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第8話 『王子の側近』

「見てください!」


 優しい日差しが降り注ぐ午後。


 私は某水戸のご老公様みたく、ケースに入ったカードを王子に見せびらかす。得意気な私とは対照的に王子は苦笑した。


「今回は手作りではありません。職人の方に作っていただきました」


 フッとどや顔で王子を見る。

 王子よ、今日の私は一味も二味も違いますよ。


 前回、自作トランプで遊ぶと王子がカードを覚えてしまうという問題が発生した。色々と試行錯誤してみたものの、手作りでは無理だと泣く泣く断念。


 しかし、ただでは起きないのが私である。タイバス家の権力を使って職人さんに作ってもらった。イメージを絵に描いて作ってほしいとお願いすると快く了解してくれた。お金持ちって素晴らしい。お父様、わがままを聞いてくれてありがとう。今度絵をプレゼントします。


 新作のトランプはプラスチックみたいな素材に綺麗な絵が踊るように描かれてあった。


 綺麗なカードで楽しいゲームができるとなると、これは商品化できるのでは!? とか思ったんだけど職人さん曰く、まずこのプラスチックみたいな素材が高価なので普通の人は買えない。絵柄を描くのも大変だから大量生産はできないってことでやっぱり無理。

 金持ちの道楽が増えただけだった。


 椅子に座って腕を組んだ王子がゆっくりと首を傾ける。


「ところで、どうしてシュヴァルツがいるのかな?」

「睨まないで下さい……」

「あ、私が呼びました」


 小さく挙手すると王子が今度は私を睨んだ。


「え、いや、トランプは皆でやった方が楽しいと思ったのですが……」

「ベルティーア様、折角の誘いですが私は遠慮しておきます」


 椅子からスッと立ち上がったのはダークブルーの髪に赤黒い瞳を持つメガネの美少年だった。名はシュヴァルツ・リーツィオ。王子とはまた違った美貌を持つ人物で、彼を見たときは私の周りには本当に美形ばっかりだなと思わず感心してしまった。


 シュヴァルツは王子の幼なじみで側近らしい。

 なんだ、王子だって友達がいるじゃないか。いないのは私だけか。そうなのか。

 一人でこっそり泣いたのは秘密である。


「別にいなくなれって意味じゃない」

「じゃあ睨むの止めてくれませんかね」


 王子がぶっきらぼうにそう告げるとシュヴァルツは困ったように笑って肩を竦めた。側近であるにも関わらずシュヴァルツはかなり砕けた話し方をしている。

 王子も何かと彼を気にかけているようだしいい友達なんだなぁ。


 ほっこりした気持ちで私は朗らかに笑った。


「お二人も仲が良いようですし、早速遊びましょう!」

「だいたい、ベルが悪いんだよ」


 立ち去ろうとしたシュヴァルツを無理矢理座らせた王子が不機嫌そうに私を睨んだ。王子の怒りの矛先がいきなり自分に向くので驚いた。


 なんでですか? とぽろっと本音がこぼれると王子は不機嫌オーラを隠さずににっこり笑った。笑顔で威圧するの本当にやめてほしい。怖いから。


「ここは俺とベルの秘密基地なんでしょ? 俺たちの場所になんでシュヴァルツをいれたの?」

「え、ここって二人の愛の巣的なあれですか」

「ちがいます」


 嫌そうに顔をしかめたシュヴァルツが大変な誤解をしているようなので、間髪いれずに口をはさんだ。

 王子がますます機嫌を損ねる。


「もういいです。やっぱり帰ります。死にたくありません」

「え、待ってください! 大丈夫ですって! 人は簡単には死にません!」

「知ってますか。人は権力で死ぬんですよ」


 真顔でそんな重たいことを言わないでくれ……。というか帰るならせめて王子の機嫌をとって帰ってほしい。君は幼なじみだろ!


 私の制止の声も聞かず、立ち上がって踵を返そうとシュヴァルツが背を向けた。

 こんなに機嫌の悪い王子と私を二人きりにするの? どうやって機嫌をとればいいの?

 絶望的な気分で彼が離れていくのを見ていると、微動だにしなかった金髪がふわりと揺れた。


「シュヴァルツ」


 幼なじみといってもシュヴァルツにとってはやっぱり王子は主なわけで。私が何を言っても止まらなかったくせにピタリと歩くのを止めた。


「秘密基地を知ってしまったのは仕方ないことだ。お前の意思じゃないしな」


 ちらりと王子に横目で見られて縮こまる。シュヴァルツ、ごめんね。君の肩身を狭くしたのは私だったようだ。

 というか、王子の中で秘密基地の存在が大きすぎて驚く。


「それに俺はお前には怒ってない。俺は、ベルに、怒ってるんだ」


 私ですか。

 ベルってところを強調するの怖い。なんで怒ってるの。

 とりあえず謝ろう。何が悪いのか知らないけど。


「私が悪かったです。ごめんなさい」

「何が悪かったか分かってる?」

「もちろんです」


 もちろん分かってません。と心の中で反論しつつ、怖いので頭の中を引っ掻きまわして、先程の王子の会話を思い出す。


「シュヴァルツ様に秘密基地を教えたことです」

「……シュヴァルツ様って名前呼びなのもかなりむかつくけどね」


 じゃあなんて呼ぶのよ。

 困った顔で王子を見つめていたら王子がふと目を反らして下を向く。綺麗な髪を軽く掻きながら机に伏した。


「ごめん……シュヴァルツもベルも悪くない。俺が勝手に嫉妬しただけ」


 小さな声で、本当にか細い声で王子が言った。

 嫉妬? え、嫉妬したの?


 赤くなった顔を隠すように自分の腕にうずめた。少し遠くにいたシュヴァルツにも聞こえていたようで、メガネの奥の瞳が驚愕の色を浮かべていた。

 目を見開いたまま、シュヴァルツと目を合わせる。


 シュヴァルツはこんな王子見たことないって顔。多分私は、え? なにこれ、可愛いすぎるでしょ。嫉妬とか素直に言っちゃうあたり私のツボを連打してるっ! と悶えていた。


「え、これ本当にディラン様ですか?」

「っうるさいなあ」


 王子相手に毒を吐くシュヴァルツにも驚くけど、さっと顔色を戻して反論する王子もなかなかすごい。顔色って操れるもんなの?


「……じゃあ、今日だけご一緒させてもらっていいですか?」

「あ、はい! いつでも大歓迎です!」

「ベルのバカ……」

「ベルティーア様も結構意地悪ですよね」


 シュヴァルツはため息をつくようにうっすらと苦笑いした。


「ベル……覚えてろよ……」

「その顔でその口調はかなり怖いですね……」

「すぐ慣れますよ」


 シュヴァルツは僕も最初はびっくりしました、と複雑そうに言った。そして、不意に王子の方を睨む。


「ディラン様、そろそろしっかりしてください」

「いや、楽しくって」


 ぱっと机から顔を離した王子の顔には笑顔が浮かんでいた。いつもよりは少しヘラヘラした感じで、途中からからかわれていたんだと察する。もしかしてあの、嫉妬したっていうのも嘘? 切実にトキメキを返してほしい。


「僕は今日だけですから早く遊びましょう」


 表情は相変わらず無だけど、心なしかワクワクしているように見える。

 というか、常に笑顔の王子と常に無表情のシュヴァルツが並んでいるこのシュールさよ……。


「安心してください、明日にはお二人の愛の巣に戻ってますから大丈夫です」

「それ、なにも大丈夫じゃないですからね」


 即答した私を無視して今度は王子が口を開く。


「へぇ、愛の巣か。いいこと言うね。ねぇベルはどんな庭がほしい? 俺はゆっくりしたところでベルと住みたいなあ」


 頬杖をつきながらうっとりと笑う王子に内心身震いした。目が、なんか目が怖い。


「あ、クリルヴェル領はどうですか? 自然が豊かでいいところですよ」

「うーん、確かにあそこは良いところだけど王都から遠いしね。仕事できないよ」

「あの、そろそろトランプしませんか?」


 思わず私がそう言うと、二人の視線が私に向けられた。


「ベルはどこがいい?」

「……まだ先の話でよく分かりませんよ」


 そっか、残念と微笑んだ王子はさらに私を追い詰める。


「でもいつか住むことになるんだから考えておくんだよ?」

「……はい。分かりました」

「ベルは俺と結婚するんだからね?」


 私はよく分からない釘を刺されて曖昧に笑うことしかできない。シュヴァルツは途中からプラスチックもどきのトランプをいじっていた。

 満足そうに頷いた王子も私をじっと見つめているし、穴が空いてしまうのではないだろうか。


 ……そろそろ遊びたい……。

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