女王の宣言
壇上に残る男達がわずかになった頃、男は女王が最後に自分を残すつもりなのがわかった。
わざとがましく一人ひとりの偽小刀を確認しているが、彼女は既に自分の心臓を狙った相手が男である事を心得ているのだろう。
もうすぐ男の敗北は確定し、彼の罪の数々が白日の許に下に晒される事になる。
悔しさに歯噛みしたい思いだが、闘神により完全に自由を奪われた体は、表情さえも変える事ができない。
エクストレームに、完全にしてやられたのだ。昨夜、彼の説服に、何の疑いを抱かなかったわけでは、もちろんなかった。
彼が王子の死後、特にクリスティーナを庇護していたのは知っている。手のひらを返したように、廃位を流す計略を巡らせるなど、不思議に思わない方がおかしいだろうが、闘神の能力に疑いがあるのならば在りうる事と、納得してしまったのが間違いだった。降臨の現場に居合わせた男は、現れた闘神が女で、しかも天の契約を全く理解していない様子に、不振を抱いていたのも原因のひとつだ。
エクストレームが子飼いの針子の1人から手に入れたという、女王の血の着いた針を見せられたのが止めとなった。
本来、自ら手を下す事はないが、城内で人の手を借りて事を起すのは危険すぎると判断した。
男はエクストレームの読みの通り、チャンスを生かすことに下のだ。
実刀で刺した後、何食わぬ顔でエクストレームの用意してくれたカラクリ小刀に持ち替え、知らぬ存ぜぬで楽々と切り抜けられるはずだった。
自身満々の最後の一手のはずが、そのまま自分に跳ね返って来たというわけだ。
だが、このまま諦めるのは男の性に合わない。
体は動かないが、自由になる頭は窮地脱出の可能性を求めて、動き始めた。
とうとう、男は壇上に、ひとり残された。
衆人の前に晒され、女王が手のひらで刃の部分を押す。
もちろんその刃は、彼女に傷をつけることは叶わない。
人々の間からどよめきが上がる。
観念する前に、男は口が自由になれば、エクストレームに渡された小刀が実刃であった、自分は知らなかった。と偽証すれば、自分の生き残る道がまだある事に思い至った。
さあ、釈明の為に早く自由にしろと願った彼の体を、女王がさぐりはじめた。
目的はの物を見つけた女王は、口調は穏やかだが、ひんやりととした声で、男に問いただした。
「ブロムクヴィスト卿、これは何ですか?」
もちろん自由にならない身では答えようもない。
女王は人々に良く見えるように頭の上で、北の領主、トーケル・ブロムクヴィストの懐から探り当てた、偽小刀を鞘から抜き、カラクリ刃を柄に押し込んだ。
これで、ブロムクヴィストの最後の脱げ道も絶たれた。
「申し開きあらば、なさい」
やっと自由になったブロムクヴィストには、彼自身を救う手段など、もうなかった。
「じ、女王の治める国など長く続いたためしもない!たまたま闘神様を得たところで、国に混乱をもたらすに違いないっ!
二度とこのような事のないように禍根を断つ必要があったのだ!
私は、国と国民の為にあえて泥を被ったのだ!ここにいる方々には私に賛同してくれる人も多いはずだ。」
せめてこの場で出来る意趣返しとして女王批判を始めたブロムクヴィストは、すぐ口を噤む事になった。
「お前、だまれ」
そう言って闘神が、ひたと巨大な神刀を紙一枚の隙間を残して、ブロムクヴィストの首筋にあてたからだ。
重量から考えてそんな細かい芸当に向かない神刀は、闘神の僅かな身じろぎで、彼の頚動脈を切ってしまいそうだ。
「マリ様?」
茉莉の怒りに染まった表情に、クリスティーナも気付く。
平和な世界からやって来た闘神が、こんなに苛烈な怒気を見せるの初めての事だ。
「本当の事を言わないなら、こんな首いらない」
ほんの僅か、刃が皮をそいだ。
「お前のした事全部、言え」
言葉は、確かに自分の背後にいる少女闘神から発せられているが、ブロムクヴィストの耳には何かもっと、禍々しい悍ましい生き物の呟きに聞こえた。
「何の事か、わ、私は女王を殺害しようとはしたが、他に何の罪も犯してなど……ひいい!」
罪を軽く見積もろうとしたブロムクヴィストの言葉は、遂に肉に達した刃に止められた。
「首、いらないね」
一旦刀を引き、勢いをつける為、軽く振りかぶる気配に、ブロムクヴィストは観念した。
衆人環視の下、余罪を認める。
呆れたことに、彼は本当にこの国の王になりかわるつもりだったようだ。
粗方告白の終わったところで、茉莉は霧が晴れるように殺意が消えていくのを感じた。
冷静になれば、殺人など自分にできるわけがない気がするが、先刻までの自分は確かに、殺る気満々だった。
もしもあのままブロムクヴィストが御託を言うようなら、怒りにまかせて、あの首を薙いでいただろう。
自分の変化が怖くもあるが、女王を護る闘神ならば必要な資質のような気もする。
殺傷能力のない武器に、抑止力は望めない。そんな考え方は以前の自分なら思いつきもしなかっただろう。
「後の調べは、憲兵隊に任せます」
言われて、茉莉が神刀を引くとクリスティーナはホッとしたようだった。
「あんな男の為に、マリ様の刀を汚す必要はありません」
「うん。だよね」
今は本当にそう思える。
「…例え侵略の憂き目にあっても、闘神様に多く血を流す仕事をさせるのは、よい王ではありません。
政の力で国を治めてこその王です。
私は、マリ様に最後の日まで、この国で気持ちよく過ごしていただきたい。
私は、国と国民を護る、よき女王になるよう努めます。どうか、マリ様は、私を護るように、皆をお護り下さい」
クリスティーナの茉莉にあてた宣言は、その場の人々に感銘を与えたようだ。
女王を称える歓声が上がる。
クリスティーナはその声に鷹揚にうなずいていたが、何かを思い出したような顔をすると、茉莉の前に膝を折った。
「マリ様末永く、どうぞ、よろしくお願いします」
そう言うと、仕上げに床にぺたりと伏した。
「だからなんでそこで土下座!?」
茉莉は半歩飛びすさった。




