2. 雨は降り続く
貴和がイベントの外での彼女と出会ったのは、全くの偶然だった。
その日はアニメの関連書籍が発売される日で、貴和も予約していた書店に受け取りに向かっていた。予約受け取りのレジに並んでいると、すぐ前にいる人物の後ろ姿に既視感を感じた。その人物が、何かに気を取られたのか、ふと横を向いた。
彼女だ。
ドキリ、と胸が鳴った。
イベントの時とは違い、至極地味な服装をしている。けれど、イベントで何度も会った春深さくらに間違いない。貴和は確信した。
本屋で本を受け取ってから、貴和は彼女を急いで追いかけ、同じアニメが好きだというのを言い訳に声をかけた。我ながら、少し強引だったような気もするが、目をつぶった。
彼女は、貴和が春深さくらの同人誌の読者だということに気がついていないようだった。まあ、さくら程ではないものの、貴和も普段の顔とイベントでの顔は多少は違う。さくらの本を買う者だって一人二人ではないし、覚えられていなくても仕方がないのかも知れない。
彼女は急いでいるらしく、そんなに話も出来ずにその場は別れた。それでもこの近くに住んでいることは知れたし、どうやら同じ大学にいるらしいことも察せられた。
きっと、本来彼女はとてもシャイな人なのだろう。いきなり話しかけたのはまずかったろうか。それでも、彼女が案外近くにいるということは確かで、貴和は嬉しくなった。
この辺りにいるということは、買い物はあのコンビニだろうか。学校が同じだということは、図書館や学食にも行くんだろうか。また会えればいいな、と貴和は思った。
数日後、貴和の願いは見事に叶った。
学校の学食で、彼女は一人でスマホを見ていた。話しかけようかとも思ったが、この前少し引かれ気味だったこともあり、声はかけずに近くに座ることにした。
ちらちらと彼女の方をうかがったが、彼女はこちらには気がついていないようだった。誰かと一緒だというわけでもなさそうで、ただSNSを見ている。
もしかすると、今までも彼女はこんな風に一人でここにいて、気づかなかっただけなのかも知れない。どうして今まで気づいてあげられなかったんだろう。
貴和は彼女を見守りつつ、徐々に距離を縮めて行った。しばらくすると、彼女の自宅の場所もわかった。時々プレゼントを送り、お返しをもらったりもした。
通っているうちに、どうやら彼女には付き合っている男性がいるようなことが察せられてしまったけれど、それでも自分の心にブレーキはかからなかった。いつか、そいつから彼女を奪い取ってやりたい。そう思った。
そんな中、春深さくらのSNSアカウントが出来ていた。同人イベントの告知しかしていなかったが、それでも貴和は大喜びでフォローした。ハンドルネームは自分の名前から取って、TAKAにする。本が出ると感想を送り、他にもレスやDMを色々と送った。
──だが、貴和の幸せはそこまでだった。突然、学校で彼女の姿を見ることがなくなった。自宅にはいるようだったが、引きこもっているようで出て来ない。
彼女のことが気になって悶々とした日を送る中、さくらのSNSが更新された。
──春深さくらは三日前に逝去しました。葬儀は身内のみで行います。今までありがとうございました。
……死んだ? 彼女が?
三日前は雨だった。いつまでも降り続くような陰鬱な雨の夜、彼女はひっそりと死んでしまったと?
ショックで三日間寝込んだ後、彼女の家に行ってみたが、誰もいないようだった。彼女の遺体は実家にでも引き取られてしまったのだろうか。
自分の知らないところで彼女は荼毘に付されてしまったのだと思うと、貴和は何だかやり切れない気持ちになった。
彼女に会いたい。遺骨でも位牌でも遺影でもいいので、彼女に手を合わせたい。
そんなことを思いながら彼女の家の近くを通ると、部屋の中から人のいる気配がした。家族の人が片付けにでも来ているのだろうか。貴和は急いで自宅に引き返し、身なりを整えてから改めてさくらの家を訪れたのだった。
「……大体、そんな感じですね」
貴和は語り終えた。
「TAKAさんは、そんなに妹を思ってくれていたんですね」
良春はしみじみと言った。外からは、まださあさあと雨の音が聞こえる。まだ当分降り続きそうだ。
「お兄さん……さくらさんは、どうして死んでしまったんですか」
「妹は──自殺したんですよ。この部屋で首を吊りました」
その言葉は、貴和に少なからず衝撃を与えた。そんな貴和に、良春は更に言葉を重ねた。
「ですが……春深さくらは殺されたんです」
「どういう……ことですか?」
上手く言葉が返せない。
「妹は、このところ誰かに付け回されていると言っていました。心当たりはありませんか?」
貴和は首を振った。
「ありません。そんな人、見たこともありませんよ」
「……忘れ物がなくなっていたり、ゴミを漁った跡があったりもしたそうです」
「そんな……」
馬鹿な。そんなことが。
「さくらさんが死んだのは、その人のせいだと? その人が……殺したと?」
良春はそれには答えなかった。代わりに、彼は語り始めた。




