉莉との約束が思い出されて、遂行を焦るあまり、シンシアは彼女には珍しく、動悸が激しくなっていた。

「でもまあ仕方ない、障害は大きいしね。ただ…」

「なんですか?」

「もしかして、単に私がお気に召さないだけだったら、ちょっと傷つくね」

 シンシアの耳に茉莉の『今よ!』という合図が聞こえた気がした。

「そんな事はありません。あちらの闘神様がおっしゃるには、女王陛下は『尊敬できる方』だと仰っていたそうですし!」

 勢い込んで言うシンシアを見て、『おや』と言う顔をしたが、ダリウスはわざとそのまま続けた。

「では、私の見てくれが悪かったかな?」

「そんなっ、陛下は誰が見てもその、す、素敵です!」

「では、何がいけなかったのかな?」

「それはっ」

 茉莉の『角が立たないように』という幻聴が耳を掠める。

「仕方ないのです。陛下…」

「ほう、どうしてかな?」

 しかし、シンシアには『うまいこと』を言う才能は、魔法力ほどには備わっていなかった。

「だ、だって、陛下より、あちらの闘神様の方がお可愛らしいですからっ!

 目なんかこぼれそうに大きいし、肌は磨き込まれた象牙のようだし、柔らかそうだし、黒髪はツヤツヤ光ってました!あれに勝つのは無理ですっ」

「……っそれは私にはない要素だねえっ」 

 そう言うと、コベットの若き王は、こらえきれず爆笑していた。

 この魔法使いの頑なで寂しい心をずっと気にかけていたが、向かわせた先で何があったのか、自分を慰めようとしてくれるばかりか、それが高じて、とんちんかんな事を言って笑わせてくれた。女王への手紙は目的を果たせなかったが、シンシアには得るものがあったようだ。

 あまりに愉快そうに王が笑うので、とにかく目的は達せたらしいが、馬鹿な事を口走った自覚もあるシンシアは、いたたまれない気持ちでいっぱいのまま王の側に立ち尽くしていた。 

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