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第82話 『毒婦の狂宴 Ⅰ』

 王家が食事をする専用の食堂へ王太子を先頭に、ディラン様にエスコートされながら向かう。後ろからは静かに護衛の四人がついてきていた。


「にしても、とんでもなく広いな。王城なんてはじめて来たけど想像以上だ」

「廊下に並べてある装飾や飾ってある絵画は、貴族の屋敷が建つレベルの価値あるものばかりだからね! あぁ、いつ来ても宝石箱のようでワクワクするよ!」

「……今日ばかりはお前の能天気さに救われるよ」


 アズとシエルはヒソヒソと王城について楽しそうに会話を弾ませていた。シエルの緊張感の欠片もない言葉に、私まで肩の力が抜ける。粗相をしないか不安で仕方なかったけど、少し安心した。


「ベル、大丈夫?」


 私の手を引くディラン様が心配するように首を傾げた。正直今すぐ家に帰りたいくらいだけど、これはディラン様の家族との会食だと思えば致し方ないことだとも思える。国王陛下はディラン様の実の父親である訳だし、しっかり挨拶をしなければ。


「大丈夫です。ディラン様のお父様である国王陛下と謁見するのですから、良い印象を持って頂かなくては」


 意気込むようにそう言えば、ディラン様はとろりと微笑んだ。


「あんまり気負わないようにね」

「はい! 頑張ります」


 ディラン様は再びにこりと私に笑いかけてから、前を向くと同時にすっと表情を消した。クラウディア王女も中々だったけど、ディラン様も変わり身が早いというか、ぞっとするほど冷たい時があると言うか……。


「ベルとディラン様はラブラブだな。羨ましい」

「あ! ベルティーア様を愛称で呼んだら駄目じゃないか、またお叱りを受けるよ」

「ディラン様は怒ったら怖いんだよ……。あー、俺もアリアに会いたい」

「君も大概、苦労人だからねぇ」


 アズとシエルは世間話でもするかのように王城の廊下で気の抜けるような会話をする。声を潜めて話してはいるが、意外と響いている。こっちがハラハラしていると、グラディウスとハルナに注意されていた。


「くっ、ふ、ふふ」


 これにはさすがのディラン様も笑いを堪えきれなかったようで、くすくすと笑いを溢している。真顔のディラン様も格好いいけど、こうやって年相応に笑っている姿も可愛らしい。


「おい、うるさいぞ」


 さすがの王太子も見逃せなかったようで、睨むようにこちらを振り向いた。しかし、アズのすみません! という声に呆れたようにため息を吐く。

 アズは良くも悪くも田舎の貴族で、しかも次男坊だから真っ直ぐで底抜けに明るい。王太子も毒気を抜かれたように薄く笑った。


「気を引き締めろよ」


 王太子がそう言うと同時に、扉が開かれた。食堂への入り口だ。目映いほどの照明に、思わず目を細める。

 天井には数々のシャンデリアが吊るされ、上品な紋様が彫られていた。長い机の上座に国王がいて、王妃様は王様に一番近い席に座っていた。尋常じゃない数の護衛騎士と給仕人。タイバス家でも想像できないほど待遇が桁違いだ。金色に輝く食堂内では美味しい食事さえも味が分からなくなってしまいそうだ、とひっそり息を吐く。


 王太子とクラウディア王女が席に着いたのを見届けて、ゆっくりとお辞儀をする。ディラン様も座っていいのに、わざわざ私の隣にいてくれることがとても嬉しくなる。


「ベルティーア・タイバスにございます。国王陛下、本日のご招待、誠に感謝申し上げます。今日の良き日に陛下のご尊顔を拝せ、至極の慶びに存じます」

「ベルティーア嬢、よく来てくれた。今宵は無礼講だからどうか楽にしてくれ」


 招待してくれたのは王妃様だけど、ここで国王に挨拶しないなんてあり得ない。王妃様にも向き直って、同じ挨拶をする。

 王妃様はぴくりとも動かずに瞬きをしただけだった。感じ悪! と思わないわけでもないが、相手は天下の王族である。私なんかそこら辺の石ころと変わらないのだろう。


 ディラン様にエスコートされるまま、席に着く。ディラン様より先に席に座るのはちょっと戸惑ったが、彼がしてくれる通りに従えば間違いない。


「……随分と大切になさっているのね」


 静かに、しかしはっきりとそう言ったのは意外にも王妃様だった。思わず体に緊張が走る。

 ディラン様は一瞬顔をしかめたが、すぐににこりと微笑みを浮かべた。


「はい、私の婚約者なので」


 ディラン様の言葉を王妃様は黙殺して、再び視線を落とす。とても美しく綺麗な方だが、人形じみていてどこか恐ろしい。儚さがありながらもどこか毒々しい印象を持つ。


「では、今宵の良き日に、乾杯」


 国王の言葉と同時にグラスを軽く持ち上げる。この時、私の脳内は緊張を越えてもはや頭の中が真っ白だった。ナイフとフォークを持つ手が震えてなかったのが唯一の奇跡だと言える。


 美味しそうな食事さえも味がわからずにただただ口に含んで飲み込むだけ。これなら家で食べた方が数倍美味しい。


「ギルヴァルト」


 静かな食事の中、ポツリと王妃様が王太子を呼んだ。一瞬ドキリとしたが、手は止めることなく動かす。


「ミラの様子はどうかしら?」

「……まだ体調は回復しないようです」


 王太子は表向きのミラ様の様子を伝える。実際、まだミラ様は目を覚ましていなかった。


「そう。ミラでは世継ぎを産めないだろうから、心配していたの。貴方にも新しく婚約者を用意しなければならないわね」


 思わず、ナイフが止まる。それは、ミラ様を王太子の婚約者から外すということだ。驚いて王妃様を見れば、彼女はうっすら笑みを浮かべて王太子を見ていた。


「……えぇ、そうですね」


 しばらくの沈黙があった後、王太子が声を絞り出すように小さく返事をした。きっと、彼はミラ様以外の婚約者など考えていないだろう。愚かな婚約者を娶るくらいなら、きっとこの人は妃すらいらないと言いそうだ。


「ベルティーア嬢はどうかしら?」


 は?


 驚きの言葉は空気になって消えた。かろうじて声は出なかったが、嫌な予感がするように胸がぎゅうっと痛む。


「母上、冗談でもそのようなことをおっしゃるのはいかがなものかと」


 王太子が素早くそう言うが、王妃様は微笑んだままだ。緊張では一切震えなかったはずの手が、今震えているのが分かる。

 ちらりと隣を見ればディラン様も愕然としたように目を見開いていた。ガルヴァーニと敵対しても飄々としていたディラン様の顔が恐怖に染まっているのが見て取れた。それほど、王妃様の権力とは強大なのだろうか。


「冗談ではありませんよ、ギルヴァルト。貴方も王になるのならば、妃を娶らなくては。世継ぎを産むために、健康な母体が必要なのは当然のことでしょう?」


 王妃様のその言葉にゾワッと背筋が凍る。なんて明け透けな物言いだろう。一体私をなんだと思っているのか。感情のない、お飾りの婚約者だと思われているのならばとても気分が悪い。


「お母様、ベルティーア様はディランお兄様の婚約者で……」

「クラウディア、お前は黙っていなさい」


 ピシャリと言葉を遮られたクラウディア王女は怯えるように体を小さくした。


「良い考えですわ、ベルティーア嬢もそう思わなくて?」


 にっこりと微笑んだまま、王妃様が私に問いかける。彼女の瞳はどろりとしていて、恐ろしかった。これは、否定していいのか、それとも彼女を刺激しないような言葉を選ぶべきなのか。

 王太子がまだ譲位されてない状態で王妃様の怒りを買えば、ただでは済まされない。喉が張り付いたように声が出せなかった。


「ベルは、私の婚約者です」


 声を絞り出すようにそう言ったディラン様の横顔から、彼が相当我慢していることに気がついた。右手を左手で押さえるようにして、魔力が暴走するのを防いでいる。

 ディラン様が頑張っているのに、私が何も言わないでどうするの。


「王妃陛下、私はディラン様以外の方と婚約する気はありませ━━」

「お黙りなさい」


 私の言葉を遮って、王妃様が傲慢に笑う。


「貴方たちは一体誰に向かって口を聞いているのかしら?」


 扇を開き、口許を隠しながら嘲笑うようにそう言われた。その時ようやく理解した。王宮で必要なのは権力。それだけなのだ。


「母上、」

「貴方もよ、ギルヴァルト。どうして、はいと言えないの?」


 王妃様の言葉に、王太子すらも閉口する。


「ディランとは婚約を破棄して、ベルティーア嬢をギルヴァルトの婚約者にしましょう。それがいいわ。元々王族の婚約者だもの。きっと素敵な国母になってくれる」


 王妃はニコニコと今度は上機嫌で微笑んだ。その様子は無邪気な子供のようにすら見えた。


「ね? 貴女も王妃になれるのよ。嬉しいでしょう?」


 彼女の穏やかにも見えるその微笑に、私は底知れない恐ろしさを感じるしかなかった。



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