闘神衣
昼の鐘の音を合図に、城内に一般庶民達がどっと入ってくる。
普段はプランターなどで飾られた中央広場は、できるだけ多くの人を受け入れるため、がらんとしていたが、晴れ着を着た人々ですぐに埋め尽くされた。
ちょっとした権力を持った豪商などは、城の方から招待を受け、広場を囲む建物のテラスに陣取る。
闘神祭はまず、本館大広間で伝統に則った、あれやこれやの儀式が行われ、その後、中央広場に続く正面扉から、女王が闘神を伴って現れる。そこから屋根なしの馬車に乗って城下へパレードに出向くので、王城近くで待っていれば、沿道でいくらでも新闘神を見ることは出来るのだが、一生に一度めぐってくるかどうかわからない闘神祭を、めったに入れない城内で寿ぎたいと思う人は少なくない。
白を基調に、青と金の装飾のされた正面扉が開くのはまだまだ先の事だが、大広間での嘉儀に思いを馳せながら、新闘神の登場を人々が待っている頃、大広間への控え室では、本日の主役の1人が珍しく落ち着かない様子で、室内を徘徊していた。
「姫さ…陛下、時間には余裕がございますから、その様にご心配なさらないで下さいませ」
女官長に注意されて、はじめて自分の行動に気付いたクリスティーナは、昼夜を徹して作られたであろう、長い長いドレスの裾が綻びていないか点検しながら愚痴った。
「マリ様が初めての女性闘神とはいえ、衣装の出来上がりが、こんなにぎりぎりになるなんて、闘神神殿の者たちは怠慢です。神官長には、抗議します!」
「仕方がありません。あそこは女人禁制ですのに、この度の主神様がマリ様なのです。昨日神官長のお小姓さんに聞いた所、神殿規範の大改革が行われたらしいですよ。何でも採寸の為だけに女性神官の登用がされたとか」
「…マリ様に気遣いのある事は評価しましょう。でも仕事は遅すぎです」
闘神を呼び出す魔法陣や、闘神の武具、装束を制作するのは闘神神殿の仕事と決まっている。その神殿の者達が、茉莉に合わせて自分達を変えようというのだから、神殿は茉莉を紛う事なく闘神と認めているという事だ。
女性だという事で、これから茉莉が不快な思いをする事は避けられないかもしれないが、自分や、身近な者が彼女をありのままに認める事で、それを軽減できればいいと思う。その一端を闘神神殿も担ってくれるのだろうと思うと、少しは苛々もおさまってくるというものだ。
何しろ、クリスティーナにはまだ、信頼できる人が少なすぎる。
侍女頭や、今、当たり前のように自分に注進してくれた女官長など、昔から自分の側近くにいる人は数も限られるし、他国に嫁ぐための生き方をしてきたため、国内の有力者とのパイプは、外交に特化してしまっている。
国内でこれから、権力の中枢に座して、采配を振るうのだから、今日この日を期に、茉莉の事も、自分のことも認めさせる事ができれば新たに信頼を得る事ができるだろう。
新女王にとって、闘神祭は正念場なのだ。
クリスティーナが茉莉を待って、ジリジリと闘志燃やしていた頃、茉莉もまたちょっとした戦いに身を投じていた。
「マリ様っこれ以上は無理かと思います」
神殿初の女性神官がマチ針を刺しながら訴える。
「いーや!まだいけますってば」
「ええー、これでも十分すごいですよ。ほら、今日は馬車に乗って座りますし、どうせ見えませんよ?」
「馬車って立てないの?」
「すみませーん!パレードの馬車って立てますー?」
まだ若い彼女は前回の闘神祭を当然知らなかったらしく、部屋の外でじりじりしながら待っている同僚神官に大声で聞く。
「立てる!でっかい神刀を持って乗るから、立ったほうが楽だったんじゃないかなー!」
彼女の後見に派遣された男性神官は、前回は既に現役で神殿勤めをしていたので、なにかと頼りになる。
「だってよ?」
「でもこれ以上だと、下から…」
「そっか!まあパレードの時は重要じゃないから…そうだ、たくし込んでおいて、外で下げるってどうかな」
「ああ、それならいいかもって…ダメですよ、儀式で跪くときどうするんですかぁ」
「大丈夫。ぎりぎりいけます。下にちゃんとこれ穿くし、この位は普通の世界から来ましたから!」
「うう、お嫁に行けなくなっても知りませんからね!」
「アンヌー!闘神様は結婚できませんよー!時間がないんです。マリ様の言う通りにして差し上げなさい!」
茉莉はなし崩し的に勝利した。
「マリ様がいらっしゃいました」
神のお針子さんが何とか闘神衣を仕上げたのは、闘神祭の開始予定時間ぎりぎりだった。
「ごめんね、私が無理言ったから遅くなっちゃった。わー!クリスティーナ超綺麗~ステキ!」
「よかったマリ様私、心配しま…しー…」
安心して戸口まで駆け寄って、茉莉の姿を見た女王は絶句してしまった。
だが、一瞬の空白の後、正気に戻ると、周囲の視線から茉莉を守るように抱きついた。
「み、皆のもの、見るでない!」
これは、自分以外が見てもいいものではないと、とっさに判断したらしい。
「足、足も、ああっ見えてます!見えてます~!」
抱きついて背中に回した手が素肌に触れる。
女王は不覚にも耳まで真っ赤になってしまった。
「マリ様!これは?この姿はなんですの?」
「あはは、これはね、チューブブラとミニスカだよ。大丈夫!他の装身具は、ちゃんと伝統に則ってるらしいから!」
クリスティーナは全然大丈夫なんかではないと思ったが、なんと言って抗議したものか言葉が出てこなかった。
「これなら、遠くからでも、女だって、ちゃんとわかるよね!ちょとズルして盛っちゃったし」
何を盛ったのか。それは身を寄せた女王のみぞ知る…。




