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第7話 『花の王子様』

 薔薇の香りが充満する小さな小屋のテーブルで手元を睨む。

 目の前には満面の笑みを浮かべた王子があと一枚になったカードをヒラヒラと挑発するように揺らした。


 私は顔をしかめて唇を噛む。


「ベール。終わらないよ」

「くっ……」


 震える手を無理矢理動かし、王子の手元に残ったカードを引く。私が持つのは滑稽なピエロのみ。


「はい。俺の勝ち」

「なんで……なんでですか!」


 5戦5敗。

 この王子強すぎる。

 お友達大作戦を8割成功させてから数ヶ月が経過した。二人でいろいろな遊びをしているけれど勝てたためしがない。


「もう一回、もう一回しましょう!」

「ベルって意外と負けず嫌いだよね」


 兄弟の中でもポーカーフェイスの力でババ抜きだけは強かったのに……。これでも勝てないなんて。


「私って分かりやすいですかね……」

「うーん、そうでもないけど。この、とらんぷだっけ? これ手作りでしょ?」

「はい。私が考えた遊びなんで」


 実はこの世界にトランプは存在しない。チェスとかあるくせにトランプはない。

 そのため、カードゲームをしたいと思ったら自分で作るしかないのだ。かなり上出来だったと思ったんだけど。


「最初の方は結構手こずったんだけど、後半になってくるとカードを覚えちゃったから」

「カードを覚える?」

「これとかさ、ハートの7には少し傷があるし、スペードの11はここ切れてるし」

「………まさか全部覚えたんですか?」

「覚えてしまったんだよ」


 王子はにっこり笑って肩を竦めた。

 なるほど。この人に勝とうと思った私が馬鹿だった。


「じゃあもうこのトランプは使えない……?」

「数字とかマークが重要なゲームなら無理だね」

「ええぇ……。もっとやりたいゲームあったんですよ……」


 大富豪とか七並べとか。久しぶりに白熱したかったんだよー!

 頬を膨らませている私を無視して王子が話し出した。私に対する態度が雑です。


「にしてもここは凄くいいところだね」

「私が幼い頃、庭を探検していた時に見付けたんです」


 薔薇が咲き乱れる小さな空間。

 ここは私が例の作戦を決行した日、王子に唯一案内せずに隠した場所である。あの後やっぱり気になったみたいだから、一応案内した。


 前世を思い出す前からここの存在は知っていた。温かい木漏れ日に、ちょっと小屋とは言えないけれど、雨を凌げるだけの屋根とテーブルと椅子があってその周りには薔薇が美しく咲いている。


 手入れをしないように庭師には言ってあるので手は全く加えられていない。薔薇が無造作に咲き乱れている感じが好きだった。あと秘密基地っぽくていい。


「私の秘密の場所なんですよ」

「もう、俺に教えちゃったけどね」


 王子が意地悪そうに微笑んだ。私もにっこり笑う。


「そうですね。秘密基地っぽくてドキドキしませんか?」

「ひみつきち?」

「秘密の場所って意味です。遊ぶための私達だけの場所」

「俺達だけの……」


 今度は私が意地悪く微笑んだ。


 私は昔からこういう、自分の場所っていうのが好きだった。特に押し入れとかマンガや布団を持ち込んで自分の部屋にした。暗がりの中で電気スタンドを付けてマンガ読むの凄く楽しい。世界とは隔絶された自分の空間って感じがたまらない。


 頬を緩ませていると、王子も嬉しそうに笑った。ぱあっと華が開くようで、思わず見惚れる。本当に、無邪気な子供の表情。


「そっか、秘密か。俺達だけの、秘密。ふふふ、わくわくするね」


 あまりに嬉しそうに笑うものだから、私も嬉しくなって二人でクスクス笑う。


「あ、そうだ。この前一つ魔法が使えるようになったんだ」

「ま、魔法!?」


 突然の報告に驚いて思わず立ち上がってしまった。

 そうだ。忘れていた。我が国の王族━━ヴェルメリオ家は唯一魔法の使える一族なのだ。なら、王子が魔法を使えてもおかしくない。

 私の大好きな騎士様であるアスワドのルートでは魔法の魔の字も出なかったからすっかり忘れていた。


「王族なら皆魔法を使えるんですか?」

「うーん、多分。個人で魔力量とかは変わってくるけど」


 あんま考えたことなかったなぁ、と王子が呟くと花が空中に現れた。桃色の小さな花。梅の花に似ている。


「え、わっ!」


 ぽかんと惚けている間に、私の周りからも花が飛び出す。どういう仕組みになっているのかはよく分からないけど不思議な感じ。

 落とすのは勿体ない気がして空中に舞う花たちをできるだけ手の中におさめた。魔法でできたその花たちはキラキラと輝いて消えていった。


「ベル、ちょっと外に出て」


 王子が指を指したのは屋根の外にある芝生。言われた通りに外に出ると、日差しが強くて少し目を細める。


「我が婚約者様」


 声のした方を見ると、王子が跪いて私の左手を取っていた。有り得ない状況に内心絶叫する。王子を跪かせるなんてどんな不敬だ。


 慌てて王子を立たせようとするけど全然動かない。


「王子! 立ってください!」

「えー?」


 王子の手の中に納まった私の左手が悲鳴をあげている。これは手を取られているというよりも手を握り締められてる感覚に近い。


「ベル、今だけでいいから名前で呼んで欲しいな」

「ではディラン様、お立ちください」


 私がそう言うと手の握りが強くなった。思わず顔をしかめる。

 目が余計なことを言うなと訴えているので大人しく口を閉じることにした。


「俺から君に花束を贈ろう」


 王子は相変わらず美しすぎるご尊顔で優しく微笑んだ。輝く金髪と宝石みたいな青い眼が眩しい。王子の周りに見える恐ろしいほどのキラキラは幻覚か、ただの日光の反射か……。


 ぼんやりとくだらないことを考えていると、王子が私の手の甲に唇を落とした。


 それも、薬指に。


 羞恥が沸き上がってみるみるうちに頭に血がのぼる。今顔が真っ赤だと思う。

 前世では薬指に指輪をはめているのは既婚者の印だったけどこの世界でもそうなのだろうか。日本人が作った乙女ゲームだしそういう要素がある可能性は高い。それを知っててキスしたんならこの王子は本当にすごい。

 もう、色々と。


 顔を赤くした私を見て、王子は満足そうに微笑んだ。


 刹那、風が吹き、花が舞う。

 思わず瞬きをすると、次の瞬間にはあのピンクの花がさっきとは比べものにならないほど私の周りに舞っていた。

 もう一度強い風が吹いて花がグルグルと私を囲うように靡く。ふわりと甘い香りがした。


「わぁ……」


 美しく幻想的な光景に釘付けになる。青い空や太陽の光も花を引き立てるように輝く。ピンクの花弁は風にのり、揺らめいて落ちていく。


 甘い香りに、美しい光景。頬を撫でる風と花の柔らかい感触。


 何もかもが綺麗だった。


「気に入ってくれた?」


 王子の言葉でハッと我に返る。

 何か、何か言わなくては。


「凄く、綺麗で……見惚れてしまいました。とても美しいです」


 あまりにも語彙力のない自分にガッカリしながらもなんとかこの感激を伝えたいと身振り手振りまでつけて感想を述べた。


「本当はね、王族は自分の婚約者に贈り物をするのが通例なんだ。婚約の証としてね。だけど……なんていうか、申し訳ないんだけど俺はアクセサリーなんて疎いし、婚約者っていう存在に興味が無かったから用意してなかったんだ。だから、俺の魔法を、親愛の印に」


 王子が少し照れ臭そうに笑って花束を私にくれる。その花束には薔薇と、見たことのない花たちが一緒になっていた。とてもセンスがいい。


「ありがとうございます。嬉しいです」

「いつか、ちゃんと贈り物するから」


 嬉しそうにそう言った王子の髪にピンクの花がちょこんと乗っているのに気づいた。取ってあげようかと思ったけど止めて手鏡を取り出す。


「手鏡なんか取り出してどうしたの?」

「ふふふ、見てください」


 王子は鏡を覗きこんで、不機嫌そうに口を尖らせた。


「言ってくれればいいのに」

「花の王子様ですね」


 頭を振って豪快に花を落とすと、今度は王子が悪戯っ子のような笑みを浮かべた。


「俺が花の王子ならベルは花のお姫様だよ」


 ほら、と手鏡を私の方に向ける。鏡の中には髪にピンクの花をいっぱい付けた少女が一人。


「言ってください!」

「仕返しだよ」


 慌てて乱れた髪を整える。王子も少し手伝ってくれた。


「ベル、俺に勝ちたいならもっと精密なカードを作るべきだよ」


 王子が挑発的に笑って、蔓のアーチで影になったガーデンテーブルの上に散らばったカードを指差す。


「そうですね。そうします」


 次は勝ってやるぞ、とこちらも好戦的な笑みを浮かべれば、王子は可笑しそうに微笑んだ。

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[気になる点] 手の中の花をどうしたか、の描写が無い点
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