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第75話 『咎人』

 学園は貴族なら必ず通う学舎だ。それは王族とて例外ではない。ガルヴァーニの望む魔力量は現在の王族では叶えられないものだということか? それともまだ追加の条件があるのか?


 なにか、何か重要なことを見逃している気がする。一度"輪廻の悪魔"について調べてみるか。

 父上に頼んで、王の書斎に入れてもらった。黒魔法が記されている書籍を手に取り、パラパラと捲る。

 "輪廻の悪魔"が嫌厭される理由はもう一つある。自分の魂を閉じ込めるだけでなく、その魂が肉体に馴染まなかった場合、双方の魂は消滅してしまうということだ。体と魂は二つで一つ。一つの体に魂が二つ入るなどあり得ない。しかし、だからと言って、あらゆる魂と体の相性が良い訳でもない。

 "輪廻の悪魔"は、使うにはあまりにもリスクの高い禁術だった。


 では、条件として"自分の魂と相性の良い体"を提示したのか? ガルヴァーニは初代国王の双子だから、王族であれば馴染むと思うのだが━━。

 様々な可能性を考えながらページを捲っていると、一つの言葉が目に留まる。


 "血が濃いほど、魂の服従は上手くいく。己が始祖であれば更に確率は上がるだろう"


 かろうじて読み取れたのはこの部分だけだった。古典語の多いこの古書は読み解くのが難しい。

 部屋に持ち帰って考えたいが、この書は禁書だ。決して王の書斎から持ち出してはならない。


「取り敢えず今日はここまでにして、また明日考えよう」


 本に書いてあった言葉を頭に刻み付けてから、書斎を後にした。


 ◇◆◇


 "血が濃いほど、魂の服従は上手くいく。己が始祖であれば更に確率は上がるだろう"


 暗記した言葉を吟味するために文字に書き出した。一つ一つ、理解していくしかない。

『血が濃いほど』というのは恐らく血縁関係のことを示す。本物の血の可能性もあるにはあるが、魂と血液が関係することと言ったら血の繋がりしかないだろう。かつての肉体に流れていた血と似た血が流れているというのは大きな強みのはずだ。


『魂の服従』。これは別の人の肉体に入るとき、元の魂を服従するという意味だ。これは分かる。本来の肉体の持ち主である魂を服従させ、肉体の主導権を握る。その上でゆっくりと、相手の魂を己の魂と融合させるのだ。相手の魂を喰うなど、その名の通り悪魔のように卑劣な行為だ。


『己が始祖であれば』……この意味がよく分からない。始祖、というのは始まりの人。しかし、何の始まりなんだ?


「……あ」


 書いていた手を止める。

 血縁関係、と始祖。簡単じゃないか。


「自分を血筋の頂点とした血縁関係ということか」


 たしかに、私たち王族もガルヴァーニの血縁関係にあるが、そうではない。ガルヴァーニから始まる血筋を有した子孫が肉体の譲渡を成功させられる。


「ガルヴァーニの子孫であり、魔力持ち。余程の奇跡がない限り、そんな人物は現れない」


 なにせ、元々ガルヴァーニは魔力なしだ。一応王族ではあるが、魔力なしの王族から先祖返りが生まれるなど聞いたことがない。


「だが、ガルヴァーニは自分の子孫に魔力持ちが現れることを信じたのか……」


 魔力なしの分家から魔力持ちが生まれるなど前例がない、が……。魔法戦争まで引き起こした人物がここで賭けに出るとも思えない。たしかに、本人は正気を失っていたようだが、完全に安心するにはどこかそら恐ろしいものがある。


 もしこの仮定が正しいとしたら、ガルヴァーニの聖書は間違いなく学園にあるだろう。彼の子孫が治めている学園だ。さらには王族まで通うとなれば学園以外有り得ない。


「大量の魔力を保持した、ガルヴァーニの子孫……。そんなのいるはずが━━」


 ほっと一息吐こうとした瞬間だった。

 頭に過った可能性に、驚いて目を見開く。紙に押し付けたペンが紙に水溜まりのようなシミを作った。


 私は弾かれたように顔を上げ、ペンを机に乱暴に投げつけた。外は暗いが気にしてられない。寝静まった王宮を抜け、王の書斎や謁見の間、地下の書庫がある王城へ入る。


「王太子殿下! こんな夜更けに一体どこへ!? ほとんどの部屋には鍵が掛かっております!」

「少しは静かにしないか。王城の図書室の奥だ」


 図書室の奥と言えば、見張りの兵士はピタリと止まった。図書室の奥は資料室だ。魔力がある者しか入れない場所だから、あの兵士も察したのだろう。


 足早に図書室へ行き、魔法で照らしながら資料室に入る。魔力さえあれば、入り口は見える。この資料室は、国のあらゆる事件を保管する場所。

 その中には、罪人の名前もある。


 いつ見ても変わらないその名前に、思わず顔をしかめた。


「シャーロット・アンバーニ」


 ディランの実の母親。

 現国王の唯一の側室であった人。


 思わず一人座り込んだ。自分の仮説が正しければ、もしディランが聖書を開いたら確実にこの国は終わる。正気を失った魂と、異常な魔力を保持する肉体など災厄以外の何物でもない。


 ◆◇◆


 ディランは、自分の母親が自分を産んだ瞬間に死んだと思っている……正確に言うのならば、そう思い込んでいる。母親のせいで、ディランは一度、その精神を崩壊寸前まで追い詰められた。その際、彼の自己防衛が働いた結果ディランの記憶は一部改竄された。


 私も幼く、後から聞いた話なので詳しくは知らない。ただ、一つの物語を聞くように呆然と頷いたことだけは覚えている。


 ━━シャーロット・アンバーニ。ディランの母親は、海沿いの領地を治める貴族の娘だった。立地的に山を隔てているため大層田舎で、暮らしは苦しかったと聞いている。

 ただ、シャーロットは恐ろしいほど美しかった。教会の天使をそのまま具現化したような、天女のごとき美しさだったらしい。


 シャーロットを求めて、あらゆる地位の男が金を積んだ。しかし、シャーロットは決して首を縦に振らなかった。

 彼女はどうやら、当主の妻の姦通によって産まれた私生児であったらしい。そのため屋敷では冷遇されていたようだ。そのせいなのか平民の男と恋に落ち、その美しさがありながらも一途に男を想い続けた。


 しかし、彼女の義理の父である当主はシャーロットをどうにか金にしようとより位の高い貴族に売ることにした。もちろん、彼女も平民の男も抵抗したが貴族に敵うはずもなく男は殺され、シャーロットは貴族に売られる。その貴族はシャーロットを汚すことなく━━王に献上した。

 国一の美しい娘として、物のように、奴隷のように、国王に差し出したのだ。


 父上はそれを拒否しなかった。どう考えても母上が黙ってない話なのだが、今なら分かる。臣下の押し売りももちろんあっただろうが、父上はおそらくシャーロットに惚れた。顔が気に入ったのか身体が良かったのか━━あまり考えたくないことなのは確かである。

 そうしてシャーロットは側室となり、ディランを産み落とした。ここまでは、噂や口伝えも多く含まれるので誇張された部分もあるだろう。だが、問題はここからなのだ。


 愛する人を殺され、好きでもない男に子供を孕まされたシャーロットは精神的に病んでしまった。そして、その狂気の矛先は必然的にディランに向かう。

 シャーロットはディランを手酷く扱った。先祖返りだと尊ばれる魔力を気味が悪いと罵り、時には暴力まで振るったと聞く。どこまでが本当なのか分からないが、ディランの母親に向けられた感情は気持ちのいいものではなかったことは確かだ。


 そしてある日、ついに彼女はディランを手にかけようとした。だが、上手くいくはずがない。魔法を使えるディランが、無意識に己を守るために結界を張るなり、攻撃するなり何かしたはずだ。結局シャーロットは錯乱したまま自死したらしい。目の前で、母親が自殺したなど幼いディランに背負えるものではなかった。

 その時、ディランの魔力は暴走し王宮の半分が崩れ去った。ディランはショックのあまり記憶が曖昧になり、結果的に彼の中で母親ははじめからいないことになっていた。


 あぁ、どうしてこうも今代の妃は頭の可笑しい奴ばかりなのか。母上しかり、シャーロットしかり。シャーロットに関しては、環境のせいとしか言えないが……。

 もともと、ディランの精神は弱く脆いのだから、魂などすぐに食われてしまう。先祖返りは、その強大な力の代償とばかりになにかしら欠落した部分がある。ディランは魔力量と反比例するように精神面がひどく脆弱だった。


 しかもそれだけでなく、ディランはガルヴァーニの子孫だ。母上は、よくディランのことを忌み子と言った。


『これはわたくしと貴方だけの秘密よ。あの側室の子はね━━忌々しいガルヴァーニの血を受け継いでいるのよ』


 母上は知らない。元はガルヴァーニも王族の祖先だったことを。"正しい歴史"を知らない者からすれば、確かにガルヴァーニは忌々しい名前だ。

 母上の言葉通りなら、ディランはまさに忌み子。狂った女の子供であり、さらにガルヴァーニの子孫だ。


 無論、自分の手でも調べた。一族の汚点ならば真実を知っておくべきだと思ったからだ。

 調べた結果は、是。

 シャーロットの実父。つまりディランの祖父にあたる人物がかつての学園長を務めていた男だと分かったのだ。ヨハネス・マーティン。とんでもないことをしてくれる。


 もしもディランが聖書を開き、ガルヴァーニに憑依されれば世界征服さえ出来そうだ。それだけは、なんとしてでも止めなければならない。


「ハルナ、グラディウス」


 早朝に二人を呼び出して、一つ命令を下す。


「学園ではディランを監視し、私に報告しろ。決して目を離すなよ」

「「御意」」


 ディランが聖書を見つけ出す可能性は限りなく低いが、何があるか分からない。私一人がどう足掻いたってディランの魔力の前には塵に等しい。

 数百年あった歴史の中でもガルヴァーニは一度も復活していない。だが、私の代で復活する保証もなければ、復活しない保証もないのだ。

 杞憂であれば良いと思いながらも、腹に鉛が溜まるような不快感は消えなかった。



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