第68話 『陰謀』
王妃様と、ミラ様のことも全てその数百年前の王族が絡んでいると? ガルヴァーニと呼ばれる、魔法戦争を繰り広げた張本人。
ふと顔を上げて王太子とディラン様を見ると、二人とも見たことがないほど顔を歪めていた。今までの国学史の学習から予測するに、おそらく昔の王族は今の王族より何倍も強い。先祖返りと言われるディラン様の実力は未知数だが、それでも先人に勝ることなどできない。
「……すみません。あの、ミラ様が何か力を使っているのは分かるのですが、なぜ王妃様が……?」
ガルヴァーニの話は置いといて、とりあえず王妃様とミラ様について話し合わなければならない。黒幕であるガルヴァーニの解決にはならないが、少しずつ問題は潰していく方が得策だろう。
私の質問に王太子は目を泳がせて、気まずそうに横を向いた。ディラン様は気を取り直すように軽く首を振る。ディラン様は頭がいいから、色々なことを想定して考えてるのだ。
「……私が、母上に操られていたからだ」
「……は?」
王太子の言葉に反応したのはディラン様だった。さっきの考え込むような顔ではなく、訝しげに眉を寄せている。
「操られていた、とは?」
「……私は、ずっと王になるのだと母上に言われながら育てられた」
気まずそうに、後悔を滲ませた顔でぽつりと話し出した王太子は、もともとの気質的に、人をいじめることができる人物ではないのだろう。ずっと感じていた違和感が確信に変わった。
人の精神を操る精神魔法で、王妃様は王太子を操り、ディラン様への嫌悪感や嫉妬心を増幅させた。そしてディラン様を王宮で孤立させる。
すべては、王妃様が仕組んでいた。
「私が王になるには、私より魔力の強いディランは邪魔でしかない。王太子という肩書きはあるものの、魔力を保持する一族としてはより魔力が強い人物に継がせたくなるものだろう」
王太子の話を、ディラン様はつまらなさそうに聞く。他人事のように適当に相槌を打っていた。実際、ディラン様は王座にも王族にも頓着していないのだろうけれど。
「だから、お前を王宮から排除しようとした。……お前と仲の良かった私を使って」
その言葉に、私は驚きを隠せなかった。"仲の良かった"。つまり、王太子とディラン様は子供の頃、仲が良かったという話になる。ディラン様はその最愛の兄弟から、貶められたのだ。はじめから忌み嫌っていたならまだしも、仲の良かった人物からの急な手のひら返しは辛いなんてものじゃない。
「違うでしょう」
鋭く、しかし淡々としたディラン様の声が部屋に響いた。ディラン様の顔はいつものニコニコした雰囲気ではない。今のディラン様は、完全に私情を挟まずに、王太子の臣下としてここにいる。
「俺は、どう考えても二番目です」
王太子は苦虫を噛み潰したような顔をしてディラン様をみていた。
「王妃の一番の目的は、兄上を操ること。それだけです。側室の子の俺では、たとえ魔力が強くとも王にはなれない。王宮は、実力だけでどうにかなるほど甘い場所ではありません。それだけでどうにかなるのならば、俺はとっくの昔に王になっている」
ディラン様の鋭い眼光に、王太子が深くため息を吐いた。
「察しが良すぎるのも考えものだな。お前の考えは正しい。母上は私が王になる前提で話を進めている。恐らく、幼少期から精神魔法で少しずつ刷り込み、王となったあかつきには私を傀儡として母上が実権を握るという計画だろうな。だが、お前を潰したかったのもまた確かだと思うぞ」
王妃様は、国を掌握する、という目的のために動いていると言うことだ。すべての行いはその目的に収束する。
王太子を操り、王に即位させ、裏でひっそりと糸を引く算段だったのだろう。
「王太子殿下はなぜ、操られていると分かったのですか? 幼い頃から精神魔法をかけられていたのなら、その洗脳が解けるのは至難の技では?」
「学園に入学して、王宮を離れたころに可笑しいと思い始めた。まぁ前々からなんとなく違和感は感じていたし、己の魔力が洗練されるにつれて精神魔法に抵抗するようになっていたのかもしれないな」
王太子も魔力があるのならば、自分にかけられた魔法に違和感を感じても仕方がないのかもしれない。魔法が使えたら、王太子やディラン様のような感覚が分かるようになるのだろうか。
「魔力を保持しない王妃や義姉上が精神魔法を使える理由は分かっていますか?」
「いや、分からない。ガルヴァーニが何かしたと予測しているだけであって、手段までは特定出来なかった。……まぁ先人の知恵を予測する方が無理難題なんだがな」
「なるほど。……では、義姉上はどうします?」
隣に座っていたディラン様が、私の手をぎゅっと握った。驚いて見上げるが、彼が私の方を向く気配はしない。
机の下で手を握ってるから王太子にはバレないだろうが、普通に恥ずかしい。
「ミラのことは私に任せてくれないか」
「まさか、なんの咎めもないなんて、言いませんよね?」
握られた手をさりげなく離そうと試みるが、なかなか離れない。それどころか恋人繋ぎにされた。指の間にディラン様の指が食い込む。
「……私の婚約者の落ち度は、私のせいでもある。ベルティーア嬢には悪いことをしたし、ある程度の願いなら聞き入れよう。今回のことは、私に免じて見逃してはくれないか」
懇願するような王太子の声色に、手は諦めて彼の顔を窺う。いつもきりっと上がっている王太子の眉毛が困り果てたように下がっていた。そんな顔もできるのか。
「確かに、王太子の婚約者と第二王子の婚約者では重みが違うでしょう。義姉上は優秀な人だ。失いたくないのも分かる。だけど、それは兄上の事情であって、俺にとってはベルが何より大事なんです」
握っていた手を引っ張られて、ぎゅうっと抱き締められた。王太子が見ているのに。人前で、こんな。ぼぼぼっと火が出る勢いで赤くなった顔をディラン様の肩に顔を埋めることで誤魔化した。
そしてすぐさまディラン様の体を押す。大事な話をしているとき、このようなことはするべきでない。
「ディラン様っ!」
あっさり退いたディラン様を叱るように睨み付け、王太子を見る。彼は驚いて、固まったまま、顔をみるみる赤くさせた。……王太子はとても初心であるようだ。
「な、おま、結婚もしてないのに破廉恥だぞ!?」
「そんなことはどうでもいいんです。取り敢えず、俺はベルを傷付けた義姉上を許しませんよ」
ディラン様のはっきりとした声色に、冗談ではないことが分かる。ディラン様は、私のことを考えてくれているのだ。
「……ディラン様。私は、いいですよ」
その言葉に、二人がこちらを勢いよく見た。
「王太子殿下、一つ伺ってもいいですか」
「なんだ」
質問に許可を得るなど、今さら遅いけど、これは私情なので一応許可を貰う。
私は、ミラ様と話した経験がある。いつもにこやかに微笑んでいる彼女ではなく、悪意ある言葉ばかりだったけれど、それでも彼女の本心を知るには十分だった。
『私は、殿下を愛していたからこそ、頑張れた。彼の隣に立つことが私の存在理由ですから』
この言葉。これに彼女の全てが詰まっている。
ミラ様は王太子を愛していた。だから、認められたくて、王太子に愛されたくて。頑張って努力したのに意中の相手は見てもくれない。
だからこそ、ミラ様は、同じ王族の婚約者であり噂で病弱と言われる私と自分を比べてしまったのだ。
私は、ディラン様と良好な関係が築けているのに、ミラ様はそうじゃなかった。共通点が多かったからこそ、ミラ様はその差に苦しんだのだろう。
「王太子殿下は、ミラ様を愛していますか?」
私の言葉に王太子はきょとんとしてから、首を傾げた。
「私には、愛、というものは分からない。誰かに恋愛感情を抱いたことはないし、それが必要だとも感じたことはない。……だが、ミラのことは自分に必要な人物だとは思っている」
「必要な人物ってどういうことですか?」
「私の隣に立つ妃は、彼女が一番相応しいということだ」
王太子は、とてつもなく真面目でなにもかも真剣だが、恐らく口下手だ。王になる教育を受けるとそういう風になるのかは知らないが、徹底的に自分の感情を表に出さない傾向がある。
彼が話すのはいつも真実だけで、自分の話ではないし自分の感情でもない。
だけど、人は話さないと何も伝わらないのだ。
「では、それをミラ様に言ってあげてください」
「……なぜ?」
「彼女は、貴方のその言葉を待っているからです」
不思議そうな顔をした王太子を見つめて、私は立ち上がった。ディラン様のご機嫌は急速に落下しているが、今はミラ様の方が大事だろう。最後にうっすらとミラ様を見た時、口から血を吐いていた。体が弱い上に更に体を痛め付けてはどうなるか分からない。
ディラン様を引っ張って、部屋を出ようと出口に歩き出した。
「だ、駄目だよ、ベル。君だって精神を干渉されて休養が必要なのに、わざわざ元凶のところに行ってストレスを増やすなんて」
ディラン様が慌てて私を止めるが、私は諦めるつもりはない。
「ディラン様、私はミラ様を見ているとどうも他人事とは思えないのです。もしかしたら私も、同じ風になっていたかもしれませんから」
彼女の末路は、悪役令嬢と良く似ている。嫉妬に狂って我を忘れる。それは、愛ゆえに歪んだゲームの中のベルティーアにそっくりだ。
「ベル……」
「さぁ、行きましょう。お姫様を救えるのは王子様だけですから」
私が悪戯っぽく目を細めて王太子を見ると、今度は顔を赤くすることなく、神妙に頷いたのだった。




