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第85話 『金木犀の花言葉』

 眩むような閃光に、思わず目を瞑る。瞼の上からでも感じる白い光に驚くが、ガッと乱暴に目元を手で覆われた。

 視界が黒く閉ざされる。バチバチと、近くで音がした。


「きゃあああ! 痛い!」


 鋭い悲鳴は恐らく王妃様の物だ。ガシャンガシャンと暴れるような音がしていたが、暫くすればそれも大人しくなった。

 ゆっくりと目元にあった手が外されたのを感じて、目を開く。明るい視界に慣れるためにパチパチと瞬きする。


「魔法道具でこの威力とは、底が知れんな」


 上を向けば、私の手首を掴んだまま不敵に笑う王太子がいた。しかし、その額には若干汗が滲んでいる。彼の右腕からは焦げたような匂いがして、酷く火傷をしているのが見て取れた。


「う、腕が……」

「あぁ、気にするな。ディランの魔力を相殺できなかっただけだ。これでも私が近くにいただけ、被害は最小だろう。母上も目が一時的にやられただけで傷は付いていない」


 被害がどうとかではなく、純粋に怪我が痛そうだから顔をしかめているんだけれど。火傷のように爛れた腕は、見ていて辛いものがある。


「えっと、痛くないんですか」

「痛みには慣れている」


 私の手首から手を離して、王太子はちらりと扉の方を見た。私もつられてそちらの方を見れば、グラディウスが顔を覗かせていて、驚きに目を見開いた。そのまま王太子に腕を引かれ、王妃様に聞こえないよう小声で伝えられる。


「お前はディランの部屋へ行け。そこなら誰も手出しはできない。あの部屋はディランの意思でしか動かないが……お前なら大丈夫だろう。それと、クラウディアも頼む。母上のことは私がなんとかするから、こちらはまかせてくれ」


 早口で捲し立てる王太子の剣幕に圧されてコクコクと頷く。視界の端では未だにさっきの閃光のせいで目が回復しない王妃様が苦しげにソファーで踞っていた。


「決して。決してディランを助けに行こうとするなよ。アイツはちょっとやそっとじゃ死なない。それよりも無闇に王宮をウロウロされる方が迷惑だ」


 目をすうっと細めて、王太子は私を見た。釘を差すように、ゆっくりと。

 今度はさすがに頷くことができず、沈黙する。死ぬとか死なないとかではないのだ。ただ、ディラン様が傷付いてほしくない。そんな私の様子に、王太子は呆れたようにため息を吐いた。


「3日だ。私が王になるまで。それまで待っていろ」


 こっそりと、耳元でそう囁かれ、グラディウスの方に背中を押される。王妃様はブツブツと何事か呟きながら立ち上がっていた。


「うぅ、痛い痛い……。私にこんなことをして! 許さない、許さないわ……」

「走れ!」


 王太子の言葉に、一目散に扉へ駆け出した。グラディウスに手を引かれて、そのままお姫様抱っこをされる。


「捕まれ。走るぞ」


 グラディウスは短く私にそう言うと、扉の前にいたハルナに目を向ける。


「ハルナ、あとは頼んだ」

「任せて」


 部屋を護衛する騎士が倒れているその真ん中で、ハルナは真剣な表情でコクりと頷いた。それを見届けたグラディウスは素早く走り出す。


「ディラン様は、」

「喋るな。今はあまり余裕がない。舌を噛む」


 グラディウスの言葉に素直に口を閉じた。ディラン様ほど速くはないが、それでも普通よりはずっと運動神経がいいはずだ。……やはり、ディラン様は規格外なのだと妙に納得する。王妃様がディラン様を化物だと罵った理由も、なんとなくだが理解できた。もちろん、共感する気はさらさらないのだけど。


 グラディウスに抱えられるまま、廊下を駆け抜ける。気が付けば、以前見たことがあるディラン様の部屋の前に到着していた。そこにはクラウディア王女がいて、思わず瞠目する。


「ベルティーア嬢。すまないが、俺はこれからギルヴァルト様の護衛につかなければならない。王妃陛下がギルヴァルト様を殺すとは考えられないが……万が一がある」


 真剣な眼差しで私をみるグラディウスは、焦っているのが丸分かりだった。それほど切羽詰まった状況であるのは確かだ。


「ディラン殿下の部屋には誰も入れない。唯一許可されていたのはシュヴァルツだったが、彼も今や行方不明だ。いない者に期待してもどうしようもない。だが、ベルティーア嬢、貴女は違う。ディラン殿下の婚約者であり、彼の隣を許されている者だ。貴女ならこの部屋にも入れるかもしれない」


 グラディウスはクラウディア王女をちらりと見てから続ける。


「王女殿下を頼む。……それと」


 言葉を一瞬詰まらせて、グラディウスは考えるように目を伏せた。しかしそれもすぐに終わり、真っ直ぐに私をみつめる。


「地下牢への行き方なら、姉上が知っているかもしれない」


 それだけ言い残すと、グラディウスはすぐにいなくなった。相変わらず足が速いようだ。

 それよりも、姉上。それはミラ様のことだろうか。それとも他に兄弟が……いや、どう考えても私の知ってる人物だろうから、ミラ様のことなのだろう。だけど、彼女はまだ昏睡状態でいつ目が覚めるか分からない。かろうじて彼女のいる部屋は分かるけど、目が覚めていなかったら訊くことすらできないのだ。


 その時、くいっとドレスの裾を引かれた。下を見れば、クラウディア王女が扉を指差していた。早く入れということだろう。

 これで開かなかったらどうしよう……と思っていたが、思いの外すんなり開いた。部屋の中は相変わらず綺麗で、数年前来たときと変わっていない。ずっと、決められた形を保ち続けるようになにもかもそのままだった。扉を閉めて、開かないことを確認する。


「ふっ」


 隣から声が聞こえて、ハッとそちらを向けばクラウディア王女が目に涙を溜めて肩を小刻みに揺らしていた。泣く直前のような彼女の顔は、みるみるうちに赤くなっていく。


「ふぇえぇぇん! お兄様ぁ!」


 我慢できなくなったのか、クラウディア王女が火が付いたように泣き出した。私のドレスを握りしめたまま、わんわんと泣く。


「おに、お兄様が、死んじゃう! うわぁぁぁん!」

「大丈夫です。大丈夫ですよ、クラウディア殿下。王太子殿下は死んだりしません」

「でも、でも、お母様はきっと許してくれないわ!」


 私の言葉に一瞬止まった涙も、再び溢れて止まらなくなる。私は、王女の目線に会わせるように膝を折って、目を合わせた。


「王太子殿下は魔法も使えますし強いですから、王妃様に殺されることなんてありません」

「でも、でも……うぅ……」

「クラウディア殿下が泣いていらしたら、王太子殿下も悲しんでしまわれますよ。さぁ、涙を拭いてください」


 失礼します、と断ってから手のひらで涙を拭う。意外にも、彼女はなされるがままだった。

 クラウディア王女をソファーに座らせて、落ち着くまでじっと待つ。暫くすれば落ち着いたようで、無表情のままじっと動かなくなってしまった。何気に気まずい雰囲気に耐えきれず、部屋をちらちらと横目で眺める。


 ふと、窓に飾られているものに目がいった。

 ふらふらと誘われるようにそれを近くで見ようとソファーから立ち上がって近付く。本来の働きを成していない風鈴がこっそりと飾られてあった。


 私は一瞬で気付いた。これは、私が昔お土産にあげたものだ。大したものでもなかったのに、丁寧に飾られてあって、埃すら被っていなかった。そっと手を伸ばせばチリンチリンとか細く音が鳴る。そしてそのまま、流れるように近くの机が目に入った。どう見たって上等に見える書斎机に座り心地のよさそうな椅子。机の上に無造作に散らばっていたのは数々の手紙だった。


 宝石を入れておくような重厚感のある箱には手紙が丁寧に詰められていて、それが全て私が送った手紙だと気が付いた。開けっ放しの箱の近くには封筒から出された便箋がポツリと一つ置いてある。読み返していたのだろうか。

 机の中心には、書きかけの手紙が封筒に入れられることもなくそこにあった。ペン立てに羽ペンが突き刺さったまま放置されてある。


 悪いとは分かっていながら、ディラン様の筆跡がどこか懐かしくて思わず手紙を手に取る。

 いつも通りの挨拶から始まり、とりとめのないことを綴っていた。


『━━最近は部屋で甘い匂いがします。この時期に香る花と言えば金木犀ですが、もうそんな季節になったのかと感慨深く感じてしまいます。そういえば、金木犀の花言葉をご存知ですか?』


 花言葉……?

 ディラン様にしては珍しいな、と思いながら読み進める。


『博識なベルならきっと知っていますよね。金木犀の花言葉は、"謙虚""初恋"だそうです。謙虚と言えば真っ先にベルを思い浮かべてしまいます。初恋と言われれば、俺がベルを好きになったことでしょうか。


 初恋は叶わないものだと言われていますが、俺は幸運なことに、ベルと婚約者になってベルに恋をして自分の思いを伝えることができました。前世にとても良い行いをしたのだと思います。

 ベルに恋をしてから、俺は本当に幸せです』


 手紙はそこで終わっていた。ポタッと手紙に涙が落ちる。ポタポタと続いていくつもの涙が溢れた。

 やっぱり嫌だ。ディラン様以外の人と結婚なんて絶対にしたくない。ポロポロ涙を流していれば、唐突に背後から声がかけられた。


「ディランお兄様を助けたい?」



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― 新着の感想 ―
[一言] デュランの手紙を読んで、私も泣いてしまいました どうかデュランが幸せになりますように…
[一言] ディランは無事なのでしょうか? ギルヴァルトも心配です。
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