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第9話 『負けられない戦い』

 右、左、右とカードを引く仕草をするけど目の前の美少年の表情筋が動くことはない。というか、ババ抜きでよくやるこの揺さぶり作戦に効果があるのだろうか。


 既に手持ちのカードが無い王子は楽しそうに私達の一騎討ちを見ていた。


「どっちでもいいので早く引きませんか?」


 面倒臭そうな声を出すシュヴァルツをちらりと見ると、無機質な瞳と目が合う。

 私、一応王子の婚約者なんだけど……。


「少しくらい表情を変化させてから言ってください」

「確率は同じです」

「むう……。じゃあこっち!」


 勢いよく引いたカードに描かれてあるのはバカにしたように笑うピエロ。ガックシと肩を落とすと、左前にいた王子が爆笑していた。シュヴァルツが無表情なのが何気に辛い。


「じゃあ、次は僕ですね」


 背中に隠しながら二枚のカードを混ぜ、シュヴァルツの目の前に出した瞬間、迷わず引かれた。え、はや!?


「あ、僕の勝ちです」


 あまりの早業にシュヴァルツの手の中にある二枚のカードと私の手元にあるピエロくんを交互に見る。

 また、負けた。


「また負けた!?」

「弱いですね」

「シュヴァルツが強いんじゃない?」


 シュヴァルツが強いとか言ってますけど王子も十分強いですからね。

 睨むように二人を見たが、フイッと目を反らされた。


「次は違うのしましょう! ババ抜きじゃ勝てません!」

「あ、ようやく諦めた?」

「5回も付き合わされましたからね」


 負けに負けまくった私は結局リベンジを4回もしてしまった。男の子二人もさすがにもうババ抜きは飽きたらしく、新しいゲームと言うとキラキラと目が輝く。

 もちろん、輝いたように見えただけであって王子は笑顔だし、シュヴァルツも無表情だが。トランプが飽きたとは言わせない。


「にしても、ベルはすごいよね。こんなに凝ったゲームを自分で思い付くなんて」


 ギクリと肩が揺れた。

 しかし、それに気付く様子もなくシュヴァルツも同意するように頷いた。


 内心冷や汗かきまくりの私に何かを感じたのか、王子の視線が刺さってる気がする。気のせいだ。多分。

 普通に考えたら9歳くらいの女の子がこんなゲームを考えつくわけがない。どんな天才だって話だ。


 笑って誤魔化そうと顔を上げたら王子と目があった。王子がすぅっと目を細める。


「これ、本当にベルが考えたの?」

「え、えええっと……」

「あ、違うんですね。そんなことだろうと思いました」


 驚いた様子もなく、失礼なことを平然と言いやがるシュヴァルツは無視しよう。


「そ、そうなんです。実は私が思い付いたものじゃなくて、教えてもらったものなんです」

「教えてもらったの? 誰に?」

「お……お父様です」


 ごめんなさい、お父様。


「お父様が他国へお仕事で行かれた時に、この遊びを知ったそうなのです」

「なるほど。外国の遊びですか」


 この説明でシュヴァルツは納得したようだけど王子はまだにっこり笑って問い詰めようとしている。


 嘘ばっかりだもんね!一個も真実が混ざってないからそりゃあ疑う。変なとこ突かれたら王子相手に弁解できる気がしない……。


 いまだに私を見つめる王子を不思議そうにシュヴァルツが見た。盛大なため息をついた王子は再び微笑む。


「まあ、いいや。じゃあベル。その外国のゲームを教えてよ」

「え、ああ、はい! 今度は大富豪しませんか?」

「「大富豪?」」


 ゲームの名前を聞いた途端、二人はきょとんとした後声をそろえて復唱した。

 可愛い……! と叫ぶ心をそっと隠して私は二人に微笑みかける。


「富豪ってことは金持ちのやるゲームってことですか?」

「金を賭けるの?」

「そんなブラックな遊びじゃないです……」


 王子が金とか言わないでほしい。せめてお金って言おうよ。シュヴァルツとかポケットごそごそしてるんだけど。


 大富豪はババ抜きとは全く違う遊びと言える。この二人がすぐにルールを飲み込めるだろうか……。一つ息を吐いて、二人に本当の大富豪を説明することにした。



 説明を開始してから早5分。


「え、このカードって今出して良いの?」

「どうぞ、どうぞ」

「じゃあ僕はジョーカー出します」

「うふふふ、どうぞ、どうぞ」


 にっこり……いや、にやりと笑った私を二人は不審そうにちらりと見たが、また自分の手元に視線を落とす。

 私は平然を装いながら内心高笑いしていた。


 この序盤の段階でジョーカーを出すとは!

 ふはは、貴様らの負けだ!


 心の中で嘲笑いながら私は着実にカードを減らしていく。私のルール説明がちょっと意地悪だったのは認める。こうした方がいいよ、とか、ああしたら? なんて言うほど私は甘くない。

 自力で覚えたまえ! その間に私が勝つ!


「うふふふ」

「なんか余裕そうですね」

「あ、終わった」

「え!?」


 王子の方を勢いよく見ると、手元にカードはなく嬉しそうに手をヒラヒラと振っている。


「な、なぜ……!」

「ベルの絶望的な顔って凄く可愛いよね」

「うわぁ……めっちゃ楽しんでるじゃないですか……」

 

 私の悔しがる顔ってそんなに面白いのだろうか。

 シュヴァルツは引いたように王子を見るけど王子はただ楽しそうに肩を揺らしただけだった。


「まだ、まだ負けてない……!」

「そのやる気ってどこから湧くんですか」


 あと、あと一枚……!

一枚なんだ!!


 ここまで何回試合(ゲーム)をしてきただろう。そして、ここまで何回負けてきただろう。トランプは我が世界のものだぞ! 元日本人として……いや、地球人として! この異世界チートたちに負けるわけにはいかないのだ!


 シュヴァルツの手持ちは5枚。一度に三枚とか二枚とか出されたら終わりだ……。


 王子があがりで、次はシュヴァルツから始めることになる。最後まで取っておいたハートの2を握りしめた。

 一枚……こい!


 パサッ


 シュヴァルツが出したのはハートの6、ダイヤの6、クラブの6、スペードの6。計4枚。

 おいおい。嘘だろ。まさか、ここで━━


「革命します」


 無表情のシュヴァルツがにっこりと笑った。王子も楽しそうに微笑んでいる。


 ここで革命ってありですか?

 紙くず同然のハートの2を恨めしげに睨んだ。




「もう私って勝てない運命なんですかね?」

「うーん、運がないだけじゃない?」

「まあ、相手が僕たちですし」

「それ、慰めてます?」


 胡乱な目を向ける気力もなくて、ため息を溢す。


「私が持ってきたゲームだったのに……」


 一度も勝てないってどういうことだろう。七並べも神経衰弱もしてみたのに勝てない。神経衰弱は無理だと思ってたけど。


「他の人とやってみようかな……」

「だめ」


 ぽつりと独り言のように呟いたつもりだったのだが、王子に聞こえてしまっていたらしい。


「だってお二人としても勝てないですもの」

「じゃあ勝てるまで付き合ってあげるから他の人としてはだめ」


 そこで、私が勝てるように手を抜いてくれるとかは無いらしい。とにかく経験を積めと。


「でも、お父様相手なら勝てるかもしれませんし」


 そう言うと、王子は釘を刺すように言った。


「家族と俺ら以外と遊んじゃ駄目だよ」

「お二人以外に遊んでくれる友達がおりません……」

「ならいいや」


 なにも良くないのですが。

 そろそろ本当に友達ほしい。


「あ、シュヴァルツ様はもうお友達ですよね?」


 さっとシュヴァルツに向けて微笑むと、シュヴァルツは眉間にシワを寄せて嫌悪感を露にした。


「そんな嫌そうな顔をしなくても……」

「いや、別に嫌じゃないですけど……いってぇ!」


 目を反らして頭を掻いたシュヴァルツがいきなり足を押さえて悶え出した。ぎょっとしているとシュヴァルツは涙目で王子を睨む。恐らく王子が何かしたのだろう。


「本当に勘弁してくださいよ……。ディラン様どんだけ独占欲強いんで……あぁ、なんでもないです。失言でした」


 深いため息を吐いた後、シュヴァルツは私に向き直った。


「と言うとこで、貴女と友達になれません」

「どういうことですか」


 なんかじゃれあってるらしい王子とシュヴァルツを呆れて見る。

 シュヴァルツの隣でにっこり笑う王子からなんか黒いのが出てる気がするんだけど。


「なんでもいいですけど僕はまだ死にたくないので」

「シュヴァルツ様には早死にのご予定がおありなのですね……」


 肩を竦めてみせたシュヴァルツをむっとした顔で見る。


「でも、楽しかったです」


 メガネの奥の瞳と目があった。


「ここ数年感じたことが無いくらい。楽しかったです」


 相変わらず無表情だけど、その嬉しそうな感じはなんとなく伝わった。王子も黒いのを出すのを止めてじっとシュヴァルツを見つめる。


「……じゃあまた遊べばいい」

「え?」


 唐突に口を開いた王子にシュヴァルツが反応する。


「秘密基地はバレてしまったし、遊びは人数が多い方が楽しい。だよね、ベル」

「そうですね。またいつでもいらして下さい」

「側近の休みも必要だろう?」


 ふんわりと柔らかく微笑んだ王子と私にシュヴァルツは一瞬目を見開いた後、それはもう、嬉しそうに、心からの笑顔を浮かべた。

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