第95話 『ヒロインは強し』
ラプラス。水色の髪に、深い青い瞳。
この特徴と名前で思い出す人物は一人しかいない。
「ラプラス・ブアメード」
「え、ベル知ってるの?」
「同じクラスじゃない! 覚えてないの?」
「……え、ああああ!! そうだった! ベルにちょっかいかけてた飴を食べる音がうるさい頭可笑しい奴!」
「散々な言い様だけど、絶妙に合ってるわね……」
呆れたようにアリアを見れば、彼女はあちゃーと頭を押さえていた。どうやら私が言い出すまで全く見当がついていなかったようだ。
「そもそも、隠しキャラを思い出したのも最近だったし……。あー、もしかしてヤバイ?」
「……」
ディラン様ルートに出てくる隠しキャラ……それと悪役令嬢を唆した学園長。情報が少なすぎるし、その、part2のストーリーもしたことないから分からないけど、ララに関しては警戒していた方が良さそうだ。
「ゲームの内容が全てってわけじゃないし、それに縛られると視野が狭くなるから情報程度に受け取っておくわね。ありがとう、アリア」
「そうね。変にゲームの内容ばっかり意識したってどうしようもないわ。あ、でも私の才能については保証するわよ」
「才能って、精神魔法から回復させられる音楽のことよね」
「そうよ。その才能が、このホリデーで開花した。多分」
曖昧なアリアに、私は首を傾げて訝しげな表情を浮かべた。アリアはうーん、と唸ってから、「個人的に感じただけなんだけど」と続ける。
「音が変わった気がするのよね」
「変わった?」
「うん、なんか、今まではただただ上手だったの。これを弾けって言われたらすぐに完璧に弾けるようになったし、歌の音を外したことはない。けどホリデーでひたすら練習するうちに、そこに感情を揺さぶるような……こう、言葉ではうまく表現できないんだけど。演奏に迫力が増したって言うか」
アリアは言いづらそうに身ぶり手振りでなんとか伝えようと言葉を重ねる。音に迫力が増した。それってつまり、言葉通り、才能の開花と呼ばれるものではないのだろうか。
私は音楽が得意なわけじゃないし、そこまでの才能を得たこともない。だからアリアの感覚は全くわからないけれど、わからないなりに一流の芸術には感動する。理由なんて無くても。
「じゃあ、その音楽の才能が開花したことで、セラピー効果が付与されたのね」
「んー、まぁそんなとこ! 確証はないけど、感覚で!」
アリアは圧倒的に本能で物事を見極めるタイプだ。前世の運動神経しかり、勉強しかり。理屈で説明しても理解できないくせして、一度掴むと二度と失敗しない。だから出来るものと出来ないものとの振り幅が異常だったが…。なるほど。どうやら音楽は彼女にぴったりとハマったらしい。
前世でも理系科目が死ぬほど苦手だったのに数学だけは感覚で全部解けていた。ある意味彼女もスペックは非常に高かった。きっと、その才能の極限の位置に立つのが、何をやっても完璧にこなせてしまうディラン様なのだろう。
「じゃあ、そのアリアの才能で治療して欲しい人がいるの。今じゃなくていいけど」
「え、精神魔法使った人とかいるの?」
「追々ね」
「オッケー。で? 貴女の相談事って?」
アリアにストレートに訊かれたものだから、思わず言葉に詰まった。すんなり相談ができないのは私の悪癖でもある。
「ほんっとにめんどくさいわね」
「ご、ごめん」
「こっちが誘導しないと相談もしてくれないんだから!」
「いや、ちゃんとするって。えっとね、ディラン様の魔法のことなんだけど」
なぜ私が守られる必要があるのかを話して、本題であるディラン様の魔法道具について相談する。ディラン様の魔法道具が私を傷付ける可能性があること、貰った魔法道具を使わない決意をしたこと。
「え、えぇ? なに、じゃあ、王子は学園長に狙われてて、ベルは王子の弱点だからさらに狙われてるってこと?」
「うん」
「学園長はゲームで悪役令嬢に精神魔法を使うように唆した人物って……? え、なにそれどういうこと?」
アリアは訳がわからない、と顔をしかめて参ったとばかりに両手を上げた。学園長の名前がガルヴァーニだとか、彼は王族の祖先で初代ヴェルメリオ国王の双子の兄だとか、言いたいことは沢山あったけれど、それは全て国家秘密だから軽々しく他言してはいけない。たしか、これがバレたら王太子のところに連絡が行くっていってたし……あ、もう国王陛下だったっけ。
「詳しくは言えないけど、取り敢えずディラン様の魔法をどうにかして制御できるようにしたいなって。あと、この危険性をディラン様に言っていいのか……」
「制御? そんなの、私たちができることじゃないわよ。魔法なんて使えないし、私たちが理解できるような世界じゃないわ」
「そう、だけど」
「もう全部言っちゃいなさいよ。あんたの言うことなら何だって聞くでしょ」
「それは、だめなの」
駄目だ。魔法に関することは、たとえ私でも言ってはいけない。確信はなかった。
ディラン様に彼の魔法が脅威であることを伝えたとして、もしかしたら彼はきょとんとしてから「それなら早く言ってよ!」と全然気にしていないように笑うかもしれない。心の底から、気にしてないよ、と言えるかもしれない。
だけどどうしてか私は、ディラン様が自分の魔力について楽観的に考えているとは思えなかった。化物だの災厄だの言われる度に、きっとディラン様は傷付いている。
その真実を伝えた時、ディラン様はきっと見たこともないほど傷付いた顔をするに違いないのだ。
「彼の魔法に関することは、きっとディラン様にとって地雷なの」
「地雷?」
「ほら、あるじゃない。自分の中で、越えられると我慢できない一線って」
「言いたいことは分かるけど。王子にとっての一線が、自分の魔法の威力だって言いたいの?」
「ええ」
「それは、どうして?」
「それこそ感覚よ。まぁ強いて言うなら、長年の付き合いかな」
あー、とアリアは分かったのか分かってないのか曖昧に頷いて、紅茶を飲む。そして、金色の美しい瞳がじとりと私を見つめた。
「それ、相談じゃないわね」
「……ごめん」
「自分で決めちゃってるのね」
「……ごめんなさい」
「私にまだ話してないことも、沢山あるんでしょうねぇ」
「……」
アリアはすいっと視線を流したまま、頬杖を付いてため息を吐く。ここで許してくれるのが、アリアの優しさであり私たちが親友であれる理由でもあった。私たちは、自分達の踏み込める位置を正しく理解している。
「ほんっとに頑固。訊くだけ訊いといて何勝手に自分で納得してるのよ」
「やっぱりディラン様には言わないでおくわ」
「ほらー、心の中では決まってたくせに。何が相談よ」
「ごめんって」
アリアは不機嫌そうな顔をして、可愛らしく頬を膨らませた。
「学園外ならともかく、学園内なら、私王様にだって、その学園長にだって負けない自信あるわ」
「え? どうして?」
「考えてもみなさいよ。私、この学園を舞台にしたゲームのヒロインなのよ?」
当然でしょ? とふんぞり返ったアリアは異常なほど自信に満ち溢れていて、ヒロイン補正なのかなんなのか、キラキラとエフェクトがかかって見えた。
「もう貴女と王子の関係は私が踏み込める範疇を越えてるみたいだから何も言わないけどね、手ぐらいなら貸してあげられるわ」
にやりと悪役よろしく微笑んだアリアの表情は可愛らしい顔も相まって尚更邪悪に見えた。彼女は結構、計算高かったりもする。こういう顔を見ると、今日も絶好調なんだなぁなんて感じるのだから、長年付き合ってきた腐れ縁というのは恐ろしいものだ。
思いの外ハイスペックな彼女は、自分の実力を疑ったことなんて一度もないほど自己肯定感MAXなのである。
「私はヒロインよ。悪なんて私の前では無意味だわ」
こういう一人でどしんと構える彼女を、ひっそりと尊敬していたり。なんて本人には絶対に言ってやらないけど。




