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第78話 『招待状』

 護衛……? ディラン様の?

 たしかにディラン様がガルヴァーニに狙われているとは言っていたが、なぜ護衛がシエルなのだろう。


 眉を寄せて訝しげにしていたことに気付いたのか、ウィルが説明をしてくれる。


「姉上、シエルの実家であるマルキャス家は優秀な騎士を排出する家として有名です」

「僕はこんな感じだけど、兄上は剣術がべらぼうに強いし、父上は聖騎士団の団長なんだ」


 聖騎士団、といえばアズが所属したい騎士団だったはず。国家を守る、ヴェルメリオ王国の唯一の兵力だ。


「しかし、シエルの兄がディラン兄上の護衛をするならまだしも、なぜお前が抜擢されるんだ?」

「そりゃあ、王太子殿下が僕をディラン様の護衛にするようにと兄上に頼んだからだよ」


 シエルの言葉に、今度はウィルが眉を寄せて考え込んだ。


「年齢的に、王太子殿下とシエルの兄は学友になるな」

「そうだね、今は王宮もきな臭いし、信頼できる仲間が沢山必要なんじゃないかなぁ?」

「……お前の兄は王太子殿下のために暗躍してるのだろうな。だから手が離せない。合点がいった」


 何をどう納得したのか分からないが、ウィルはうんうんと頷いている。シエルもニコニコと上機嫌だった。


「さすが、僕のウィル! 相変わらず頭の回転が早いねぇ」

「今までどれだけ社交界に出たと思ってるんだ。俺は、この家の方針を変えたい」

「ウィルのそういうところ、僕は痺れるほど大好きだよ」


 タイバス家の方針を変える……?

 思ってもいなかったウィルの発言に驚きを隠せない。彼がここまで真剣に将来を見据えていたとは全く思っていなかった。


「良い機会ですから、一応伝えておきます。確認ですが、姉上はディラン兄上に嫁ぐおつもりですよね?」


 ウィルの真剣な瞳に、からかっているわけではないと分かる。目を反らさずにこくりと頷けば、やんわりと微笑まれた。


「良かった。まず前提として、タイバス家は国政にはほとんど関わらない貴族です」

「ここまで野心がないのも稀だよね。ちなみにマルキャス家は父上が騎士団長だからそれなりに王宮には出入りするし地位もあるよ」

「タイバス家の問題はそこです。自身の領地を治めるだけに留まっているため、王宮での発言権が全くありません」


 よく考えれば、お父様は家を出ることは少なかったし、パーティーに参加する頻度も他の貴族に比べれば圧倒的に少ない。それはお母様が病弱だからだと思っていたが、そもそもお父様に野心がないことも理由としてあげられる。

 社交界に出ないということは、人脈が広がらないということ。貴族社会で、これは致命的だ。他の貴族から目の敵にされることはないが、その分だけ国政に関わることができなくなる。


「タイバス家は歴史の重みがある貴族ですから、そう易々と排斥されることは無いでしょう。しかし、姉上が第二王子殿下に嫁ぐなら話は別です」


 ウィルがディラン様を畏まって呼ぶときは、大概大切な話である時だ。


「殿下は、王宮での立場が弱い。もしも、殿下が王宮で陥れられたとして━━その被害を最も被るのは姉上です。ここでタイバス家に王宮での発言権がなければ、二人を庇うことすらできません」

「んー、あとディラン様とベルティーア様の間に産まれた子供……とかね」

「魔力を保持した子供なら、確実に狙われます」


 あまりに壮大な話に、私は目を白黒させるしかない。まだ結婚もしていないのに、子供の話なんて早すぎる。

 ……だけど、貴族の婚約とはそういうものだ。血を繋ぐために、世継ぎがいるような世界なのだから。


「簡潔に言うと、ウィルはベルティーア様とディラン様を守りたいんだよ! 素敵だね!」

「シエルに賛同するのは癪に触りますが、まぁそういうことです」


 話終えた二人は私の方を見て、ギョッと目を剥いた。きっと私がボロボロ泣いていたからだろう。


「あ、姉上? あの、不安になるようなことを沢山言いましたが、心配しないでください。ディラン兄上は強いですし、絶対に守ってくれますから!! 俺も全力でサポートしますし!」

「そ、そうだよ! なんなら、僕も兄上に言ってベルティーア様の護衛を用意してもらおうか!?」


 あわあわと慌てる二人を見て、さらに涙が出そうになる。ウィルがここまで私のことを考えてくれているとは、思っていなかった。ツンデレの生意気な子供だった彼が、当主としての自覚を持ち、さらには私にまで気遣ってくれていることが涙が出るほど嬉しい。


「……ありがとう、ウィル。とってもとっても立派になったのね」


 涙を拭きながら彼の頭に手を乗せると、ウィルは照れるように俯いてしまった。照れたときに右耳を触る癖はまだ治っていないらしい。


「本当に君は美しいよ、ウィル」

「お前までからかうなよ……そんな目で見るな!!」


 シエルは感激したようで、聖母のような笑みを浮かべウィルを見つめていた。その視線が気にくわないウィルは思い切り叫ぶ。


「あ、そうそう! 多分アスワドもディラン様の護衛に付くと思うよ!」


 湿っぽい雰囲気を吹き飛ばすようにシエルが明るくそう言った。アズも……? え、どうなってるの。


「なぜアズが……?」

「彼の兄も王太子殿下の学友に当たるからじゃないかな。兄上も"アーノルドが一枚噛むなら大丈夫だろー!"って、言ってたし!」


 アーノルド。確か、アズの兄だった人だ。


 次々と生徒会のメンバーが揃うことに不思議な縁を感じながらも、ディラン様には護衛なんていらないのではないかとすら思う。ガルヴァーニのあの強さは、普通の人が敵うものではない。


「ディラン様は強いから、僕たちなんかいらないかもしれないけど……僕たちはベルティーア様の護衛も兼ねてると思うよ」


 心の声を読まれたようなシエルの言葉に思わず顔を上げる。


「そうだな。護衛すべきはディラン兄上よりも姉上だ。形式上は兄上の護衛だけど、ひっそりと姉上を守るつもりだな」

「そうそう! 僕がいるんだから、ベルティーア様も安心してね!」

「……お前、気品だの美しいだの言っているが、本当は相当強いだろう」


 ウィルの言葉に、シエルはペロリと可愛らしく舌を出す。


「僕は身長が高い上に、こう見えても剛力なんだ。剣術は苦手だけど、殴り合いなら負けないよ!」

「それはお前の美徳に反することじゃないのか……?」

「暴力は嫌いだよ。美しくないからね。だけど、売られた喧嘩は必ず買うって決めてるんだ」


 いい笑顔のまま指をポキポキと鳴らすシエルに、ウィルは疲れたようにため息を吐いた。


「……ねぇ、シュヴァルツはどうしたのかしら?」


 私の言葉に、ウィルもシエルも一瞬息を飲む。


「こう言ったらあれだけど、シュヴァルツ様の実家であるリーツィオ家は前々から怪しいと王家に目を付けられていたんだって」

「リーツィオ夫人が亡くなられてから当主は雲隠れしたように現れなくなり、長女も行方不明らしいです。シュヴァルツ様も王宮では肩身が狭かったのではないかと。すべて憶測ですが」


 シュヴァルツの実家の噂を私は知らない。だけど、シュヴァルツ自身がディラン様を裏切るとも思えなかった。


「でも、シュヴァルツ様がディラン様を裏切るなんて思えないわ」

「それは僕も同意するよ」


 私の言葉にシエルが頷いた。

 シュヴァルツに裏切ってほしくないという願望も含めた意見に賛同してくれたことに少なからずホッとする。


「あんなにディラン様を主として慕っていたシュヴァルツ様が裏切るなんて不自然だよ。しかも失踪なんて形で」

「……失踪、したの?」


 シエルは表情を暗くして、静かに頷いた。どうやらシュヴァルツの扱いはそのようになっているらしい。


「いなくなった人間について話しても仕方がない。姉上は自分の務めだけしっかり果たしてください」


 ウィルの凛とした言葉に素直に頷いた。私は、ディラン様の婚約者で、未来の妻だ。もう迷ったりしないし、彼を支えると決めた。


「じゃあ、僕はそろそろ……」

「お話のところ失礼致します。ベルティーア様、お伝えすることがございますのでこちらへ」


 突然部屋に入ってきた侍女のルティが静かにそう告げる。


「見送りはウィルにしてもらうから気にしないで」

「ごめんなさい。では私はここで」


 軽く礼をして、席を外す。ルティはじっと私を待っていた。


「お嬢様、どうかお部屋に」

「分かったわ」


 そんなに内密にしなければいけないことなのだろうか。不思議に思っていると、自室に入った途端、手紙を渡された。そしてそっと耳打ちをされる。


「おそらく、王妃陛下からのものです」

「……え!?」


 驚いてルティを見ると、彼女も珍しく焦った様子だった。手紙を見るとたしかに封蝋は王家の家紋だった。

 恐る恐る手紙を開けて見ると、美しい文字で、"招待状"と書かれてあった。



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