第94話 『隠しキャラ』
「話があるから部屋に来いって?」
桃色の髪を揺らしながらこちらを振り向いたアリアに、何度も何度も頷く。食堂で向かい合う形で席に座ると、窺うように私を見た。
「それってあの王妃のこと? なんかホリデー大変だったらしいね」
「うん、まぁそれもあるんだけどさ……ちょっと相談したくて」
「相談? 恋愛相談とか?」
「う、うーん、恋愛相談……なのかな……?」
「どちらにせよ、王子について知りたいのね」
分かったわ、と頷くアリアは話が早くて助かる。もう正直一人で抱え込みたくないほど話の規模が大きすぎるのだ。
「あのさ、ゲームでのディラン様って、どんな感じなのかな」
ポロリと溢れた言葉に、アリアはフォークに引っ掻けたパスタをベチャリと皿の上に落とした。ミートソースが机に飛び散ったのを見て、顔をしかめる。
「ちょっと、食べ方が汚いわ」
「な、なななんでそんなこと訊くの!?」
アリアの動揺具合に今度はこちらがきょとんとする。別に、ゲームでディラン様がヒロインと恋をしていたって、怒ったりするわけじゃないのに。
「ちょっと気になったの」
「確かに最近、王子はずっとベルに引っ付いているわよね。……え、あんた何かした?」
「何もしてないわよ! ただ、守ってくれてるだけで……」
「守る? ミラもいなくなった今、脅威なんて何もないでしょ?」
「それを今日、部屋で話したいなって」
上手く状況を説明できない私に、アリアは深く訊いてくることは無かった。
「ふぅん、まぁいいわ。話せないことなんて腐るほどあるでしょうし」
「アリアはアズとどうなの?」
「どうもこうも、ホリデーはずっとバイオリンの練習だし、遊ぶ暇なんてこれっぽっちも無かったの。アズとも休み明けに漸く会えて、なんというか……現状維持ね」
不機嫌そうにパスタを頬張るアリアを見て、なんとなく納得する。アズがディラン様の護衛についたことは知らないのかもしれない、と思って余計な口出しはしないと決めた。
「……随分と思い詰めているのね」
アリアの言葉にハッと顔を上げると、パスタを巻く手を止めてアリアがじっと私を見ていた。
「全然食事が進んでいないし、顔暗すぎじゃない?」
「え、あ……」
全く減っていない自分の昼食を見て、さらに気が滅入る。正直、こんな複雑なことにアリアを巻き込んでしまっていいのか不安で仕方がない。ディラン様に一言言えばいい話なのだが、これを言っていいのか、自分でも分からなくなってしまった。
でも、アリアに話したところで彼女からすればいい迷惑だし、学園にいる以上、巻き込んでしまうかもしれない。
また、ミラ様の時のように、操られてしまったらどうしようと気が気でない。ディラン様の弱点が私であるならば、私の弱点はアリアだ。
やはり親友が害されたとなると、冷静ではいられない。
「もうね、貴女の考えが手に取るようにわかるわ……」
はぁ、とため息を吐いたアリアは困ったように笑っている。
「また考え過ぎてるんでしょう。何でも相談しろとは言わないけど、そんなに悩むなら言っちゃえばいいのに」
「そ、そんな簡単なことじゃないのよ」
「貴族の世界なんてどこも複雑なんだろうけど、こっちまで心配になるわ、その顔。無理して訊いたりしないけど、その湿っぽい顔どうにかしないと、王子に問い詰められるわよ」
くるくるとパスタを巻いて、幸せそうにパスタを食べるアリアに毒気が抜かれた。食欲の無かったお腹が、途端に空腹を主張し始めた。
「そうそう。私も相談があるの。これでwin-winよ。どう?」
悪戯っ子のように笑う彼女の底抜けの明るさは、正にヒロインと呼ぶに相応しいものだった。
◇◆◇
いつものようにディラン様に部屋まで送ってもらい、軽いキスを交わす。一日一回キスをすることが、習慣のようになってきて、甘い雰囲気に照れてしまうことも多かった。
部屋に入ってから、一二時間ほどはゆっくりしたり課題を終わらせたりして時間を潰す。ポーンッとベルが鳴って、アリアが来たことを知らせた。ちゃんとアリアと確認して、ドアを開ける。
「随分と用心深いのね……。前世での部活を訊くなんて忘れてたらどうしてたの」
「全国まで行った部活を忘れるわけ無いじゃない」
空手部で全国レベルまで到達していたアリアにそう言えば、それもそうね、と軽く頷かれた。アリアはいつものように、私のお気に入りのソファーに座る。ため息を吐きつつもいつも通りな彼女の行動にどこか安心した。お茶を出して、向かいのお客様用の椅子に私が座る。
「はい、お土産のお煎餅」
「……一体どこでこれを手に入れているのかしら」
「これはアズの領地の特産品なのよ。とってもおいしいの」
カラカラと笑いながらバリィッと煎餅を齧るアリアに何度目かわからないため息を吐いた。
「じゃあ、まずは私からね」
アリアはあっけらかんとしたまま、彼女自身の相談事を話そうと身を乗り出した。私も同じように体を前に傾ける。
「ゲームの中でのヒロインの設定って、覚えてる?」
「設定……? えっと、甘そうな桃色の髪で金を溶かしたような黄金の瞳。あと万人を魅了する音楽の才能に溢れている」
「ゲーム公式プロフィール暗唱ありがとう。忘れがちだけど、私、とんでもなく音楽の才能があるのね」
試しに、というようにアリアがアカペラで歌うと、その美声に空気が震えたような感覚がした。体の内側から揺さぶられるようなその声に、涙が溢れそうになる。
「あんまりすると感情移入しちゃうから不味いんだけど……」
「……すごいなんてものじゃないわね……感動しすぎて言葉が出てこないわ」
「そうそう。みんなそんな感じで無条件に私の音楽に圧倒されるのよ」
正に、才能がある、という言葉がピッタリだ。言語化できない魅力が、アリアの歌声にはあった。
「楽器も歌も、音のあるものならなんだってできるの。それはもちろんゲーム設定と同じなんだけどね、一番重要な効果がこの才能にはあって」
「一番重要な効果……?」
「ベルは黒魔法ってわかる?」
アリアの言葉に、大きく目を見開いて体を強ばらせた。まさか、アリアからその言葉が出てくるとは思わず、体を固まらせる。
「その様子だと知ってるのね。まぁ王子ルートだったら魔法がこれでもかってくらい出てくるし、その過程で黒魔法も登場するのよね」
「黒魔法って、精神魔法のことでしょう?」
「そうよ。人の精神に干渉する禁忌の魔法。王子ルートでは一度この魔法によって事件が起きるのよ。悪役ベルティーアがこの魔法を使ってヒロインを操って、なんとか王子との関係に亀裂をいれようとするの。だけど、王子によってそれは阻止されて、精神魔法を使った代償としてベルティーア自身の精神が犯されてしまう」
まるで、ミラ様のようではないかとゾッと背筋を震わせた。もしかして、知らないうちにどんどん話は進んでいたの……?
「そんなベルティーアに心を痛めたヒロインが、美しい歌を歌うの。ヒロインは無自覚だったみたいだけど、その歌声のお陰で狂いかけていたベルティーアの精神は元に戻り、王子もその歌声に胸を打たれる……みたいなストーリーがあるわ」
「精神魔法を使った人の心が元通りになるの……?」
「一種のセラピーよ。音楽を聴くとスッキリするとか悩みが一瞬吹き飛んだり、歌詞に感情移入して涙が止まらなくなるとかあるでしょう? あれと同じ。勿論、音楽を聴くだけで人間の本質が変わるわけじゃないから悪役ベルティーアはその後も懲りずにヒロインを虐めるんだけどね」
どういうことだ。つまり、アリアの歌声は精神魔法を防ぐことができるということなの?
いや、防ぐいうよりは、治療に特化したものだと考えた方が良さそうだ。アリアだって、ミラ様の精神魔法を受けていたし。……ということはもしかしたら。
「ゲーム内でのベルティーアに精神魔法を使えるように言ったのは誰なの?」
「そこら辺は微妙にぼかされていたし、言及されていなかったけど、ベルティーアがマントとハットを被った人間に唆されるシーンはちらっとあったかしら? 謎の人物、みたいな感じそんな重要視されるものじゃ……ベル?」
マントにハット。つまり、学園長。
ゾワゾワと鳥肌が立って、思わず自分を抱き締めるように腕を擦る。全ての辻褄が合うような感覚に悪寒が止まらなかった。まるで、何かにずっと操られているような、糸で一つの結末まで導かれているような、そんな感覚だ。
「謎の人物は、分からないのよね……」
「あ、でも、確か隠しキャラが私たちが死ぬ直後の日程で配信予定だったはずよ」
「隠しキャラ……? なに、それ。そんなの知らないわ」
「あれは、王子ルートpart2みたいなかんじで、王子の闇だったり過去とかについての続編みたいなものだったから、アズ推しの貴女は興味なかったでしょ。覚えてないのも無理無いわ」
「その、part2で隠しキャラが出てくるの?」
「そうよ。王子ルートなんだけど、王子が闇落ちしたら、自動的に隠しキャラのルートに切り替わるらしくて」
「ねえ、その、隠しキャラって誰か分かる?」
私の質問に、アリアは考えるように目を伏せる。あぁ、もっと早くこの話を聞いていたら先手が打てたかもしれなかったのに……!
アリアもミラ様のことは覚えていなかったし、私だってこんな大事になるとは思っていなかった。仕方がない、といってしまえばそれまでなのだがやはり悔しい気持ちに襲われる。
「名前と立ち姿しか覚えてないけどいいかな?」
「ええ」
「確か、水色の髪の毛に王子と同じくらい深い青い瞳だったはず。髪がさらさらとしていて、幼めの顔立ちだったわ。背は……他のキャラと並んでなかったから分かんないわね。白衣……着てたかな。うーん、思い出せないわ。なんとなく学者風の雰囲気だった」
思い出せるまま、ポンポンと特徴を上げていくアリアに、自分の顔がどんどん強ばっていくのが分かった。
「名前は……そう、ラプラスって名前だったかしら?」




