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第6話 『お友達大作戦Ⅱ』

「馬鹿になんかしていません」


 思わず口を挟んでしまったが、王子の表情は変わらない。風が吹いて、花たちがざわざわと揺れる。

 王子が反論しないのを良いことにかまわず続けた。


「同情でもありません。私が王子に同情できるような立場でないことはちゃんとわきまえています」


 今度は私が睨み付けるように王子を見つめた。


 こういう相手に嘘は通じない。自分が思っていることを包み隠さずさらけ出すのが一番有効である。

 だが、同情だとばか正直に言ったって、人間不信気味の王子には逆効果だろう。そうなれば決して信頼は得られない。


 同情ではないけれど君の気持ちは理解はできる、そう言ってもいい。けれど、さすがに綺麗事すぎる。蝶よ花よと育てられた幸せぬくぬくな令嬢になにが分かるんだと思われるのがオチ。

 嘘をつかず、だが、反発はされないような言い方が必要だ。用意していた言葉を頭から引っ張り出した。


「全て、自分のためなんです」


 同情じゃないよ、という意味を込めてそう言うと王子は淀んだ瞳を細く歪める。


「俺を救うのがどう君のためになるの? 君は()()()()俺を助けて自分に酔いたいだけなんじゃない?」


 微笑んで毒を吐く王子に私は微笑んだまま、固まってしまった。弟でもまだこの時期は多少純粋だったのに。思ったよりも酷かった。ヒロインが偉大すぎる。


 私が驚きすぎて黙っていると、王子は言いすぎたと後悔するように唇を噛んだ。

 ざあざあと風が強くなる。


 一体この王子はどこまで手がかかるんだろうか。こうやって後悔している所を見ると、言い過ぎたことは自覚しているようだ。

 初めて会った時とは全く雰囲気の違う王子に思わず心の中で笑ってしまう。王子自慢の仮面がバキバキに壊れてるけど大丈夫だろうか。子供らしい一面もあって安心した。

 仮面笑顔でスルーされたら私の心が折れる。


 苦悶の表情で俯いた王子は、地面を見つめつつも、時々チラリとこちらを見た。私も王子を凝視してるから目が合うけど、王子は気まずそうにすぐ目をそらす……と思ったらまたこっちをチラチラ見てきた。

 怒らせてしまった親の機嫌を窺うような仕草に庇護欲が掻き立てられる。あざとい。


 内心悶えていると、王子ももうこちらを見なくなった。風も強くなって、そろそろ侍女達が声をかけに来るかもしれない。

 もう一度背筋を伸ばして顎を引く。ここが正念場だ。


「私は王子と仲良くなることに下心が無いわけではありません」


 私がそう言うと、王子の肩が怯えるように揺れた。深呼吸をして続ける。


「私には友達というものがおりません。パーティーにも出席したことが無いので当たり前かもしれませんが、兄弟も居ないのでいつも一人なのです」


 一人、と言うと王子が少し顔を上げた。


「一人でできることと言えば、本を読むとかお勉強をするとかですけどさすがに一日中ずっとするのは面白くありません。それにあと2、3年もすれば王子妃の教育も始まって本を読むどころか自由な時間も無くなるでしょう」

「……そうだね」


 完全に顔を上げた王子が神妙に頷いた。申し訳なさそうに顔をしかめる。


 私が11歳の今頃にはきっと沢山の家庭教師と沢山の教材に囲まれていることだろう。仮にも王族に嫁ぐのだから仕方の無いことではあるが、かなり憂鬱である。きっと地獄のような日々なんだろうな……。

 前世の大学受験の勉強漬けの日々が脳裏に浮かんだ。多分あんな感じ。


「そこで私は考えました。どうしたら今のうちに楽しめるだろうと。どうせなら2、3年後に出来ないようなことがしたいのです」


 王子は不思議そうに首をかしげた。


「例えば?」

「えぇっと、鬼ごっことか……あ、いや隠れんぼ! 隠れんぼしたいです」

「かくれんぼ?」


 鬼ごっこと言いそうになって慌てて言い直した。まだ子供で淑女の教育とかもあまりされてないけど流石にまずい。庭で走り回って王子が怪我とかしたら極刑とかになるのだろうか。

 本当はしたいけど、命には代えられない。


「庭とか、家の中とか一人が隠れてもう一人が探すゲームです」

「あぁ、なるほど。二人じゃないとできないんだね」


 王子は納得したように笑う。


「そうならそうと言ってくれれば良かったのに。ベルが王子妃の教育を受けなければならないのも僕のせいだからね。いくらでも付き合うよ」


 いつもの調子に戻ったらしい王子はにっこり微笑んだ。


 違う。私が言いたいのはそういうことじゃない。王子とある程度親しくならないと意味がないのだ。ただ相手に合わせるだけの隠れんぼなんて楽しいわけがない。王子が時間を忘れるほど楽しくないと孤独から気を紛らわすことなんて到底無理だ。


「友達じゃないと意味がないんです!」

「え? どうして?」

「だ、だって、友達にならないと王子は王子のままですし。えぇっと、その、王家である王子ってやっぱり私も気を使いますし、王子も私にお心を開いてくれていないでしょう? 私たちはもっとお互いを知り合った方がいいと思ったのです」


 自分で言っててよく分かんなくなったけど、とりあえず気楽に仲良くしようぜ的なノリで伝える。

 ちらりと王子を見ると、大きな目をさらに大きく見開いて固まっていた。何か間違ったかもしれないと慌てて言い繕うとするが上手い言葉が見つからない。


「あの……生意気言って申し訳な……」

「ふ、ははは!」


 突然笑いだした王子を驚いて見る。

 目に涙を浮かべて見たことないほど爆笑していた。訳が分からず狼狽してしまう。


「いやぁ、ごめんごめん。ベルがあまりにも必死だから可笑しくて」

「なっ!」


 馬鹿にされたような気がして思わず顔を赤くして声を上げた。そりゃあ、必死に決まってるでしょう! 王子がこんなに手強いなんて思ってなかったんだから!


 恥ずかしさから顔を赤くした私を王子がさらに笑った。


「いいよ。友達……だっけ? でもさ結局ベルは俺と仲良くなりたいんでしょ? なら別に"友達"じゃなくてもいいんじゃないの?」


 鋭すぎませんか……。

 黙りこくっている私を見て王子が少し考えるように顎に手を当てる。


「だってベルは婚約者で、俺も一応王族だから。友達から始まるのもありだけど……」


 うーん、うーんと悩んでいる王子をみていると申し訳なくなってきた。もしかして凄く余計なことをしてしまったのかもしれない。


「私、余計なことしてしまいましたか?」


 そう聞くと王子はパチパチと何度か瞬きをして、ふんわり笑った。


「いいや。俺のことを思ってくれたんだよね? ありがとう」


 微笑まれて、ほっと息を吐いた。

 王子の本心かは分からないけれど。


「でも、まさかベルがこんなに俺のこと考えてくれるとは思わなかったなぁ……」


 初めて王子が嬉しそうに笑った。

 大成功とは言えないけど、前よりは仲良くなれたかもしれない。これを期に、もっと仲良くなれたらいいな。


「ベルとなら上手くやっていけそうだよ」


 いきいきと明るく笑った王子に私も満面の笑みを浮かべる。

 思った結果とは少し違ったけれど、王子が楽しいなら結果オーライでいっか。

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