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私は、あなたの闘姫  作者: まるみふみ
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蜂蜜ナイト

 クラエスから帰って来た茉莉と、灯明妖精リリーは、テューネの陽光が、まだ健在だった事に胸を撫で下ろした。

「よかった!まだ夕陽になってないね~」

「まだまだ余裕でしたね。有難うございますマリ様」

 昨日城のある王都テューネと、アマダラ村の日没時間の差に驚いて、今日こそは余裕で帰還しようと思っていた茉莉だったが、クラエスでの買い物が楽しすぎて、1人と1妖精は時間を忘れてしまっていたのだ。リリーが名物の蜂蜜ケーキを買おうとしたのだが、丁度売り切れていたため、次回の焼き上がり時間を聞いた時に、思いの他時間がたっていた事に気付いたのだ。あれがなかったら、リリーの仕事に影響が出ていたかもしれなかった。

「蜂蜜ケーキはまたの機会の楽しみにとっておきましょう」

「え?明日買えばよくない?」

 そしてお昼のおやつにするのだ!なんていい考えなんだろう。

「ボエルはクラエスからさらに西の町ですし、距離もありますから。あのパン屋さんの開店時間を待っていたら、休みなしの、お昼ぬきになってしまいますよ」

「そんなあ~」

 ショックを隠せない茉莉に、

「マリ様、1度開通してしまえば、行くのは簡単ですよ」

「そうだった!あははスタンプラリー終わったら、買いに行こうね!リリーちゃんっ」

「はい。楽しみですね」

 そう言ってうなずき合う1人と1妖精の両手には、それにケーキを足すつもりだったのが無謀に思える程の、戦利品を入れた袋があった。

「あっそうだ。明日の予定は、クリスティーナの部屋で立てようか」

「そんな畏れ多いですよ!女王様のお部屋なんて……」

 茉莉には全く物怖じしないリリーだったが、長年雲上人として仕えてきたクリスティーナには若干遠慮があるようだ。

「大丈夫だよ。晩御飯の時に今日の戦利品を見せるのってなんか落ち着かないし、やっぱり、私としては、リリーちゃんの買ったものを見せてあげたいんだよね~絶対喜ぶと思う!」

「あのう、マリ様には私の買った物は珍しいかもしれませんが、女王陛下にはどうでしょう……。妖精も見慣れていらっしゃいますし」

「いやいや、それの可愛いさときたら、死ぬかと思ったもん。鉄板だよ!」

 懐疑的な様子のリリーだったが、自分が両手に下げている、蜂蜜や、蜜蝋の製品を見たときの茉莉の感激の仕方があまりにも凄まじかったので、もしかして、少しは政務に明け暮れる女王の慰みになるのではと思い直し、茉莉に頷いた。

「わかりました。仕事がひと段落しましたら、陛下のお部屋にうかがいます」


 クリスティーナは夕餉の席で茉莉に、今日はちょっと遅くまで一緒にいてもいいかと聞かれ、自分でも何を考えたのかは、しかとは思い至らないものの、必要以上に動揺してしまい、

「そ、そんなマリ様、遅くまでなんて……」

 と言ったきり、もじもじしてしまったので、

「やっぱり遅くまで起きてるのって、よくないよね。重要な用件でもないから、またね」

 などと、あっさり断ったと誤解されそうになってしまい、

「いいえ!よいです!問題ありません!夜更かしなんて、全然平気です。徹夜でもいいくらいです。

 マリ様と一緒にいられる時間が長いほど私、元気になりますの!

 最近離れている時間が長すぎて、もう、もう、私、一緒の部屋で寝起きしたい位ですっから!」

 と、侍女の目もあるのに、慌てるあまり、とんでもなく正直に思った事を口にしてしまった。

 発言し終わって、冷静になったクリスティーナは、『私ったら!なんて恥ずかしい事を!』と動揺しかけたが、茉莉が、彼女の大好きな、含羞んだ笑顔を見せて「私も、私も!」と笑ってくれたので、天にも昇る心地になった。

 彼女に仕えて久しい侍女長は、茉莉の前では歳相応に娘らしく、生き生きとした表情を見せる女王に、心温まるような、それでいてハラハラするような、複雑な気持ちになっていた。


 食事の後、自分に与えられた部屋で、入浴と、早速戦利品で寝化粧をした茉莉は寝巻きにナイトローブを羽織り、クリスティーナの部屋の扉を叩いた。

 中から部屋付の侍女が招き入れてくれる。

「マリ様、それは……」

 侍女は茉莉の戦利品の入った袋を持った右手にはめもくれず、枕をかかえた左脇を凝視していた。「眠くなったら、そのまま寝ちゃおうかと思って!この枕、私の後頭部にジャストフィットだから、持ってきちゃった」

「そ、そうですか…お泊りになるおつもりですか…」

 イェシカの王族の子女は基本的に、3歳からは1人で眠る。もちろん、クリスティーナもそうだ。今まで、夭逝した母や、兄王子のシーグルでさえ、彼女の部屋で休んだ事はない。

 侍女は、もしも、彼女の部屋で夜を明かす人物がこの先現れるとすれば、それは女王の夫に他ならないと信じてきた。彼女の寝室を護る為に、彼女やその同僚は、それなりの気概で仕事をしてきたのだが、この場合はどうすればいいのか、全くわからなくなってしまった。

 もちろん同性の少女が2人一緒に眠ったからといって、何も問題もないのだし、女友達と夜更かしして話し込むなど、自分に置き換えてみれば、そのような楽しみを孤独な身の上となった女王が持つのは、むしろ良い事のような気もする。でも何か、女王と闘神のやり取りを見ていると、漠然とした不安が彼女を取り巻き、奇しくも侍女長と同じ心持ちになっていたのだ。

 そんな侍女の複雑な気持ちは、茉莉のすぐ後に、同じく枕を抱えた妖精の訪問を受けて、『もうどうでもいいやクリスティーナ様が幸せなら』に変化し、この一件は侍女長には報告されなかった。

 

 部屋に入ってすぐの一の間、応接室で話すつもりだったクリスティーナだったが、『この地図ベッドで広げさせてー』と茉莉にねだられ、あっさり寝室を明け渡す事になった。

 枕を持ってくるように言われて、遅れて女王の寝室に入ったリリーは、昨夜の自室同様、ベッドに地図を広げて、腹ばいでくつろぐ茉莉を見て、『なんて自由な人だ…』と唖然としたが、枕を持っている自分は、一の間に控えている侍女さんに、同じように思われているに違いないと思い至り、もう、色々と吹っ切る事に決めた。

 3者で額をつき合わせ、明日の予定を決める。

 ボエルは特に何がある訳でもない宿場町で、近くに兵舎もないので、距離を稼ぐ事だけに集中する事にする。分かれ道を基準に、通過の目標時間を決めてお開きとなった。

「ここからが、本日のメインイベントでございます」

 茉莉はそう宣言すると、まず自分の買い物を女王に披露した。蜂蜜そのものや、それを使った甘露、化粧品、蜜蝋で出来たアロマキャンドル、可愛い細工のハニーディッパーとディスペンサーなどなど……宵越しの金は持たない勢いの散財ぶりだった。

 それを買った経緯や、迷った末、買わなかった物の話を茉莉から聞いて、自分で買い物などした事のないクリスティーナは、新鮮な気持ちで、よくある買い物の話を聞いていた。

「それでね、今日私が一番感動したのが、リリーちゃんの買い物でね」

 そういって今まで見せていた商品を一列に並べ、『リリーちゃん、上に置いて見せてあげて』と請われて、リリーは、自分の買った物を茉莉の買った物の上にそれぞれ並べていった。

 最初小さなそれが、何なのかわからなかったクリスティーナだが、上に載っている物が、その下の物の十分の一位の大きさのミニチュアだと気付くと、昼間の茉莉程ではないが、彼女には珍しい、甲高い感嘆の声を上げた。

「なんですのこれ!可愛らしい!まあ~中身もラベルもそっくり!」

「でしょでしょ!もーねーリリーちゃんの買い物って、どうやってするのかと思ったら、妖精さんコーナーがちゃんとあるの!」

「専門店位でないと、取り扱いがなかったりしますけど、私達サイズの物を用意して下さるイェシカは本当に素晴らしい国です」

 リリーは本当に女王が感激しているらしいので、如才なくヨイショした。

「そうですか。それにしてもこれは素晴らしい技術ですね、どうやって作るのでしょう?」

「こういった小さいものは、妖精が作りますから、細部まで再現できるのです陛下」

「という事は、あなたの持ち物は全て、こんな風に可愛らしいのですね…」

 リリーの蜂蜜瓶を見なが女王はうっとりと呟く。

「陛下、ですから、イェシカではあまり見ませんが、人の作るドールハウスの部品は妖精用品を使うのが主流なのです」

「わー私そういうの見るの大好き!」

「私も外国で見たことがあります。あれは素敵ですね」

 あまりにも素直な2人にリリーはもっと盛り上げるべく囁いた。

「でも、究極のドールハウスには、妖精用品は使われないのです…」

「えっ?これ以上のものがあるの?」

 ふふふ、とリリーは含み笑うと、あまりに、普通の事過ぎて、今まで自分でも意識しなかったが、こんなに人の心を掴む『小さい=可愛い』の図式に則った最終兵器の名を口にした。

「それは、妖精のドールハウス職人の作る、ドールハウスです!」

 一瞬2人が押し黙ったので、外したかしら?と思ったリリーだったが、次の瞬間どかんと黄色い悲鳴が上がった。

「んきゃー!それ見たい!それって十分の一の、そのまた十分の一サイズだよね!」

「わ、私もそれは拝見した事がないです!考えただけでもゾクゾクしますっ」

 その後も、妖精さんってすごいね話と、蜂蜜菓子の山分けで、夜もふけるまで女王陛下の寝室はにぎわったのだった。


 

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