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第81話 『会食に向けて』

 鮮やかに都を彩る装飾や屋台の様子を、馬車の中からこっそりと見た。都は盛り上がる人々の声を中心に、いつもより活気で溢れていた。


 あっという間に月日は過ぎて、気がつけば王族との会食の日になっていた。この数日は、ずっとレッスンの復習をしたりマナーの確認をするというなんとも多忙な日々を送っていたのだ。

 ウィルからも何があってもディラン様の側にいろと口酸っぱく言われた。


 王城に近づくと思うと、緊張で口から心臓が出そうになる。浅くなりそうな息を必死に整えているとすぐに王城に着いてしまった。タイバス家は王都に一番近い領地なので当然、早く着いてしまうものなのだが……。もっと時間がかかっても良かったと思ってしまう。


 腹を括るしかない、と意気込んで馬車から降りると見知った人たちがいた。驚いてパチパチと瞬きをすればすぐに抱き締められる。


「ベル、会いたかった」


 甘い溶けるような声色に、体が直立したまま固まる。ディラン様の後ろにはアズとシエルがいて、二人ともスーツ姿で私たちを見つめていた。恥ずかしいからあまり見ないで欲しいんだけど。


 私もディラン様の背中に手を回して、少し強めに抱き締める。久しぶりに触れただけで、緊張とは違うドキドキを感じた。


「お久しぶりです、ディランさ……」


 顔を上げて、ディラン様を見た瞬間、言葉を失った。礼服姿で、髪を美しくセットしたディラン様の破壊力はえげつない。


「え、え」

「そうだろう、そうだろう! 見惚れてしまうほど美しいだろう!?」


 急に声を出したのは、さっきまで傍観を決め込んでいたシエルだった。


「ディラン様はいつも礼服を着るだけだとおっしゃっていたからね! 僕がさらに美しく飾り立てたのさ!」

「俺は別にいつものままで良かったんだけどね」


 自慢げに胸を張るシエルの隣で、ディラン様は困ったように苦笑した。私は、かっこよさにあてられて褒め言葉すら出てこない。


「いやー、輝きが半端じゃないですよね」

「アスワド、誰がベルに話しかけていいと言った?」

「なんか学園の時と違くないですか!?」


 当たり強くない!? とアズは嘆くが、ディラン様は基本的に主従となるとこんな感じなので、早めに慣れた方がいい。シュヴァルツが良い例だ。


「あの、ディラン様、すごく素敵です」


 恥ずかしながらもなんとか言えた。謎の達成感を感じていると、ふわりと手を取られた。


「褒めてもらえるなんて光栄だな」


 心底嬉しそうに微笑むものだから、こちらの神経がゴリゴリと削られる。イケメンがお洒落すると尋常じゃない色気と輝きが付与されてしまうのだと改めて感じた。


「ディラン殿下、王太子殿下がお呼びです」


 すっと気配もなく現れたのはハルナだった。驚いてびくりと肩を揺らせばディラン様が宥めるように私の肩に手を置く。


「わかった。すぐ行く」


 短く返事をすると、ハルナは消えるように一瞬でいなくなった。実はハルナは忍者だったりするのだろか。


「ベル、会食まであまり時間が無いけど話したいことがあるから、王城の客室に案内するね」


 ディラン様がさりげなく私の手を取って、歩き出す。手を繋げたことに喜びを感じながらも、王城の空気がどことなく緊迫しているような気もした。心なしか、王城を警護する騎士も多い。戴冠式前だからピリピリするのは当然かもしれないけれど……。

 アズとシエルもいつもより険しい顔をしていて、ただごとではないのだとごくりと唾を飲み込んだ。


「来たか」


 案内された客間には、案の定王太子がいた。しかし、隣にもう一人座っている。

 誰だろう、と首を傾げていると向かいのソファーに座るように促された。


「私たち以外は扉の前で待機していろ。いいな」


 王太子の言葉に返事をして、ソファーに座っている私たち四人以外は席を外した。王太子の隣にいる人物を見て、思わず目を見開く。プラチナブロンドの髪に、深碧色の美しい瞳。間違いなくクラウディア王女だった。


「ディラン、お前も一応防音魔法を使ってくれ」

「分かりました」


 ぐにゃんと空気が歪む。やっぱり魔法があると相当便利だなぁ、と一人感心していた。


「クラウディア、挨拶を」


 王太子の言葉に私も慌てて立とうとするが、ディラン様に止められる。今はとにかく短縮して行いたいらしい。

 クラウディア王女もソファーに座ったまま、にこりとも笑わずに挨拶をした。


「ヴェルメリオ王国、第一王女。クラウディア・ヴェルメリオと申します。以後お見知りおきを」


 クラウディア王女は軽く頭を下げただけだった。というか、本当に笑わない。王族の誕生日パーティーで見た王妃様にそっくりだ。

 私も軽く会釈をして、名乗る。本当に王族相手でこれでいいのか不安になるが、王太子が良いと言うなら良いのだろう。


「ベルティーア嬢は分かると思うが、今回の会食で母上は必ず何か仕掛けてくる。ディランを狙うとしたら、ベルティーア嬢を手に入れた方が早い」


 ディラン様は静かに聞いていた。


「学園ではディランの方が有利かもしれないが、王宮は別だ。母上の独壇場と言ってもいい。しかも、今回の会食後、ベルティーア嬢は王城に留まることになっているな?」

「はい。王妃様からの招待状に同封する形で外泊届がありました」

「会食に出席して王宮に外泊なんて、意味が分からないわ。疲れが溜まるとか婚約者の側にいた方が良いとか、もっともらしいご託を並べたのでしょうけれど、それにしても怪しすぎる。お母様は随分とお粗末な脳みそをしていらっしゃるのね」


 突然饒舌に話し出したクラウディア王女を驚いて見る。彼女はさっきと変わらず無表情のままだったが、今とんでもない悪態を吐いたのでは?


「クラウディアのことは気にするな。ちょっと……いや、かなりひねくれているだけだ」

「だって、お兄様! お母様ったら頭が可笑しいんですもの。ホントにうんざりしちゃうわ!」


 さりげなく毒を吐きながらも、さっきとは比べ物にならないほど表情豊かに王太子に話しかける。一瞬別の誰かに成り代わったのではないかと疑うほどの変わり身の早さだった。

 可愛らしく頬を膨らませる姿は、かつて見た幼少期の彼女と重なる。


「ベルは前にクラウディアの魔法を見たよね? その時、俺と兄上の魔法を相殺してたでしょ?」


 ディラン様の言葉にこくりと頷く。クラウディア王女は王太子とディラン様の喧嘩をすんでのところで止めてくれた。


「クラウディアは魔力持ちだけど、その魔力を放出することが苦手なんだ。その代わり、魔法を相殺する力を持つ」


 魔力を持つと言ってもそれぞれなんだと、今さらながら実感する。感心したように頷けば、クラウディア王女は再び無表情になって話し始めた。


「ディランお兄様の言うとおりよ。私は魔法を相殺する術を持つ。…だから、言われた通りに作ってきたわ」


 クラウディア王女が乱雑に机の上に出したのは可愛らしく三つ編みに編まれた紐。それを四本。どう見てもミサンガだった。


「よくやったな、クラウディア」

「えへへ、でも、この四本しか成功しなかったの」


 さっきの無表情が嘘のようにクラウディア王女は頬を紅潮させ、嬉しそうに微笑む。王太子に対してだけ態度が違いすぎる。


「これはクラウディアの魔法道具だ。これを付ければあらゆる魔法が相殺される。これをベルティーア嬢に二つ、そして残りをディランの護衛に与える」

「ハルナとグラディウスはいいのですか?」

「あの二人はそれなりの訓練を受けている。操られそうになれば自分で意識を失うようになっているから心配はいらない」


 あの二人が規格外というのだけは分かった。納得したように頷けば、ディラン様が腕と足にミサンガをつけてくれた。


「ありがとうございます……」

「うん、あと俺からはこれをあげる」


 ディラン様がくれたのは、深い青色の宝石が埋め込まれたネックレスとミサンガを隠すような太めのブレスレットだった。


「ディランお兄様、乙女へのプレゼントにしては少々大きい気がしますわ」


 クラウディア王女は無表情でそう言った。暗にネックレスやブレスレットがゴツいと言っているのだと理解するのにそう時間はかからなかったが、随分な言い様である。


「これは、俺の魔法道具でベルを害する者を攻撃するようになってる。発動条件は、ベルが本気で抵抗したい時と俺がその場にいない時だよ」


 ディラン様はクラウディア王女をガン無視して説明を始めた。それに焦ったような顔をしたのは王太子だ。


「おい、ディラン。私が思っていたより随分と殺傷能力が高くないか?」

「ベルが傷付けられたら兄上との約束を守れそうにないので」


 飄々とそう言ったディラン様に、王太子が疲れたようにため息を吐く。そして、付け加えるように言った。


「母上はクラウディアの本当の能力を知らないから、クラウディアも洗脳できていると思っている。だから、この事は他言するなよ」

「勿論です。承知いたしました」


 是を示すように頭を下げれば、頷かれる。その時、静かにノックの音がした。


「ギルヴァルト様、そろそろお時間です」


 ついに来た……。

 はやる胸を押さえながら、私は思わず手を握りしめた。



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