奸計応酬
女王を刺した男たちは長いこと同じ姿勢をとっていた。
なり行きを見守っていた人々が、あまりの事に言葉を失って後、悲鳴や怒号が上がるまでに回復しても尚、彼らは動かなかった。
男達がその身を引けば、無残な少女の遺骸が現れる。誰もがそう思った。
あるいは、そうした惨状を人々から隠したいがために、そうしているのかとも思えたが、それにしても不自然なほど身動きしない。
ようやっと我に返った警備の兵士達が、壇上に近づいた頃、輪になった男達の間から、澄んだ少女の声が上がった。しかしそれは大騒ぎの広間では、側にいた兵士達と、件の闘神にしか聞こえなかったようだ。
「マリ様、いました!成功です!でもこの方達をこのまま一歩下がらせて下さいな、私身動きでがきません」
「ふーっ、ちょっと待ってね、あ、ごめんね、おじさん達、壇上に上がらないでね。あぶないから」
『おじさん』でひと括りにされた兵士達は、女王が無事である事と、闘神の先程までとは打って変わったような、くっきりとした表情を見て、女王の守護神健在と判断し、言われた通りに、階段状のスロープを下りた。
固まった男達を残して壇上から降りる兵士達を見た参加者が、何事かと見ていると、女王を刺したそのままの姿勢で、見えない何かに引っ張られるように、後ろに下がった。あまりに微動だにしないので、一見よくできた彫刻か、人形のようだ。
人々があっけにとられて、静まりかえった、そのしじまをぬって、無傷の女王が輪の中から現れた。
その姿に安堵の声が上がる。
「まずは、大事な闘神祭にこのような騒ぎを起した事、謝罪します」
女王は先程の取り乱した姿が嘘のように、凛とした表情と声で皆に語りかけた。
「ここに集まっているのは、わが国の要職にある者と、その家族だと思います。
先王の逝去からわずかの内に起こった数々の不幸は、よく知っていることでしょう。
残念ながら、証拠を得る事はできませんでしたが、我が一族に謀略のあった事、疑うまでもありません」
ゆっくりと、先程まで厳しく自分を攻め立てていた、ベッティル・エクストレームの側に近付くと、茉莉に「正面に」と小声で求めた。
彼女の闘神が頷くと、人々に背を向けていたエクストレームがクルリと表を見せた。
緊迫した空気の中で、エクストレームが見せた、まるで機械仕掛けの人形のような滑稽な動きは、雰囲気に全くそぐわなかったが、『今の相当笑える動きだったけど、誰もツッコまないんだなー』などと暢気に考えたのは、そうさせた茉莉だけだったようだ。
「私が、闘神を得れば、天命尽きるまで、この身を害することは適わぬ事。
国事犯も沈黙し、何食わぬ顔でこのまま事が有耶無耶になるのを待つでしょう」
女王の言葉に彼女の闘神は、先程は持ち上げられもしなかった、刀身が自分の身長ほどもあろうかという、厚い片刃の神刀を、ひょいと持ち上げ天に堂々と翳した。
華奢な少女の姿であるだけに、その怪力無双ぶりは、人ならざる者である印に他ならない。
「今をおいて、この度の禍根を断つことはできないと思い、このエクストレーム卿の助力を得て、奸計に応酬する事にしました。
私が闘神召喚に失敗し、我が闘神が無力であると偽り、忠臣であればこそ、私の目を覚まさねばならないと、同志を募ってもらいました」
そう言うと、彼女を刺したであろう、その姿のままに構えられた小刀の刃を華奢な白い手で押した。
自傷行為にざわめきが起こったが、刀は一向に彼女の手を貫かず、とうとう手のひらは小刀の柄に触れた。
「私に遺恨なき者は、力のない私をいさめる為に、エクストレーム卿が用意した、細工物の偽刀を使ってくれたはずです」
茉莉がエクストレームの肩を叩くと、彼は大きな息とともに体の自由を取り戻した。
「やれやれ、あのまま元に戻らないのかと思いました」
こちらも先程、鬼のような形相で女王を追い詰めた人物とは思えない、普段の彼らしい、厳めしい中にも人間味のある表情に戻っていた。
「協力感謝します」
女王の礼に軽く胸に手をあて、頭を下げると、そのまま後ろに下がろうとしたが、突然茉莉に抱きつかれて叶わなかった。片手に神刀を持ったままだが「ありがとう」と言った言葉に、クリスティーナに対する深い愛情を感じたエクストレームは、若き盟友を軽く抱き返した。
「とういたしまして。闘神様」
女王を護るという志を同じくする者として、ほのぼのと友好を深めていた所でエクストレームは、当の女王から冷たい視線を受けている事に気付いて当惑した。
「わ・た・く・し・の・闘神様には、まだお仕事がありましてよ、返してくださいな」
皆には聞こえない位の声だが、珍しくトゲトゲしい言い方に、抱き合った少女と老人は軽く怯んでしまった。
冷ややかな視線の先は、エクストレームがハグで回した腕があった。
そして、痛いほど凝視されたその下には、彼女の闘神の素肌がある事には、聡い老臣も気付けなかった。
「よっしゃ、どんどん見ていこう!」
緊張感がないのを見抜かれたかなと、全く関係ない解釈をした茉莉は、ふと目にしたクリスティーナの衣装に、背筋が冷たくなった。
白い絹地に精緻な刺繍と真珠で飾られた胸元に、小さな穴が開いている。
「成功ですと、申しましたでしょ?」
女王は茉莉の視線と表情から全てを読み取れるようだ。
はっとして、まだ固まったままの男達を見る。
この中に本物の刃で、女王の心臓をねらった者がいるのだ。




